
京都府の環境技術企業・Eサーモジェンテックが開発したフレキシブル熱電発電モジュール「フレキーナ®」。300℃以下の排熱を電気エネルギーに変えることができる製品である。
「フレキーナ®」は、携帯電話などに使われているフレキシブル基板の上に複数のバルク状の熱電素子を並べてつくられている。特徴は、そのフレキシビリティを活かして排熱管に密着させたチューブ構造を形成し、従来に比べて2~3倍高い熱回収効率を実現できること。これまでは経済的な理由で実用化できなかった300℃以下の低温排熱からでも、企業が求める高い投資回収性で電力に変換できるようになったのである。
この技術と製品は、環境省主催の「令和6年度環境スタートアップ大賞」で環境大臣賞を受賞した。同賞の授賞式でピッチにも立った、代表の岡嶋 道生(おかじま・みちお)氏に、技術の詳細や受賞への思い、今後の展望などを聞いた。
排熱を効率よく電気エネルギーに変える熱電発電モジュール「フレキーナ®」
Eサーモジェンテックの概要をお聞かせください。
当社は、京都府京都市に本社を置く企業です。創業は2013年。現在会長を務める南部 修太郎が、熱エネルギーを電気エネルギーに変換する「熱電発電」を効率的に行える方法を考案し、基本特許を取得できたことをきっかけに設立されました。
事業としては、当社が独自に開発したフレキシブル熱電発電モジュール「フレキーナ®」を軸に、熱電発電にまつわる要素技術の研究開発や、発電システムの開発、製造、販売を手がけています。
「フレキーナ®」は、どのようなことができる製品なのですか。
300℃以下の熱を効率よく電気エネルギーに変えることができます。300℃以下の熱を放出している場所は、意外と多いもの。製造業の工場や発電所はもちろん、清掃工場、自動車、データセンター、船舶、燃料電池なども、電気エネルギーに変換しづらい温度帯で排熱しています。石油や石炭などの一次エネルギーのおよそ6割が熱として環境中に放出されており、その4分の3が300℃以下の低温排熱です。しかし、これまでは、この低温排熱から短期間でコスト回収可能な技術がなかったことから、大量の廃熱がただ空気中に放出されるだけになっていました。我々はそこに着目。発電タービンを回せるほどの力を持たない低温の熱エネルギーでも、効率的に回収することで、事業内で使用可能な電気エネルギーを生み出せる製品を開発したのです。

熱を効率的に電気に変えるために、特殊な素材を用いているのですか?
特別な素材は使用していません。使っているのは、ビスマスとテルルという金属でできたBiTe系熱電素子という既存の素材です。これはペルチェモジュール(※)を中心に以前から使用されており、熱電変換効率の高い素材として知られています。
当社が工夫したのは、フレキシブル熱電発電モジュールと、それを用いた発電チューブの構造です。「フレキーナ®」は、携帯電話などに使われているフレキシブル基板の上に複数のバルク状の熱電素子を直列に並べた構造をしています。そのフレキシビリティを活かし、排熱管に密着させたチューブ構造を形成することで、従来に比べ2~3倍高い熱回収効率を実現でき、これにより、これまでは経済的な理由で実用化できなかった300℃以下の低温排熱からでも、お客様のご期待に沿える高い投資回収性で電力に変換できる技術開発に成功しました。
※ペルチェモジュール:電流を流すことで熱を吸収したり放出したりする熱制御モジュールのこと。
ちなみに、そもそもなぜ熱エネルギーを電気エネルギーに変換できるのでしょうか。
熱電素子には、温度差が発生すると発電するという性質があります。その性質を利用して、熱を電気エネルギーに変換しています。
熱電素子の活用自体は昔から行われています。従来より、熱電素子に電流を流すと熱を移動させることができる性質を利用したペルチェモジュールは、小型冷蔵庫やレーザ用の温度調整部品として世の中で活用されています。
一方で、これまで世界中で、このペルチェモジュールを熱電発電にも利用できないか、様々な取り組みがなされてきましたが、いずれも低温排熱に対しお客様のご期待に沿えるような経済性を有する製品は実用化できず、「熱電発電」に関しては、世の中に全くと言っていいほど普及してきませんでした。なぜなら、既存のペルチェモジュールは、熱電素子をセラミック基板で挟んだ曲がらない構造をしているため、そのモジュールに熱を導くためには、例えば、排熱管に金属ロッドをボルトで締め上げ熱伝導させるといった、熱回収効率が低く容積やコストのかさむ方法しかなかったためです。

