海を越え、スタートアップ大国のアメリカでDeepTech(ディープテック)スタートアップに挑む人がいる。3D ArchitechのCEOを務める成田 海(なりた・かい)氏だ。
成田氏は、東京工業大学で材料科学を修めた後、博士課程でカリフォルニア工科大学に留学。3Dプリンティング技術の研究を行い、コストの安さと精度の高さを両立させた金属3Dプリンティング技術を開発した。3D Architechは、その技術を基に立ち上げたスタートアップである。
今回のインタビューで印象的だったのは、研究と事業を通じて、異国の地で社会や人の役に立つものづくりを志す成田氏の姿。しかし、実は成田氏は、大学に進むまで海外留学や海外での起業は一切視野に入れていなかったというから驚きだ。成田氏が現在の環境と事業にたどり着くまでに、一体どのような経緯があったのだろうか。
「低コスト&高精度」を実現。3D Architechの金属3Dプリンティング技術
改めて、3D Architechの事業内容を教えてください。
弊社は、コストの安さと精度の高さを両立させた新たな金属3Dプリンティング技術をコア技術として事業を展開しています。企業に対して弊社の技術を提供しているほか、現在は「ヒートシンク」という冷却部材と、水素をつくるための「水の電気分解装置」の部材も開発・提供しています。
これまでの技術では低コストで高精度な金属3Dプリンティングを実現することは難しかったのですか?
そうですね。まず、そもそも金属3Dプリンターは、莫大なコストがかかる代物です。1台あたり、高ければおよそ1億円ほどかかりますし、安い機種でも最低で1,000万円はかかります。それだけ値の張る機材で物をつくれば、おのずと、出来上がった製品も高い値付けをせざるを得ません。
一方でアウトプットの精度に関しても、従来の金属3Dプリンターは、細かく高精度に出力することが苦手でした。そのため、ものづくりの現場では、試作品を制作する場面でしか3Dプリンターを使用しないと決めているところも多かったんです。しかし、弊社の製品は従来の10分の1の細かさを正確にプリントすることが可能です。最終製品の部品の製造や最終製品そのものを3D Architechで製造することもでき、物によっては、工場生産よりもコストを抑えることも夢ではありません。
貴社の技術を使うと、コストはどれくらい下げることができるのですか?
金属3Dプリンターの価格を従来の100分の1以下のコストに抑えることが可能です。弊社の金属3Dプリンターは、1台あたり日本円で約4~10万円ほどです。
広く社会に役立つものをつくる。大学時代から材料科学を志した訳
成田さんは、なぜこの事業をスタートさせたのですか?
弊社の事業は、僕がアメリカのカリフォルニア工科大学 博士課程で研究していた内容が基になっています。自分自身が持っていた研究シーズから事業を立ち上げました。
具体的には、どのような研究をされていたのですか?
材料科学を専門に、3Dプリンティング技術を研究していました。材料科学を学ぶ中で、目に見える物体は「素材」と「デザイン」で定義できることに思い至って。僕はその考え方を基に、物の性能を革新できるよう、ミクロ単位で素材やデザインをコントロールする技術を開発していました。
技術を開発すると同時に、具体的な物質で技術を活かす研究も進めました。僕の開発した3Dプリンティング技術でリチウムイオン電池の電極を製造するという研究も行っていました。
成田さんは、大学もカリフォルニア工科大学の出身ですか?
いえ、修士課程を修了するまでは日本で過ごしていました。学部と修士は、東京工業大学の出身です。
東京工業大学でも、先ほどお話しいただいたような研究を行っていたのですか?
