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失った日常を取り戻す。BMI技術で運動障害をもつ患者にイノベーションを起こすLIFESCAPESの挑戦

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「脳卒中後の重度麻痺のリハビリの可能性を拡げ、患者の希望の実現をサポートする」

近年、世界中で注目を集めている「ブレイン・マシン・インタフェース(BMI)」技術。脳神経系の損傷で手に重度な運動障害が残ってしまうと、既存の手法では治療は困難だった。その通説をBMI技術で塗り替えようとしている株式会社LIFESCAPES代表取締役の牛場 潤一(うしば・じゅんいち)氏にお話を伺った。

脳と機械を連携させ、脳の「可塑性」を引き出す

LIFESCAPESの事業概要を改めて教えてください。

BMI技術を応用して、脳の可塑性を引き出し、脳卒中などの神経系の怪我や病気で失った運動機能を回復に導くことを可能にする医療機器の事業化を目指しています。可塑性とは簡単に言うと「治る力」です。

BMIの特徴を生かした医療機器開発について具体的に教えてください。

まずは、我々が挑んでいる運動障害について説明します。脳卒中とは脳の血管が詰まったり、破れたりしてしまう病気のことです。脳の中にある神経への栄養が遮断され、神経細胞の一部が死滅してしまいます。神経細胞が死滅すると、皮膚のような細胞とは大きく異なり、再生は非常に困難です。そのため、神経細胞が死滅すると、麻痺などの障害が残ります。脳卒中の後には、約1/3の患者さんが運動に関する機能を失ってしまいます。街中でも運動障害の後遺症がある方と出会ったりすることはありますよね。そのような運動障害の中でも、特に手は今までの医療ではアプローチが困難な部位です。手は日常生活でも使うタイミングが多く、いわば社会とつながる接点。そんな重要な部位にも関わらず、なかなか治すことが困難なのが現状です。

手の障害をリハビリで治すことは、現代の医療でも困難なのですね。

そうです。そこで私は、神経科学の立場から新しい治療アプローチを考えました。脳は蜘蛛の巣のようなネットワーク構造をしているので、壊れた場所を迂回する機能が本来は備わっています。つまり、傷ついてしまった脳細胞の周囲には、その傷を迂回してバックアップする神経経路がいくつも残っています。我々はその神経経路を「代償回路」と呼んでいます。その代償回路を上手に鍛えることができれば、脳でつくられた運動シグナルを正しく筋肉に送って手を再度動かすことが可能なのではないかと考えました。

課題は、代償回路をどう鍛えるかでした。そこで私たちが取ったアプローチが、「脳波から、代償回路の活動の様子を確認する」というものでした。ヘッドホン型の脳波計を患者さんに装着していただき、手を動かそうと念じてもらいます。すると脳の中で活動が起こり、電気的なシグナルが生まれます。その電気シグナルを捉え、我々のAIによって分析し、脳の中の代償回路がどの程度活動しているかを可視化します。脳卒中後に麻痺してしまった手を患者さんが動かそうとした際に代償回路が活動したら、我々のAIが応答して患者さんの手に取り付けたロボットが駆動し、手指の動きをサポートします。しかし、患者さんが手を動かそうと思っても、脳内の代償回路がうまく活動しない場合もあり、その場合はAIが応答せずにロボットが駆動しません。患者さんは、BMIの応答を参考にしながら何度も試行錯誤する中で、脳内の代償回路の動員方法を学んでいきます。こうした訓練を通じて、代償回路の利用が促されていくのです。

LIFESCAPES IMAGE MOVIE

丁寧に解説いただきありがとうございます。LIFESCAPESのAIのアルゴリズムはどのように開発したのでしょうか。

過去の生理学的な知見に基づいてAIを開発しています。失った機能を再び復元するために活動しないといけない脳の代償回路がどこにあり、どのようなシグナルを出すかは、過去の研究からかなり詳しく明らかにされています。それらの学術的知見を基に、私たちのAIは構成されています。人間は、意識的にどの神経回路を使おうなんて選ぶことはできませんが、我々の機器を活用すると、脳の中でどの代償回路が活発化しているかが可視化されるので、本人に適切な神経回路の利用の仕方を気づかせることができます。

