これまで、スタートアップ創業者を中心にインタビューを行ってきたJP Startups(ジャパスタ)。
今回から、現場の実践者目線での新企画がスタートする。その名も「スタートアップの裏側」。
スタートアップの現場に溢れる「予算はない。人手もない。でも、最速で目標にたどり着きたい」という想いをすくいあげ、マーケティングや広報、人事、営業、事業づくりなど、さまざまな分野で優れた取り組みを行うスタートアップの現場担当者を取材。各社に蓄積されたノウハウや業務の真髄に迫っていく。
第一弾となる今回は、株式会社Spectee(スペクティ)を取材した。12月8日(金)に「サプライチェーンの未来展望」をテーマとしたオンラインカンファレンス「Supply Chain Future Experience (SFX)」を開催した同社。マーケティング活動に関わる正社員は2023年11月時点で兼任者も含めて3名と少数精鋭で日々の業務にあたっているというが、いったいどのようにしてオンラインカンファレンスを実施するに至ったのだろうか。マーケティングマネージャーの長江 彩那(ながえ・あやな)氏に詳しく話を聞いた。
災害、事故、感染症……ビジネスリスクの種を可視化するSpectee
「“危機”を可視化する」というミッションを掲げ、「社会のレジリエンスを高め、持続可能な世界の実現へ」というパーパスを定めている株式会社Spectee。
同社が手がけるのは、企業や自治体における防災やリスク管理・レジリエンスに資するSaaSだ。その一つが「Spectee Pro(スペクティ プロ)」。気象データや道路・河川カメラ、SNSなどを通じて「危機」に関する情報を瞬時に集め、顧客にすぐさま通知するほか、さまざまなデータをもとにしたAIによるリスク分析・予測も可能なため、全国で事業を行う企業などは、各拠点のリスク管理などにも活用できるという。
また、11月30日には、製品の部品や材料の調達から販売に至るまでの「サプライチェーン」におけるリスクマネジメントに対応した「Spectee Supply Chain Resilience(スペクティ サプライチェーン レジリエンス)」をリリース。サプライチェーンの全体像を把握し、リスクを自動分析するなど、複雑につながりあったサプライチェーンに迫る危機を可視化することができるサービスとなっている。
長期目線で潜在顧客にアプローチ。Specteeのマーケが抱える課題とは
そのようなSpecteeのサービスは、知れば知るほど、大手メーカーやインフラ企業、自治体まで、幅広い業界の企業・組織から需要がありそうである。きっと引く手あまたなのだろうと思いきや、意外にも、マーケティング上の課題は「お客様の多くが課題やニーズを言語化できていないこと」にあると長江氏は語る。
長江:弊社のサービスは、良くも悪くも、比較対象となるサービスがほとんどありません。決まったサービス領域として今はまだ確立されていないため、多くのお客様がそもそもの課題の認識やニーズの言語化ができていないんです。たとえ課題を認識していたとしても、それを解決できるサービスがあるということを知らない、役立ちそうなサービスの調べ方がわからない状態の方が多いのではないかと思います。
それゆえ、マーケティング活動においては、自社サービスを明確に求めている顧客へのアプローチだけではなく、潜在的な顧客層に対して、課題に気づいてもらえるきっかけをつくるところから始めなければならないという。
長江:商談同席や展示会への出展などを通じて感じたのは、弊社サービスのデモ画面を実際に見ていただくことの効果でした。弊社のサービスで解決可能な課題をお持ちのお客様であれば、かなりの割合で関心を持っていただくことができ、「こんなサービスがあったんですね!」とおっしゃっていただけます。認知獲得・需要喚起のために、お客様先に営業担当者が直接赴いてデモをして回るという方法もあります。ただ、現在力を入れているメーカー・物流・インフラなどの民間企業においては、世の中に何千とある企業を1社ずつ回るのは現実的ではありません。
だからといって、認知の急拡大を狙ったTVCMなどは予算的に不可能だ。一方でインターネット広告の掲出がうまくいくかというと、画像やテキストだけでサービスを説明するのが難しいため、ディスプレイ広告もうまく機能しない。
また、先ほどの長江氏の話の中にもあったが、そもそも顧客が課題やニーズの言語化ができていないため、どんなキーワードでサービスを検索すればよいかわからない状態。つまり、自社サービスと親和性の高いキーワードで検索することが少なく、検索ボリュームも小さいゆえにSEO施策やリスティング広告も高い効果を見込みづらい。では、リアルの展示会への出展回数を増やせばいいかというと、Specteeが直接話をしたい「企業内のリスク管理担当者や調達担当者」が集まるイベントはそれほど多くなく、効果は限定的だ。