東工大では、金属工学科で金属の研究をしていました。特に生体材料というものを扱っていて、具体的には骨折した際に骨を固定する役割を担う「固定材」に焦点を当て、体内で溶ける素材で固定材をつくれないものかと研究を重ねていました。
成田さんのこれまでの研究において、「材料」は一つの大切なキーワードなのですね。
そうですね。材料を科学することに学問的な面白さを感じているのはもちろんですが、材料科学は研究成果が世の中で広く使われることも少なくないうえに、成果が評価されるスピードが比較的早いことも、僕の中で研究にまい進する大きなモチベーションとなっています。
理系分野に進んだ一つの理由でもあるのですが、僕は研究を通じて、生きている間に何かしら社会に対してインパクトのあるもの、人の役に立つものをつくりたいと思っていて。材料科学なら、多くの方の役に立つものを生み出すことができます。それで、学部生のころから材料科学を専攻していたんです。
カリフォルニア工科大学に留学し、起業が人生の選択肢の一つに
博士課程では、なぜ海外留学を?
留学を考え始めたのは、学部生のころに韓国から留学してきた友人とイギリスに短期留学したことが大きなきっかけでした。
イギリスの大学で刺激を受けたのでしょうか。
短期留学が良い経験になったのは間違いありませんが、それ以上に、韓国人の友人のフットワークの軽さに衝撃を受けたことが大きいです。というのも、彼はイギリス滞在中、「次はイギリスに留学したい」と目を輝かせながら話していて。僕はその言葉を聞いて、純粋にすごいなと驚いたんです。
彼にとっては異国の地である日本で、日本語も英語も使いこなしながら研究や授業に取り組んでいるのに、それでもなおイギリスに学びに行きたいと意欲を燃やしている。彼は日本語を習得するのに、きっと膨大な時間を費やしたはずです。でも、その時間をもったいないとは思わず、また違う国に行きたいと考えているそのスタンスに、海外に行くことをあまりハードルの高いことだと捉えなくて良いのかもしれないと思うようになりました。
それまでは、あまり海外に出ることは意識していなかったのですか?
そうですね。海外で学んだり、起業したりすることは全く考えていませんでした。
海外の大学もさまざまな特徴を持った機関が多数ありますが、その中でもカリフォルニア工科大学を選んだのはどうしてですか?
大きく二つの理由があって、一つはやはり僕が師事したジュリア・R・グリア教授に学びたかったからですね。3Dプリンティング技術を扱う教授で、この研究が発展すれば、世界が大きく変わると感じたんです。
二つ目が、カリフォルニア工科大学の大学としての姿勢に惹かれたからです。カリフォルニア工科大学は、学生に対して科学、特に理学の基本的な姿勢を身につけさせることに力を入れています。僕としては、学部や修士課程でしっかり勉強してきたつもりでしたが、研究に挑む基本的な力がまだ不足していると感じていました。自分の不足する力を蓄えることができたらという思いも、カリフォルニア工科大学を志望した大きな理由です。
カリフォルニア工科大学で過ごした日々の中で、現在の成田さんに特に影響を与えているエピソードは何かありますか?
やはり周囲にスタートアップをやっている学生や教授が多かったことは、自分が起業することに対してハードルが下がったという意味で、大きな影響を与えてくれているかもしれません。教授も僕が学生として在籍している間にスタートアップを一つ創業していましたし、僕の1学年上の先輩も、3Dプリンティング技術を使った会社を立ち上げていました。起業・創業が珍しくない環境にいたので、自分の中に「起業する」という選択肢も生まれたのだと思います。
アメリカでBreakthrough Energy主催のプログラムに応募、創業の後押しに
博士課程を修了後は、すぐに起業されたのですか?
起業に向けて資金調達を試みていましたが、うまくいかなかったため、24M Technologiesという電池を扱うアメリカの新興企業に就職しました。
資金調達に向けて、動かれていたのですね。
資金調達といっても、VCにプレゼンしに行くというわけではなく、エネルギー、農業、製造などの分野で活躍するリーダーや研究者を支援するアメリカのプログラムに応募していました。主催はBreakthrough Energyという組織で、気候変動を食い止めるテクノロジーに対して出資を行うVCの機能も持っています。僕が応募したのは初期フェーズの支援を受けられる「フェローシッププログラム」というものでした。そのプログラムに応募したところ、ビジネスモデルなどを全く準備できていない状況だったにも関わらず、ファイナリストまで選出されたんです。
それはすごい! 技術の可能性が大いに評価されたのですね。
そうなんです。結果的にプログラムに採択されることはなかったのですが、開発した技術のポテンシャルを感じた貴重な機会になりました。この研究シーズでしっかりとビジネスモデルをつくり、顧客を捉えることができれば、いつかきっとスタートアップとしてやっていけるだろうと自信を持つことができました。
ちなみに、研究シーズを基にスタートアップを立ち上げる秘訣について、成田さんはどのように考えますか?