大学機関で神経科学の研究を進めていた中で、研究開発型ベンチャーの創業に至ったきっかけを教えてください。

手に麻痺が残ってしまうと、治療的なアプローチはなかなか困難です。利き手を交換したり、自助具と呼ばれる便利グッズを使ったりしながら生活を立て直していくのがリハビリの定石でした。でもやっぱり、自分の手を使って少しでも身の回りのことができるようになりたいじゃないですか。だからその思いを叶えられるような方法をつくりたいと思い、一つひとつ研究や技術を積み上げてきました。BMIの利用によって麻痺した手が回復する、というサプライズな結果を得ることができ、学術会でも少しずつ理解されるようになって、産学連携も進んで実用化の芽が育まれていきました。しかし2018年ごろ、製品試作までこぎ着けたにも関わらず、様々な理由で産学連携が頓挫してしまい、社会実装を果たすことができなくなりました。これではあまりにもったいない。自分がリスクを取って技術を継承し、事業化を進めて世の中にBMIを届けていくべきだという考えに至り、2018年に起業しました。

創業してから大変だったことを教えてください。

一番難しかった点は、スタートアップとして事業を創り上げていく感覚を身に着けることです。創業当初のメンバーは、当時共同研究をしていた医学部の教員たちで、自分も含めてみんなビジネスは手探り状態。何がコアコンピタンスなのか、資金調達をどう進めるか、事業計画をどのように立てるか、基礎的なところを勉強することから始まりました。

創業当初は様々な技術やビジョンが混在していましたが、今ではしっかりコントラストを付けて、1 company / 1 issueにしました。BMI技術に特化したLIFESCAPESと、医療データの連携サービスに特化したINTEPと、それぞれの強みを生かした別会社に分社化しました。
コアコンピタンスを見定め、それに合う組織形態に整えていく過程はとても苦労をしましたが、いい経験です。

LIFESCAPESが開発するウェアラブルセンサ

幼少期にAIと脳の共通点を知り、真っ直ぐ研究の道へ

牛場さんは幼少期から脳科学やAIに関心があったのでしょうか。

小学校の時に、情報の先生がPCを学内に設置し、大学院生たちを呼んで放課後にAI講座を開いてくれていました。ある日、友達に誘われてその講座に参加してみたところ、AIとやりとりしてなぞなぞを解き合う体験をさせてもらえたんです。最初は要領を得ない返事しかできなかったAIが、こちらとの対話を通じてどんどん賢くなっていく……。その時、人間の知性や頭脳はプログラムできるのではないか、ということを感じて、強い衝撃を受けました。
その後、中学に進学すると、今度はOBの有名な脳科学者が来校して、脳の話をしてくれました。置かれた環境や経験を通じて脳の特性は大きく変わる、という脳の可塑性の話を聞き、とても興味を持ちました。AIと脳って似ているのだなと、子どもながらに感じたことも覚えています。ものづくりを通じて脳のことを知る研究がしたいと考えたのはそこからです。自分はプログラミングが得意だったので、理工学から医学的アプローチを取ろうと考えて大学に進学しました。

その後、慶應義塾大学大学院理工学研究科に進学されますが、修士及び博士の学生時代は、どのようなことを考えながら過ごしていましたか。

学部4年生の時に、計測工学を強みとする研究室に入りました。その研究室は、「研究に必要な機材は全て自分でつくる」という、ガレージラボラトリーのような思想の研究室でした。そのような環境ですので、学生時代から、生体信号計測器の設計やモーターの制御方法といったエンジニアリングの基礎を学びました。また、神経系の仕組みを深く学ぶため、毎日医学部に通って、一般診療の時間が終わった夕方以降に医療従事者の方々と一緒に臨床研究にも打ち込みました。そのような形で、ものづくりと脳の研究という二つの研究室を行き来して、25歳の時に博士号を取得しました。