長江:弊社の場合、自分でリスク管理などについて勉強し、自力でSpecteeのサービスにたどり着いてくださるようなお客様は非常に限られています。また、リスク管理に関心を持つ方が知見を得られるような場やコンテンツは、世の中に多くありません。そのため、広報やインサイドセールスとも連携し、長期的な目線でお客様が求める情報を得られる環境づくりに取り組んでいます。
とはいえ、既存のマーケティング手法では限界がある。そこでSpecteeが目をつけたのが、多くのお客様を一気に集客できる大規模なオンラインカンファレンスの開催だ。
オンラインカンファレンスの主催を決めた理由
長江氏は、準備の手間とコストがかかるオンラインカンファレンスの開催を決めた理由について、このように語る。
長江:大きなきっかけは、今年の2月に代表の村上ととあるスタートアップが主催したカンファレンスに参加したことです。弊社の村上も登壇させていただいたのですが、著名なゲストも登壇された大規模なカンファレンスで、一登壇企業として、非常に満足度が高いものでした。また、個人的にも主催企業の認知・イメージの向上につながる、とても良いイベントだと感じました。村上と懇親会まで出席し、登壇者や関係者と交流し、盛り上がりを肌で感じられたのもよかったです。
長江:村上も、効果やメリットを実感したらしく、会場から帰宅する際、「自分たちも開催しよう!」と私に伝えてくれて。私も同じ思いでしたから、その場で「やりましょう!」と返事をしました。
半ば勢いで開催が決まった部分もあるのですが、私としてもマーケティング課題の一つである認知向上に有効だと感じていましたし、主催企業など複数企業のマーケ担当者から、カンファレンス開催の経緯や運営の苦労などを聞いていましたから、自社で開催する意義や必要なリソース、課題になりそうなことなど、ある程度イメージを持つことができていました。
ここでポイントとなるのが、ただ「カンファレンスをやる」と決めたのではない点だ。一つ目が、企業でサプライチェーンにまつわる業務を行う人にSpecteeを認知してもらうこと。二つ目が、企業の経営層やメディア関係者などに「サプライチェーンマネージメント」に関心を持ったり、重要性に気づいてもらうこと。
さらに、長江氏の中では「裏の目的」も掲げていたという。
長江:私たちのお客様となる企業はエンタープライズ層なので、意思決定に社内のさまざまな役職・部署の方が関わります。現場の担当者が導入に前向きでも、上長や他部署からの反対で決裁が通らないケースもあるのです。なので、経営層の方や営業担当者など、企業内のさまざまな方にSpecteeを知っていただく必要があると考えています。今回開催したカンファレンスは第1回ということもあり、なるべく幅広い方に関心を持っていただけるよう、「サプライチェーンの未来展望」というテーマで、知名度があるゲストの方に登壇いただきました。
スタートアップが、大規模カンファレンスを主催する際のポイント
今回のカンファレンスは、2月に開催すると決めてから、6月に具体的な話が動き出し、9月から本格的な準備を開始した。準備にあたっては、社内のリソースだけでなく、日頃から付き合いのあった制作会社にも依頼したという。
ここで、長江氏に「スタートアップが大規模カンファレンスを開催するための秘訣」を聞いてみた。四つのポイントを教えていただいたので、紹介したい。
① タスクを洗い出し、社内外の関係者と対応事項やスケジュールの認識を合わせる
オンラインカンファレンスは、比較的小規模で開催するセミナーとは異なり、3~4ヶ月ほどの準備期間が必要となるうえに、社内だけでなく制作会社や登壇者など関係者の人数が大きく増えることになる。そのため、「タスクの洗い出し」と「担当者が社内外の関係者としっかりと対応事項やスケジュールを握ること」が重要だと長江氏はいう。
Specteeの場合、制作会社は日頃から関係のあった会社のため、企業理解も深く、コミュニケーションの取りづらさはなかったというが、それでも長江氏は定期的にやりとりを重ねて状況把握と業務の優先順位の認識合わせに務めていたという。
長江:サイト掲載に必要なデータや情報を、スケジュール通りにすべて回収できることはまずありません。集客に影響が出るサイトのリリースや更新の遅れなどは可能な限り避けたいものですが、こちら側が急な修正や依頼をしてしまったり、必要な情報をいつ回収できるかが分からなかったりする状態があまりに続くと制作会社さんも困ってしまいます。
制作会社と担当者で「スケジュールに影響が出そうなポイントはどこか」「どうすればリカバリーできるか」といったことを前向きに議論したり、担当者が事前に関係者への根回しをするなど交通整理をしておくだけでも、致命的な遅れやミスはかなり防げます。