研究シーズからビジネスをつくるうえでの検討ポイントや準備すべきことなどは、きっと大勢の方がさまざまなお話をされていると思うので、そちらで学んでいただいて、僕からは一つ異なる角度からお話をしようかと思います。
研究シーズを事業化するためのノウハウはもちろん大事なんですけれど、正しいマインドやイメージを持つのも同じように大切なことです。なので、もしご自身が研究者で、研究内容をいつかスタートアップにしていきたいと思い描いているのなら、ロールモデルとなる方を探し、その方の近くに行くのが一番いいと思います。何か困ったことや疑問があれば、その方に聞いて知見を蓄えることもできますから。
その意味で言えば、アメリカの大学・大学院は非常に良い環境です。理系の研究室でも、起業した方がそこかしこにいます。大きな刺激を得られると思います。
アメリカでは、研究シーズからの起業はごく当たり前のことなんですね。
そうですね。僕の肌感覚ですが、就職のほかに、第三の選択肢として起業を視野に入れている研究者も結構多いように思います。非常に極端な例にはなりますが、マサチューセッツ工科大学を卒業した僕の友人は、クラスメイトの10人中10人がスタートアップの経営者になったそうです。これはずいぶんと極端な事例ですが、それでもこうした事例が生まれるくらいには、アメリカでは起業しようと考える理系人材は多いと思います。
自社の技術が社会で広く使われる世界を目指して
貴社の組織についても少し伺いたいです。貴社は、メンバーが非常に国際色豊かですよね。
そうですね。即戦力になる方を求めて採用活動を行っていたところ、結果的に国際色豊かな組織になっていました。
採用に関しては、これからも引き続き、出身国に関係なく即戦力メンバーを募集していかれるのでしょうか?
そうした方にはぜひ来ていただきたいのですが、それに加えて日本出身のメンバーも採用を強化していきたいと思っています。弊社は宮城県仙台市に拠点を持っており、日本の企業と仕事をする機会も多いため、日本語が話せて、日本の文化にも深い理解のあるメンバーにお任せしたい仕事がたくさんあって。僕が今、日本の採用市場に対してあまりアクションを起こせていないため、日本出身のメンバーの採用に苦戦しているんです。
そうだったのですね。具体的に、どのような方に来ていただきたいか、イメージはありますか?
まず、弊社が技術系のスタートアップということもあり、技術や研究開発の部分を楽しめる方に来ていただきたいです。そして、我々の持っている技術は本当にさまざまな場所で応用が利くため、そうした技術のオープンさも面白がりながら、社会にインパクトを与えるような仕事がしたいと思っていただける方だと、弊社の考え方や業務内容にマッチするように思います。
そして、「世界で圧倒的な勝利を手にするイメージ」をリアルに持てる方に、ぜひ仲間に加わっていただきたいです。「世界を目指せる、世界で戦える」という表現に留まらず、僕らはいずれ世界トップクラスの企業になりたいと考えています。弊社の技術に可能性を感じ、この技術なら世界トップクラスになるのが当たり前だと信じていただける方とお会いできたら嬉しいです。
技術職の方だけでなく、市場開拓などの事業化を担いながら、ものづくりから世界を変えたいと考えているビジネスサイドの方も積極的に募集しております。ご興味のある方は、ぜひ一度ご連絡いただければ幸いです!
