「美味しいジンを飲んだら、それがエシカルだった」
今はまだない文化の醸成を目指して邁進する日本発のスタートアップがいる。「エシカル・スピリッツ」だ。
「エシカル」「サステナブル」が世界的トレンドとなり、持続可能な社会の実現に向けた消費のパラダイムシフトが起きつつある中、酒粕などの廃棄素材を使用したクラフトジンの生産を行う同社は、2021年にBeyond Next Venturesからシード調達を行なった。
東京・蔵前で世界初の再生蒸留所「東京リバーサイド蒸溜所」を構え、挑戦と達成を繰り返す山本 祐也(やまもと・ゆうや)氏に、これまでとこれから目指す世界についてお話を伺った。
日本酒ビジネスのために積んだキャリアからエシカル・スピリッツ創業へ
今行っている事業について教えてください。
活用先がなく、産業廃棄物として捨てられている酒粕などの未活用素材を蒸留した「エシカルジン」の製造・販売をしています。また、その収益で酒蔵に原料費として未活用素材の有価物化(自分にとって必要ないとしても「その物自体の価値はまだ残っている物」にしていくこと)を支援しています。2021年2月からは、再生型蒸留所(台東区蔵前)を正式稼働させ、1階ではオフィシャルストア、2階ではバーとダイニングの運営を通じてエシカル・スピリッツの製品を楽しんでいただける場も提供しています。
どのようなキャリアを歩んでこられたのでしょうか?
2008年に一橋大学を卒業した後、野村證券とJPモルガン証券にて投資銀行業務に従事していました。その後、AKB48プロジェクトの運営会社や、アイドルの衣装制作などを手掛けるオサレカンパニーで事業企画の責任者として、新規事業の立上げをしつつ、2013年に一度目の起業であるMIRAI SAKE COMPANY株式会社を設立しました。2018年にケンブリッジ大学大学院でMBAを取得し、2020年に仲間と共にエシカル・スピリッツ株式会社を設立しました。
多様なキャリアをお持ちですが、今回の起業に至るまでの志向やキャリア選択の意図について、順を追ってお聞かせください。
地元は石川県で、日本の伝統産業が身近にあるという環境で生まれ育ったこともあり、九谷焼や加賀友禅、日本酒など伝統産業に従事する方々の技巧から生まれる「クラフト」がもてはやされる一方で、質は良くても必ずしも儲る仕組みになっていないことに課題を感じていました。ただその中で、日本酒を扱うビジネスに可能性を感じていました。
多くの伝統産業の中から日本酒を選んだ理由は、スイッチングコストが低い点がまず挙げられます。石川県には有名な焼き物や塗り物がいくつもありますが、全ての食器をそれらに変更するのはスイッチングコストが高く、ビジネスとしてのハードルが高い。日本酒であれば、日本のみならず海外の消費者にとっても既に使っているワイングラスやコーヒーカップで飲むこともでき、置き換えがしやすいのではないかと考えました。また、酒は持ち運びがしやすい点も魅力で、国内外に運ばれ広がっていく余地も感じました。友禅や焼き物はそう簡単に買い換えるものではありませんが、日本酒は一般の人が繰り返し購入する消費財であり、購入頻度が高いことも特徴です。他にも挙げればキリがないのですが、日本酒というコンテンツであれば「伝統産業×ビジネス」を体現できるのではないかと思えたのです。
なぜ、ファーストキャリアに投資銀行を選ばれたのでしょうか?
大学時代は必ず起業したいとは思っておらず、日本酒にビジネスとして携わりたいと考えていました。そんな中で、実際にクラフト系のクラシカルな酒蔵を訪ねて「入社したい、伝統産業をよりモダンな形で事業をしたい」という想いを伝えたのですが「売上か外部資金、いずれかを持って来られる人でないと採用できない。バジェットがない」と断られてしまいました。自分が将来酒蔵で働くためには、セールスの経験と資金調達の知識の両方を身につける必要がある、その上でどの会社でキャリアを積むべきかという視点で就職活動を始めました。セールスの仕事は、扱うプロダクトが鉄道車両なのか生活雑貨なのかで、顧客も売り方も全く違うのだと知り会社を絞り込むのが難しい反面、財務に関する仕事であれば金融業に絞ることができました。そういった考えのもと、企業の資金調達をサポートする投資銀行を就職先として選んだのですが、投資銀行は日系でも10年で7割くらいが退社をして次のステージに向かうなど、目的を持って入社する人が多いという環境も魅力に感じていました。今思うと、即戦力を求める小さな会社が新卒者を雇うことは少ないということがわかるのですが、酒蔵の社長の言葉をきっかけに投資銀行に入行し、お金の仕組みや資金の集め方を知る貴重な経験ができました。
その後、エンタメ業界で事業責任者をされて1度目の起業をされたのですね。
酒と同じジャンルの事業で経験を積みたいと考え、「衣食」と「レジャー」に絞りました。当時、エンタメ業界で急成長をしていたAKBプロジェクトを運営する会社で事業サイドのポジションを募集していることを知り、事業責任者として転職をしました。事業開発の経験を積みながら、新規事業としていろいろと企画を提案したのですが、日本酒を絡めた企画を提案したことがありました。エンタメ事業の会社がやるには突拍子もない企画なので、もちろんそこで実現はしなかったのですが、「そんなに儲かると思っているのなら自分でやりなよ」と言われて。「わかりました」と答えて2013年に1度目の起業をし、会社を立ち上げました。酒米生産、独自の日本酒ブランド作り、日本酒専門店「未来日本酒店」をオープンするなど、生産から販売までに取り組む会社を経営しながら、2015年くらいまでは二足のわらじで事業開発の仕事も並行しながらやっていました。
ここから、2020年にエシカル・スピリッツを立ち上げたきっかけは何だったのでしょうか?