また、スタートアップならではの状況として、登壇を依頼したゲストだけでなく、上長や経営層が多忙のあまりカンファレンスへの対応が遅れてしまうこともあり得る。スケジュールをずるずると後ろ倒しにしないよう注意し、マーケティング担当者が準備を積極的にリードしていくことが、カンファレンス成功への第一歩と言えよう。
② 経営層にスケジュールや集客状況をマメに共有する
また、社内の情報共有にあたっては、経営層が気にしているポイントをマメに共有することが有効だと長江氏は語る。Specteeでは、スプレッドシートなどを活用し、社内のさまざまなミーティングで社内関係者に共有・確認・相談を行っているという。
長江:社内の関係者が気にするポイントを定期的に共有・確認するようにしています。例えば経営層も参加するマーケティングの定例ミーティングでは、サイトのオープン時期や登壇者との打ち合わせ日などの大枠のスケジュール、ミーティング参加者のタスクと期日、現状の集客状況を毎週共有していました。また、目標に対して集客が厳しい可能性が出た段階で、理由の説明と追加でいくら予算があればどんな集客施策ができるかなどの相談をします。また、マーケティングチームによるミーティングでは、各自のタスクと対応状況の確認をすることで準備をスムーズに進めることができました。イベント準備で社内のコミュニケーションがうまくいかなくなってしまうのは、依頼事項や準備状況に不透明な部分があって、関係者を不安にさせてしまっているケースが多いように思います。「今どうなっているんだ」「聞いてませんでした」「そういえばあれってどうなったんだっけ?」と言わせない、そんなコミュニケーションを心がけています。
③ 経営層や社員の協力を仰ぐ
そして、積極的に経営層や社内の協力を求めることも、カンファレンスの成功に必要なことなのだという。
そもそもカンファレンスを実施するかどうかで意思決定に迷っている場合は、Specteeの事例のように、経営層や上長とともに他社のカンファレンスに出席してみるのも手だ。
それだけでなく、経営層の協力を得るメリットとして、長江氏は「登壇者のアサインに経営層や社員の人脈が活用できる場合がある」と話す。CEOやCTO、CFOなどの経営層人材は、起業仲間やMBAホルダー仲間など豊富な人脈を持っている場合が多い。その人脈の中から登壇者を探し、経営者同士で話を進めることで、よりスムーズにカンファレンスへの登壇者を集めることができるという。
長江:今回のカンファレンスでは、通常ルートではなかなかお声がけが難しい方にも登壇していただくことができました。特に実業家の成毛 眞さんや早稲田大学名誉教授の内田 和成さんは、弊社代表の村上のつながりから登壇をお願いした方々です。
また、スタートアップには社員にさまざまな業界の出身者がいる場合も多いので、マーケ担当者が自分たちだけで登壇者を探すのではなく、経営層や社員の力を積極的に借りてみると、思わぬ方に登壇していただけるかもしれません。
④ 目的をこまめに確認し、ズレないようにする
スタートアップによくあるのが、経営者の鶴の一声や数字の追求によって、「施策実行中に目的がズレてしまう」という事態である。特にカンファレンス開催の告知を行った後は、関係者や参加者の混乱を招いてしまうため、目的や内容を急遽変更することは避けたい。準備を進める中で、ともすると横道に逸れてしまいそうになる「カンファレンスの開催目的」をこまめに確認し、なるべくブラさないようにする。なかなか難しいことではあるが、「可能な限り柔軟に対応することもスタートアップでは大切ですが、担当者としては『当初掲げた目的や仮説と矛盾したことをしていないか』『振り返ったときに検証できるか』の二点を大切にしています」と長江氏は語ってくれた。
他社と連携したマーケティング施策で相乗効果を生み出す
Specteeは今回、オンラインカンファレンスを開催する前に、登壇者でもある他社のスタートアップと連携したオンラインセミナーなども開催していた。
セミナーを他社と共同開催する取り組みは、今年からスタートさせたものだという。そのメリットを、長江氏はこのように語る。
長江:まず大きいのが、リソースを削減できること。セミナーの企画を一人で考えると時間がかかりますが、2~3社のマーケティング担当者で集まって考えれば、いくつものアイデアが出てきます。忖度のない議論がしやすいので20分もあれば企画がまとまります。各社のノウハウも共有できますし、事務局やLP作成なども順番に受け持てば、準備・運営にかかる手間もぐっと下がります。親和性の高い企業だと、相互集客ができるのでコストをかけずに新規参加者を増やすことができるのもありがたいですね。
そして、世論形成の観点からも、複数社との連携はより高い効果が見込めるという。
長江:一つの大きな波をつくることができますよね。同じ業界のベンチャー・スタートアップが4~5社で同じようなキーワードを使ったり、一つの課題に対し各社のソリューションで解決できることを紹介したりしていれば、いつしか業界内のトレンドへと昇華されていくと思います。
