世界を変える大学発スタートアップを育てるために、東京大学・早稲田大学・東京工業大学が共同主幹機関として、13の大学およびスタートアップ支援機関から構成されるプログラムがGreater Tokyo Innovation Ecosystem(以下、GTIE)です。大学発スタートアップの支援プログラムはここ最近増えてきていますが、GTIEではGTIEサーチファンドを立ち上げ、包括的な起業家支援に取り組んでいるのが特長です。
本記事では、GTIEでの取組みのほか、今年の3月に実施されるGTIE DEMO day FY2022の概要をお届けいたします。
大学発スタートアップの現状について
近年、日本政府は大学等における研究成果をもとにイノベーション創出を目指す「大学発スタートアップ」の創出に力を入れており、様々な支援策が展開されています。このような動きもあり、2021年度における経済産業省調査において存在が確認された大学発スタートアップは3,306社でした。企業数のみならず増加数も過去最高であり、大学発スタートアップがもたらすインパクトは毎年大きくなっています。
このように、大学発スタートアップが盛り上がりを見せる中で、各大学もこれまでにない新たな取組みを多く展開しています。GTIEでは、世界で活躍するグローバルな大学発スタートアップを支援する取組みの一つとしてGAPファンドを組成しており、複数の大学発スタートアップが採択されています。
では、GTIEは実際にどのような大学発スタートアップを支援しているのでしょうか。今回は、昨年のGAPファンドの採択スタートアップであり、世の中に大きなインパクトをもたらしうる企業の一つと期待されている、FerroptoCure(フェロトキュア)をご紹介します。
FerroptoCureは、「フェロトーシス」と呼ばれる細胞死の仕組みについての研究をもとに、次世代の抗がん薬やその他疾患の治療薬開発に取り組んでいます。2022年5月創業のバイオスタートアップですが、東京理科大学のベンチャーキャピタルが主催した「Cross Point Venture Pitch 2022」での優勝、Forbes JAPANとGTIEが主催した「Forbes JAPAN ×GTIEACADEMIA ENTREPRENEUR SUMMIT 2022」 にて最優秀賞を受賞と、現在注目を集めているスタートアップです。
同社は、慶應義塾大学の遺伝子制御研究部門の研究者だった大槻 雄士(おおつき・ゆうじ)氏が立ち上げ、創薬やバイオビジネスに精通した人物が取締役として参画。フェロトーシス研究のノウハウを活かした治療薬の開発を通して、人類が安心して健康に過ごせる世界の実現を目指し事業展開しています。
GTIEの展開プログラムはここが違う!
2022年度のGAPファンドでは参画している13大学から6校合計17プロジェクトが採択されました。以下の画像はその大学別の内訳を示しており、該当6大学の担当者に現在の取組みについてお伺いしました。
東京大学
担当者:東京大学産学協創推進本部 GTIE担当Director 宮脇 守氏
現在注力している取組みについて教えてください。
課題や顧客の真意を聞き出すヒアリングの実施と視野を広く持ってグローバル展開を図ってもらう取組みに力を入れています。
グローバルな視点を持ってもらうために、米国の大学やVCとの連携によるメンタリングや英語によるピッチを通したフィードバック、市場検証や顧客開拓を見据えた、海外の潜在パートナーとの面談の設定などを希望者に展開しています。
大学発スタートアップを生み出すうえで一番重要だと考えていることを教えてください。
大学チームの持ち味(アイデア、研究成果)を如何に社会の大きな課題解決につなげるかが勝負です。そのためには、想定する課題に詳しい専門家に対して積極的にヒアリングを行い、ビジネスプランの仮説をいかに実践的に検証していくかが重要だと考えています。
早稲田大学
担当者:早稲田大学リサーチイノベーションセンター アントレプレナーシップセクション副所長/研究戦略センター教授 島岡 未来子氏
現在注力している取組みについて教えてください。
2018年11月に組織提携契約を結んだウエルインベストメント・Beyond Next Ventureに加え、2022年4月には冠VCの早稲田大学ベンチャーズ(WUV)が立ち上がりました。それぞれ早大専用ファンドを開設いただき、各社の強みを活かした学生/教員発スタートアップの創出に取り組んでいます。
また、文部科学省 次世代アントレプレナー育成事業(EDGE-NEXT)において、終了後評価は最高の「S」を頂戴し、同事業が2021年度末で終了した後も引き続き取り組んでいるほか、最近では高校生以下への教育の強化も努めています。
大学発スタートアップを生み出すうえで一番重要だと考えていることを教えてください。
本学アントレプレナーシップセンターは、「アントレプレナー(起業家)に寄り添う」という視点から、アントレプレナーシップ人材養成の取組みから起業支援の取組みまでを一気通貫で行う組織です。起業支援の対象が学生か教員かで具体的な支援内容は変わってきますが、基礎的なスキル・ノウハウとして通底していることと、専門的な支援(メンタリング、資金調達、組織運営関係)の双方をバランスよく提供できる体制が重要だと考えています。