今後の展望とつくりたい世界観をお聞かせください。
現在我々が手がけている金属3Dプリンティング技術が、金属を加工してものづくりを行う現場で当たり前のように使われる世界をつくっていきたいと考えています。この技術があれば、これまでの金属加工技術ではつくることが叶わなかったものも、いろいろと実現させることができるはずです。皆さんが日頃何気なく使っているものの中に、弊社の3Dプリンティング技術が使われ、それがデザイン的にも機能的にも大きな役割を果たしている。そんな世界観をつくることができたら、材料科学に挑む一人の研究者として、非常に面白くやりがいがある仕事になるだろうなと思っています。
世界を目指す日本のスタートアップや起業家、起業を考えている方に向けて、ぜひ応援メッセージをいただけますか?
僕はまだまだ皆さんの前で偉そうに何かを言える立場ではないのですが、研究シーズを基にしたスタートアップをアメリカでやっていて感じることを少しだけお話しします。
まず、日本の研究・技術シーズは、海外でも大きく評価され得るものが実はたくさん眠っているように思います。あとはそれをいかにスタートアップとして事業化していくか。ここが鍵になりますが、スタートアップを立ち上げるためには、やはり先駆者たちのノウハウに学びながら、何度も打席に立ってバットを振ることが不可欠です。日本からアメリカのスタートアップを見ていると、100億円を調達した凄腕企業ばかりに見えてしまうのですが、こちらに暮らして実際のところを見ていると、そうした100億円調達企業は氷山のほんの一角に過ぎないことが分かります。アメリカには、もっともっとたくさんの小さなスタートアップがあって、日々失敗とチャレンジを続けているんです。
スタートアップは、何度も失敗した先に、ようやく一つの「当たり」が見えてくるもの。これから世界を目指そうとする方は、目の前のことにしっかりと向き合いながら、気後れせずにいろいろなことに挑戦していただくのが一番の近道になるのではないでしょうか。
最後に、読者へのメッセージをお願いいたします。
今日まで1年半ほど3D Architechの経営と事業運営を手がけてきましたが、スタートアップの環境は本当に目まぐるしく変わるなと感じています。研究の世界は成果が出るまでに1年の時間がかかるという状況もザラですが、スタートアップのスピード感は本当に速いです。それこそ、同じ研究成果をスタートアップで出そうとすれば、同時並行でさまざまなことを行いながら、うまくいけば1週間で成果を出すことができるかもしれません。そうしたスピードの速い環境の中では、研究者や起業家はもちろん、ビジネスサイドの方も大いに成長できることでしょう。非常に面白い環境が待っていると思いますので、スタートアップの世界に興味のある方はぜひ一度のぞいてみてはいかがでしょうか。
注目記事
AIキャラクターが暮らす「第二の世界」は実現できるか。EuphoPia創業者・丹野海氏が目指す未来 Supported by HAKOBUNE
大義と急成長の両立。世界No.1のクライメートテックへ駆け上がるアスエネが創業4年半でシリーズCを達成し、最短で時価総額1兆円を目指す理由と成長戦略 Supported by アスエネ
日本のスタートアップ環境に本当に必要なものとは?スタートアップスタジオ協会・佐々木喜徳氏と考える
SmartHR、CFO交代の裏側を取材。スタートアップ経営層のサクセッションのポイントとは?
数々の挑戦と失敗を経てたどり着いた、腹を据えて向き合える事業ドメイン。メンテモ・若月佑樹氏の創業ストーリー
新着記事
AIキャラクターが暮らす「第二の世界」は実現できるか。EuphoPia創業者・丹野海氏が目指す未来 Supported by HAKOBUNE
防災テックスタートアップカンファレンス2024、注目の登壇者決定
大義と急成長の両立。世界No.1のクライメートテックへ駆け上がるアスエネが創業4年半でシリーズCを達成し、最短で時価総額1兆円を目指す理由と成長戦略 Supported by アスエネ
日本のスタートアップ環境に本当に必要なものとは?スタートアップスタジオ協会・佐々木喜徳氏と考える
Antler Cohort Programで急成長の5社が集結!日本初となる「Antler Japan DEMO DAY 2024」の模様をお届け