貴社ならではの強みや競合優位性を教えてください。
強みは、経済性の高い自立電源が実現できることです。独自開発の「フレキーナ®」を搭載した高い熱回収効率の熱電発電チューブ「S2-Wシリーズ」「S2-Cシリーズ」を開発したことで、排熱からより多くの電力を生み出すことができるようになりました。これまでは難しかった、投資回収性の高い熱電発電装置を実現させることができたのです。当社ならではの強みであり、競合優位性であると自負しています。
環境スタートアップ大賞環境大臣賞の受賞で感じた思いとやりがい
環境スタートアップ大賞 環境大臣賞の受賞では、事業や技術のどのようなところが評価されたと考えていますか?
先ほども少し申し上げましたが、一次エネルギーの大部分が300℃以下の熱として放出されています。企業の方々は、自社工場から出るそうした熱を「もったいない」と感じながらも、主に経済的な理由から捨てざるを得ませんでした。こうした状況に対して、経済合理性を持った熱電発電の技術開発に成功した。ここが今回、委員の皆さまに評価いただいたポイントだと捉えております。

受賞への想いをお聞かせください。
私たちの技術や製品を大きく評価いただくことができ、本当に嬉しく、光栄です。当社は今、地球環境の保全に向けて、我々にできることに精一杯取り組んでいます。地球の気候は年々、異常性が増しているように感じます。地球が抱える大きな問題の解決に少しでも貢献することができたら。そのような当社の思いにご理解をいただくことができ、この事業に力を注いできてよかったと、大きなやりがいを改めて感じています。
環境スタートアップ大賞の授賞式でもピッチをされていましたが、ビジネスモデルとしては、自社工場を持たないスタイルで製造されているのですね。
そうです。モジュールの製造工程に応じて、それぞれ異なる委託先に製造を依頼する、いわゆる「ファブレス」の形態です。
特許も多数取得されているそうですが。
日米で権利化済みの「フレキーナ®」のモジュール構造に関する基本特許をはじめ、すでに多くの特許を取得しており、現在これに続く形で、次々と応用特許を国際出願しています。一方で、「フレキーナ®」の製造方法などのノウハウは、あえて特許出願せずブラックボックス化しております。

今回受賞した「フレキーナ®」によって、どのような社会を実現したいですか。
日本は現在、電力を生み出すために多くの化石燃料が使用されています。各社が熱電発電をもとに工場内で、今まで利用できなかった低温排熱を回収し、電力をつくり出せるようになれば、化石燃料の使用量を減らすことができ、資源の保全とCO2の削減に大きく貢献できると考えています。
また、地球規模で見ればわずかではありますが、工場や発電所、ビルなど、都市部の様々な施設から放出される熱の量も減らすことが可能です。各社でみれば小さな排熱量の減少であっても、地球規模での取り組みになれば膨大な量の熱が新たなエネルギー源となり、環境への排熱の放出を抑制できます。GXの取り組みや地球温暖化の抑制に対して、これからも引き続き貢献をしていければ幸いです。
「フレキーナ®」はどのようにして生まれたのか?
改めて、貴社の創業の背景を伺いたいです。現会長の南部さんが熱電発電の新手法を考案し、基本特許を取得したことで設立されたとのお話がありましたが、もう少し具体的な経緯をお聞かせいただけますか?
創業経緯は南部の経歴なくしては語れないため、まずは南部のEサーモジェンテック起業までの歩みからお話させてください。
南部はもともとパナソニックに勤め、半導体や液晶の研究開発に従事してきました。特に大きな成果として、携帯電話にガリウムヒ素(GaAs)半導体を導入し、はじめて携帯電話を現在のように小さくすることに成功、今日の携帯電話文化創成に貢献しました。
彼はその後アメリカで、ある著名なベンチャーキャピタリストとの出会いをきっかけに「日本を技術者が生き生きとリスクに挑戦できる社会にしたい」と考え、56歳でパナソニックを退職、「アセット・ウィッツ」という個人事業会社を設立しました。その後、その会社の事業として、ある焼却炉メーカから熱電発電の技術調査を依頼され、調査を進めるうち、それまでの熱電発電の研究開発では、社会実装可能な技術開発が行われていないことに疑問を感じ、このアイデアを思いついたそうです。しかし残念ながらこのアイデアは、そのメーカーの方々からは全く相手にされなかったようです。
ただその1年後、タイミングよくNEDOで「研究開発技術シーズ育成調査事業」の公募があって、そのアイデアで応募したところ採択され、それをきっかけに、高温接合実装技術でご高名な菅沼克昭教授(大阪大学)との共同研究をスタートできたそうです。その後2013年に、自費で出願していたこのアイデアの特許が成立し、それをきっかけに事業化が可能と考えて、2013年にEサーモジェンテックを創業しました。
「社会実装可能な技術開発が行われていない」とは、どのような状況だったのでしょうか。
当時、熱電発電用には、既に電子冷却用として実用化されていたビスマス・テルルという熱電素材料ではダメで、もっと性能の良い新しい熱電材料の研究開発が必要というのが常識とされており、その研究開発が中心だったのですが、彼は、新しい熱電材料の研究も大事だけれど、熱電発電の社会実装には、むしろ熱電発電素子を実装するモジュールの構造や、モジュールへの温度差のつけ方などを工夫することの方が大切なのではと思ったそうです。
その結果、半導体でよく使われているフレキシブル基板を熱電発電に応用することになったのですね。
おっしゃる通りです。当時既に半導体事業では当たり前だったフレキシブル基板に、既に量産実績のある熱電材料のビスマス・テルルを実装したモジュール構造なら、熱源となるパイプとの密着性を高くできるので、排熱のモジュールへの回収効率を高くできると思いついたことが、創業のベースとなっています。