東京工業大学
担当者:研究・産学連携本部副本部長 イノベーションデザイン機構長 辻本 将晴氏
現在注力している取組みについて教えてください。
大きく二つあります。一つは、スタートアップ支援基金です。
2022年に設置された東京工業大学での研究の成果を社会実装すべく起業を志す教員・学生を支援するための特定基金であり、研究成果と社会実装の間にあるギャップを乗り越えるスタートアップ創出を目指しています。
もう一つが、2022年10月にオープンしたインキュベーション施設INDEST(Innovation Design Studio:インデスト)です。本学が運営する『世界を変える大学発スタートアップを育てる』インキュベーションスタジオであり、GTIE関係者発のスタートアップの他、VC・投資家、大企業、政府・公的機関、専門家(法律・会計・アクセラレーター等)が集結しイノベーションを加速させる場を目指しています。
大学発スタートアップを生み出すうえで一番重要だと考えていることを教えてください。
起業家が失敗しないように先回りをして保護をするのではなく、失敗した後に次のアクションに移ることが可能になるような社会であることが必要だと思います。大学でのアントレプレナーシップ教育はそのような社会への変化を後押しできると思っています。そのうえで起業の前に大学として対応でき得る支援があります。具体的には技術シーズを有する場合は知財の登録を含めた知財戦略への支援は将来に渡り非常に有効なほか、資本政策などの適切な相談相手、公的支援を含めた支援者との接点を創出する支援は非常に有効だと考えています。
東京農工大学
担当者:東京農工大学先端産学連携研究推進センター特任准教授・主任URA 前畑 英雄氏
現在注力している取組みについて教えてください。
本学は農工及びその融合領域に強みを有し、「食料」「エネルギー」「ライフサイエンス」「環境」の重点4分野での国際貢献や社会実装をミッションの中心としています。
本ミッションを推進するため、バックキャスト思考に基づく研究者の起業を含む社会実装を支援する場として、令和3年度に「イノベーションガレージ」を設置しました。今後、大学認定ファンドも立ち上げ、シーズプッシュとニーズプル両方向の思考法により、学内教員のもつ基礎技術の事業化を戦略立案、資金の両面から推進していきます。
更に、令和4年度より、本学独自のアントレプレナーシップ教育教材を内製化し、専任教員により学部生、大学院生向けの醸成教育を提供しています。
大学発スタートアップを生み出すうえで一番重要だと考えていることを教えてください。
全ての起業において重要ポイントである「ビジョン」「パッション」と「事業の蓋然性」に加え、大学発スタートアップでは、得てして手薄になりがちな事業を担保する知財戦略、スピード感をもったスケーリングを可能にするパートナー戦略を初期段階からしっかり描くことが重要と考えています。
東京医科歯科大学
担当者:東京医科歯科大学 オープンイノベーション機構 クリエイティブマネージャー/特任准教授 高瀬 宏文氏
現在注力している取組みについて教えてください。
本学では、起業に対するハードルを下げ、起業への挑戦を促進する目的で、起業の基礎知識を提供する「起業マインドセミナー」と、事業化ポテンシャルのあるシーズを発掘する「TMDUイノベーションアイデアコンテスト」を実施しています。
また、学内にスタートアップや大企業・学内研究者が交流するイノベーションコミュニティとして「TMDUイノベーションパーク(T I P)」を開設し、起業を身近な存在とするための取組みを進めています。
大学発スタートアップを生み出すうえで一番重要だと考えていることを教えてください。
スタートアップは既存にはない新たにビジネスを築くものですので、研究・開発・制度設計等も独自に切り拓いていくことが必要で、必ずしも平坦な道のりではありません。その時に重要になるのは、何かを実現しようという強い思いと、チームワークで取り組める姿勢が重要です。本学のメンタリングチームは、そうした思いをもつ人材のスタートアップへの挑戦を後押しし、応援することが大事だと考えています。
慶応義塾大学
担当者:慶應義塾大学大学院理工学研究科 アントレプレナー育成講座 特任講師 鈴木 隆一氏
現在注力している取組みについて教えてください。
2015年に慶應義塾大学の名を冠するベンチャーキャピタルとして慶應イノベーション・イニシアティブ(KII)を設立し、ディープテック領域への出資に注力しています。今まで医学部・理工学部・SFCなどで充実した起業教育/育成をしてきましたが、さらに発展させていくために2022年度から、全塾組織としてのスタートアップ部門を本格稼働させています。
大学発スタートアップを生み出すうえで一番重要だと考えていることを教えてください。
大学発スタートアップの中でも重要視すべき点は業種によって変わってきます。