先端技術を扱うが、無機質ではなく優しい眼差しを持てる組織へ

スタートアップの採用においてどのような点を大事にしていますか。

我々のコアとなるBMIは、分野横断的な知識の結晶です。脳科学・リハビリ医学・計測工学・ロボティクス技術。それぞれの領域に対する深く本質的な理解が、社内のどのような職種にも求められます。さらに、BMIというとどうしてもSF的なイメージがあると思いますが、我々の事業は人に寄り添う姿勢がとても大事だと考えています。患者さん一人一人が穏やかな日常を取り戻し、幸せが感じられる毎日を送れるようにするために先端技術をお届けするのがLIFESCAPESの使命です。医学や工学への深く本質的な理解を持つだけでなく、「人に対して優しい眼差しを持つ」ことを会社共通の価値観にしたいです。こうした想いを大事にしながら、強く一体となれる方と未来をつくっていきたいと考えています。

Credit:株式会社LIFESCAPES

スタートアップとして強い組織にするために工夫している点を教えてください。

仕事をしていると、タスクの締切や、思いがけないトラブルがあって、毎日があくせくと過ぎ去って行きがちです。しかし、そんな中でも社員一人一人の視座が下がらないようにすることが大事だと考えています。我々はなぜこの会社に集まり、何を成し遂げたいと思っているのかという理念を常に意識しながら活動することがとても大切で、時折皆さんにこうした話をするようにしています。

熱い想いを心に宿すことが、LIFESCAPESの組織づくりにおいて重要なのですね。

そうです。ある日突然、脳卒中になり、今まで当たり前にできていたことができなくなる。そうした不自由を残したまま、その後の人生を生きていかないといけないという患者さんが世の中にたくさんいる。でも私たちは今ここに、それをどうにか解決できそうな革新的な技術を持っている。だからこそ我々は集まり、チームになり、科学的にみて正しいことを成し遂げたいのです。日々忙しい仕事の中でも熱量を保ちながら、長期的な視座を常に大事にする。青臭い言葉や気持ちは、自分の態度や言葉からにじみ出て、組織に伝播します。未来を見据える精神が強く宿る組織でありたいと思いながら、毎日を過ごしています。

アカデミアと社会。双方に価値をもたらす重要性

過去に恩恵を受けたイベントやプログラムがあれば教えてください。

非常に役立ったのは、Beyond Next Venturesが提供しているアクセラレーションプログラムであるBRAVEです。自分が会社組織で働くなんて思ってもみなかった時に、自分で推し進めないとこれまでの研究が水泡に帰してしまう状況となり、起業という選択肢が急に現実味を帯び始めました。どこから手を付けていいのか検討がつかず、途方に暮れていたところ、LINK-Jが主催するモーニング・セミナーに誘われて参加しました。そこにBeyond Next Venturesの方が参加されていて、BRAVEの存在を知りました。

BRAVEでは2ヶ月間の研修を通じ、事業計画や資金調達についてしっかり学べただけでなく、信頼できる産業界の方々と知り合うこともでき、とても感謝しています。

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大学教員として教育にも関わっておられますが、起業に関心を持つ学生や若手研究者へのメッセージがあれば教えてください。

個人的には、「起業はいつでもできるのだから焦らなくていいのではないか」と思っています。学生には、大学でしか学べないことにしっかり熱中して取り組んで欲しいです。Deep Techと呼ばれるように、科学や技術に関して、高度専門的な知識や研究のバックグラウンドがないと「Deep」な研究開発スタートアップになれないと思います。自分自身が国際的な水準をつくり、第一人者であり続けるくらいのDeepなイノベーションを生み出し続けられるのか。全て自分でやる必要はないですが、Deepな科学や技術を使いこなせる高度専門人材になるという投資を自分自身にした後でも、起業は間に合うと思うのです。慌てずにしっかり一回やりきる。誰も研究室で出したことがない、インパクトが高い論文を出してみる。一回研究をやりきると、すごく自信になります。

それに、大学での研究とビジネス創出は、似ている部分が多数あります。発想の仕方、検証のステップ、どうスケールさせるか。学術研究の良いところは自分一人でやりきれる点です。大学の研究を修士・博士としっかりやりきると自信になるだけでなく、スタートアップに飛び込むときも役立つスキルがたくさん身につきます。学生には、強く研究に打ち込むことで、普遍的な知識や経験を獲得することをおすすめしています。