スタートアップ1社では大企業のような大規模なプロモーションはできませんが、複数社で連携することで、効果的な取り組みができるのではないでしょうか。
そのような取り組みを行うために欠かせないのが、マーケティング担当者同士のつながりづくり。長江氏はどのように他社とのつながりを深めているのだろうか。尋ねてみると、その秘訣は「営業活動と一緒です」という答えが返ってきた。
長江:要は、いかに「この人と仕事をしたら、いいことがありそうだな」「一緒に何かやりたいな」と思ってもらえるか。持ちつ持たれつで本気で相談し合える関係性をつくることができれば、さまざまな場面で協力しあうことができると思います。
人間関係構築の基本かもしれないが、同じ熱量で相手と向き合い、知見を共有するなど、互いに良い影響を与えあう関係性を意識することが他社と連携するうえでの鍵だと長江氏は語った。
Specteeとして、そして長江氏としての今後の目標を聞いた。
長江:弊社としては、ミッション、パーパスの実現を目指して今後も事業と向き合ってまいります。直近で力を入れるのは、やはり11月にリリースしたばかりの「Spectee Supply Chain Resilience」です。Specteeやこのサービスの価値をサプライチェーン関係者に知っていただきたいと思っています。また、「Spectee Pro」については海外展開も行っていく方針です。そして、マーケティング担当者としては、お客様が必要としている情報をなるべく適切なタイミング・形式で届けていきたいと考えています。社員一丸となって、Specteeという会社をお客様から期待される存在にしていきたいですね。将来的には、防災テックやサプライチェーンレジリエンスといえばSpecteeを思い起こしていただけるようになれたらと思っています。
最後に、スタートアップでマーケティング活動に奮闘する現場の担当者に向けて、一言メッセージをいただいた。
長江:社内に知見のある方がいないとき、自社のマーケティング活動の参考になればと、経験豊富な方のお話を聞いたり、専門書籍を読んだりすることも多いかと思います。それはとても勉強になる一方で、視座の高い企画や細かく設定されたKPIなど「とてもうちの会社では真似できない」と思ったり、社内で提案しても「うちの会社に合っていない」「リソースが足りないからできない」と反対されることはよくあるかと思います。
長江:そもそも、どのような施策もスタートアップで初めから完璧に実施することは難しいのではないでしょうか。社内で事前に実施する目的や期待値のすり合わせを行い、振り返りをしっかりして次に活かす。社内の懸念を払拭するためにできることはやる。地道な取り組みが自社に最適な施策につながるのではないかと考えています。自分自身が主体となってさまざまな挑戦や仮説検証ができるのは、相応の大変さはあるものの、スタートアップならではの面白さであり、醍醐味であると思います。まずは自分や自社でできそうなことから始めてみる。そんな、小さな一歩を踏み出すことから始めてみてはいかがでしょうか?もし何かあれば、お気軽にご連絡いただけたら幸いです!
長江 彩那さんの X(旧Twitter)アカウント:@TANTAN14857739
関連記事
注目記事
AIキャラクターが暮らす「第二の世界」は実現できるか。EuphoPia創業者・丹野海氏が目指す未来 Supported by HAKOBUNE
大義と急成長の両立。世界No.1のクライメートテックへ駆け上がるアスエネが創業4年半でシリーズCを達成し、最短で時価総額1兆円を目指す理由と成長戦略 Supported by アスエネ
日本のスタートアップ環境に本当に必要なものとは?スタートアップスタジオ協会・佐々木喜徳氏と考える
SmartHR、CFO交代の裏側を取材。スタートアップ経営層のサクセッションのポイントとは?
数々の挑戦と失敗を経てたどり着いた、腹を据えて向き合える事業ドメイン。メンテモ・若月佑樹氏の創業ストーリー
新着記事
AIキャラクターが暮らす「第二の世界」は実現できるか。EuphoPia創業者・丹野海氏が目指す未来 Supported by HAKOBUNE
防災テックスタートアップカンファレンス2024、注目の登壇者決定
大義と急成長の両立。世界No.1のクライメートテックへ駆け上がるアスエネが創業4年半でシリーズCを達成し、最短で時価総額1兆円を目指す理由と成長戦略 Supported by アスエネ
日本のスタートアップ環境に本当に必要なものとは?スタートアップスタジオ協会・佐々木喜徳氏と考える
Antler Cohort Programで急成長の5社が集結!日本初となる「Antler Japan DEMO DAY 2024」の模様をお届け