例えば創薬に関していえば、一定のルールに従って開発を順番に実行できるかが鍵になりますし、BtoBのプロダクト/サービスであれば、顧客ヒアリングを繰り返して、強いニーズをつかむことが重要になります。したがって、我々のもとに起業相談が届いたときに各分野で有益なアドバイスができるメンター陣が揃っていることが重要だと考えています。
様々な業界の課題に挑むGTIE参画大学発スタートアップ
このように、GTIEに参画している各大学では、各校がそれぞれの強みを生かして大学発スタートアップの支援を行っています。大学発スタートアップを複数見てきた各大学の支援者の方々が現在注目している大学発スタートアップをご紹介します。
株式会社AYUMI BIONICS
ドメイン:ヘルスケア
事業概要:足腰力測定システムの開発・提供を通じて、健康寿命延伸の貢献を目指す。
研究シーズ:慶應義塾大学大学院理工学研究科
株式会社EVAセラピューティクス
ドメイン:バイオテクノロジー
事業概要:肺や血液でなく、第3の呼吸手段として「EVA法」を用いた医療技術の構築を通じて、重篤な呼吸不全患者さんへの新たな治療概念確立を目指す。
研究シーズ:東京医科歯科大学武部貴則教授率いる研究チーム
アイラボ株式会社
ドメイン:ソフトウェア
事業概要:スマートフォン、タブレット向け手書き文字認識技術をベースに精度の高い手書き文字認識ソフトウェア、及びそれを用いた学習支援システムを提供。
研究シーズ:東京農工大学中川研究室
つばめBHB株式会社
ドメイン:新素材材料
事業概要:電子がマイナスイオンとして振舞うエレクトライド(電子化物)を用いたアンモニア合成触媒を活用し、従来より低温・低圧な条件下でアンモニアを製造する技術を開発。
研究シーズ:東京工業大学フロンティア材料研究所細野秀雄名誉教授率いる研究グループ
CoreTissue BioEngineering株式会社
ドメイン:ヘルスケア
事業概要:生体(ウシ)の腱を原材料として独自の脱細胞化処理と滅菌処理を用い、膝前十字靭帯再建術に使用する人工靭帯の製品化を目指す。
研究シーズ:早稲田大学理工学術院 岩﨑清隆研究室
ソナス株式会社
ドメイン:電子機器
事業概要:革新的なデータ転送技術「同時送信フラッディング」を活用した次世代IoT無線「UNISONet(ユニゾネット)」の提供
研究シーズ:東京大学大学院工学系研究科 森川・成末研究室
GTIE DEMO day FY2022のご紹介
最後に、2023年3月3日(金)渋谷QWSを会場に開催されるGTIE DEMO day FY2022の紹介です。
GTIEが2022年5月に募集を開始し採択された17プロジェクトは、2022年9月以降、GAPファンドにおける提供資金及びメンター等のサポートの下、事業化を志向した研究開発活動を行ってきました。今回開催されるGTIE DEMO day FY2022は、各プロジェクトの最終発表の場という位置づけになっています。
また、併せてGTIEプラットフォーム内外の交流のため、有識者の講演やネットワーキングの機会を設け、スタートアップエコシステムの形成を促進することを目的とするイベントです。
本記事を読んで、大学発スタートアップの今をより深く知りたくなった方はぜひご参加ください。
イベント名称:GTIE DEMO day FY2022
開催日程:2023年3月3日(金)
開催場所:SHIBUYA QWS(渋谷キューズ)
申込・詳細:https://gtie-demo-day-fy2022.peatix.com/
参加費用:会場・オンライン視聴ともに無料
Keynote Lecture
- モデルナ・ジャパン株式会社 代表取締役社長 鈴木 蘭美氏
- 株式会社坪田ラボ 代表取締役社長CEO、慶應義塾大学名誉教授、慶應義塾大学医学部発ベンチャー協議会代表 坪田 一男氏
- 株式会社シナモン 代表取締役Co-CEO 平野未来氏
審査員
- Google Japan ベンチャーキャピタル事業開発統括 堂田 丈明氏
- Scrum Ventures 創業者兼ジェネラルパートナー 宮田 拓弥氏
- TechCrunch US Startup Battlefield Editor Neesha A. Tambe氏
- Yazawa Ventures CEO&代表パートナー 矢澤 麻里子氏
- THE CREATIVE FUND, LLP 代表 小池 藍氏
- Sony Ventures Investment Director 田附 千絵子氏
- 一般社団法人スタートアップ協会 代表理事、株式会社スマートラウンド 代表取締役社長 砂川 大氏
- 株式会社慶應イノベーション・イニシアティブ 執行役員 本郷 有克氏
編集部コメント
大学発スタートアップの創出と一言で言っても、実現するには大学として包括的な支援体制が必要です。GTIEのような大学の垣根を越えて連携する組織を通じて、グローバルに羽ばたく大学発スタートアップが生み出されることが期待されます。
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