岡嶋さんは、南部さんから2022年に代表取締役を引き継いだそうですが、そもそもなぜ貴社に入社されたのですか?
実は私もパナソニックの出身で、南部さんに採用の候補者として知人を何人か紹介したことがきっかけで入社することになりました。人を紹介するには、私自身が南部さんの会社の特徴を知っていなければなりません。そのため、オフィスを訪問し、南部さんから事業の構想など様々な話を伺ったところ、「目からうろこ」のようなモジュールのコンセプトに大いに興味が湧いて、私自身がこの会社に参画したくなってしまったのです。気がつけば、ミイラ取りがミイラになる形で、当社への入社が決まっていました(笑)。
環境スタートアップにはいま、追い風が吹いている
この10年間で、環境スタートアップの事業環境はどのように変化したと思いますか?
世界では少し前からヨーロッパがけん引する形で環境対策に乗り出す国や企業が増えていますが、日本で潮目が大きく変わったのは、2020年だと感じています。当時の菅首相による「2050年カーボンニュートラル宣言」をきっかけに、国内企業の環境対策への熱量が大きく上がりました。最近では、お問い合わせいただく多くの企業が明確な課題意識を持っていらっしゃいます。排熱からいかに電力を回収するかという点を真剣に考えている企業が多く、当社としては追い風の事業環境に変わってきていると思います。

今後の事業展望をお聞かせください。
現在、当社の事業は、大きくは二つの軸で展開しています。一つ目はIoT向け自立電源事業です。工場でのIoT化と無線センサーの導入が進む中、設置した機器の電池交換が大きな課題となっています。特に100〜1,000台規模でセンサーを導入する場合、定期的な電池交換は現実的ではありません。また、EUが2023年に策定したバッテリー規則により、2030年からは使用済み電池の回収が義務化されることもあり、エネルギーハーベスト型の自立電源へのニーズが非常に高まっています。昨年、IoT用自立電源のプレス発表を行いました。今年度から来年度にかけて、本格量産していきます。おかげさまで、多くのお客様から高い評価をいただいています。
二つ目は省エネ分野での事業です。工場の排気ダクトに設置して電力を回収するシステムを開発しており、現在は、来年度からの実用化に向けて量産化開発と製造委託先への技術移管を進めています。お客様の工場への導入に際しては、小型評価機による実証実験から始め、システム設計・試作を経て、本格的な施工・運用へと段階的に進めていく計画で、現在、10社近いお客様とそのための共同開発を進めています。
市場展開については、海外が主戦場と考えています。熱電発電市場は2032年までに1兆円規模に急成長するという予測もありますが、私たちはそれ以上の成長が期待できると見込んでいます。既に、インド出身の技術者を採用し、グローバルマーケティングの責任者として、文字通り世界中を飛び回ってもらっています。昨年は、オーストリア政府のプログラムに招へいされ、現地で弊社技術を紹介させていただき、多くのEUの大手企業とのコミュニケーションを開始できました。また、世界的なディープテックネットワークからも高い評価をいただいています。さらに今回は、NEDOが開催した東南アジアマッチングセミナーにも選出いただき、早速現地の大手企業からも高い関心をいただいています。
環境分野で挑戦する方々に向けてメッセージをいただけますか。
どの分野でも同じでしょうが、諦めないことが大切ではないかと考えています。これまで「熱電発電」といえば、世間の受け止め方は、まだまだ研究段階で事業化はほど遠いといったイメージがもっぱらでした。我々の技術でようやく熱電発電の実用化が可能になってきたのですが、そのことをご理解いただくのに時間を要しました。また、最初は人もおらず、装置も資金もない状態からのスタートでしたが、少しずつ資金調達や採用活動を行い、何とかここまで事業を進めてくることができました。
現在も相変わらず、日々あちこちの課題にぶつかりながら進めている状況に変わりはありませんが、自分たちの技術によりこの大きな社会課題に少しでも貢献したい。そういった思いから、今後も粘り強く事業を推進していきたいと考えています。
最後に、読者へのメッセージをお願いいたします。
私たちは、持続可能な社会の構築に貢献したいという思いで、事業や技術開発に取り組んでいます。弊社の自立電源は、工場のいたるところにある様々な廃熱源に気軽に設置いただけるので、工場全体ではメガワット級の発電量も可能だと考えています。さらに、世界中の工場に導入された時のインパクトは非常に大きいものです。このように、小さな技術の積み重ねが大きなエネルギーとなり、環境に貢献できると考えています。当社と同じ思いでいらっしゃる皆さまには、ぜひ仲間となっていただき、共に手を取り合いながら未来を切り開いていければと考えております。興味を持ってくださった方は、お気軽にご連絡をいただけますと幸いです。
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