慶應義塾大学理工学部 生命情報学科での教授としての立場と、スタートアップのCEOとしての立場。二つの立場を兼務しているからこそ生まれる強みはどのようなものになりますか。

二点あります。一つは、アカデミアでの経験がスタートアップの経営に生きている点です。

LIFESCAPESの医療機器は、革新的なコンセプトに基づく新奇なプロダクトです。革新的というと耳触りは良いですが、実際には医療の世界では新奇なものは受け入れられにくいです。奇抜で物珍しいプロダクトを、自分の大切な患者さんにいきなり使ってみようと思う医者はいませんから、先進的な医療機器は、本当に信頼できるのかどうか非常に厳しい目で評価されます。

その際に私の大学における研究キャリアは裏付けになります。十何年もコツコツ研究して、医学生理学の水準でBMI技術を検証し、国際的に質の高い論文を発表し、臨床研究を通じて有効性や安全性も多数論文で発表しました。それぞれの国や地域で治療効果についてデータを集め、200例を超える患者さんの治療に対しどのような効果があったのか、エビデンスを分析し、科学的にフェアな形で世の中に出していくメタアナリシスという取り組みも含め、大学で何年も科学的な取り組みを続けてきました。

そのような私の活動を、医学、医療の世界にいる方々はずっと見てくれていました。初めてお会いする医師の方に「学会でずっと見ていました。ついに製品になるんですね」と声をかけていただくことが本当に多く、嬉しい驚きです。大学病院のような研究拠点を持ったところだけでなく、市中病院の先生や医療機器メーカーの方々からも応援の言葉をたくさんいただきます。大学における学術活動は、医療界や産業界から信頼され、連帯していくための大きなドライバーであることに、起業して初めて気づかされました。科学的に正しいことをやって、積極的に医療をアップデートしようとしている人が、普段行く学会で出会う方々だけに留まらず、実は世の中にたくさんいらっしゃるという事実は、大学の教員だけをしているだけだったら気づくことはなかったでしょう。こうした経験は、自分の中で大きな自信にもつながりました。

研究活動を見てくれている人が多数おられたというのは、モチベーション向上につながりそうですね。

はい。そしてもう一点は、スタートアップの経営が逆に大学の教員としての活動にも生きている点です。市場には、大学で研究していた時には気づかなかった多様な課題が多数存在します。リアルな市場からのニーズに触れることで、研究室だけにいては足りない観点に明確に気づけるようになりました。大学で、より本質的にどのような技術開発をすればいいのかを探求するきっかけになっています。

このように社会とアカデミアの双方に還元する仕組みを、リバーストランスレーショナル・リサーチと呼びます。そういった双方の循環の恩恵を自分が肌で感じています。私がリスクを取って二足の草鞋で活動する以上、大学と社会の双方にメリットがあることは重要ですし、この循環があることが、LIFESCAPESの強みだと感じています。

最後に、牛場さんがLIFESCAPESの事業を通して実現したい世界を教えてください。

脳卒中後の後遺症である片麻痺をはじめとした神経系の機能障害は、診察することはできても治療することが困難な領域でした。我々の活動を通じて、神経の病気や怪我で発生した運動障害を治療することができる。諦めていたことを諦めなくてよくなる。そんな時代をつくりたいです。20〜30年後に、「神経の怪我や病気が治療できなかった時代があったんだね」と次の世代が振り返ってくれるような、未来の当たり前をつくっていきたいです。

ありがとうございました!

編集部コメント

25歳にして博士号を取得し、33歳で研究室を主宰。気鋭の研究者が社会実装を目指して研究開発型スタートアップを立ち上げる。常人では想像がつかない挑戦を続けながらも、青臭い想いや人に寄り添う大切さを語る牛場氏の姿が、編集部にとって印象的だった。

ある日突然発症し、手足の麻痺を引き起こす脳卒中。そんな脳卒中が引き起こす麻痺が治療される未来を見据えて走り続けるLIFESCAPESの今後から目が離せない。