アイデア構想まで数年がかりでしたので遡ってお話しします。1社目の事業を通じて、全国の日本酒の蔵元や杜氏の方々と繋がりができる中、日本酒を生産する上でその半分の量の酒粕が生み出されること、その活用方法が見出せず廃棄せざるを得ないと悩んでいることを知りました。ただ、彼らにとって一番考えるべきことは日本酒を作って売ることなので、酒粕の利活用は悩みの優先順位が低い。蔵元共通の課題に自分なりに取り組んでみたいと思い、酒粕について調べる中で、日本酒と酒粕は実は固体か液体かという違いしかないのに、マーケットは1,000倍の差があることなどを知りました。酒粕は需要がないのに供給されている状態で、使い道も一部の化粧品や粕汁、甘酒などに限られていました。何か利活用できる道はないかと考えていたところ、イギリスにあるケンブリッジ大学でエグゼグティブ向けのMBAを取得しに現地留学する機会を得ました。「イギリスといえばウイスキーの本場」と思っていたのですが、なんと現地の酒場ではウイスキーよりもジンが飲まれていることを目の当たりにして衝撃を受けました。実際に調べてみても、イギリスにおけるジンの市場規模がウイスキーの市場規模を抜いていたのです。このときに、日本の酒蔵で捨てられている酒粕とイギリスでブームのジンを掛け合わせてビジネスができないかというアイデアが生まれました。
気持ちが乗ると一気にモチベーションが上がって前向きに頑張れるタイプなので、仕事にのめり込み、2020年2月に業界の異なる共同創業者と共に起業し、「エシカルジンプロジェクト」を開始しました。
ものづくりゆえの資金調達の苦労と、海外での成功の音
エシカルスピリッツを起業して特に大変だったことは資金調達だとか。
はい。私たちはスタートアップなので市場をつくりながら文化を醸成していく覚悟でSAKEづくりをしていますが、投資家からは現在の市場規模で見て「ジンはマイナーすぎる」と言われてしまいます。また、「そもそもソフトウェアにしか投資していないので対象外」と言われることもあります。投資家の立場からすると投資するに値する合理的なストーリーを求められているのも理解はしていますので、どのように興味を持ってもらうかは頭を使う部分です。研究の実用化、ハードテックスタートアップとして国立森林総合研究所の技術シーズを用いた木のお酒の開発などもしているので、評価していただけるポイントを探りつつIPOを目指して頑張ります。
文化を醸成することも非常にチャレンジングかと思います。
今もそうですが、私たちは食領域でサステナブルな文化を作る道の途中にいます。「今」「自分」にベクトルが向きやすい日本で、サステナブル、エシカルという面を訴えても我々のコンセプトに共感いただける方はまだまだ少ないです。そのため、コンセプトも大事ですが、美味しさを追求すべく海外の品評会にも積極的に挑戦しています。
共同創業者はどのように集められたのでしょうか?
やりたいことは決まっていたので、コンセプトを話して共感してもらえる人に集まってもらった形です。現在弊社でCTOをしている山口は、日本酒メーカーのWAKAZEでCTO兼杜氏をしている今井さんから、ジンづくりに熱意がある人がいるということで紹介してもらいました。1社目の起業では「パリコレ」と「甲子園」をテーマに日本酒業界のスター発掘をしていたのですが、WAKAZEが初めてクラウドファンディングをしていた頃に販売に携わるなど今井さんとは昔から仕事でのつながりがありました。今井さんからのご紹介ということで信頼関係は当初からありましたね。
組織風土、採用について伺えますか?
私たちの会社では元々才能のあるものをスターにしていく、 ”Starring the hidden gem.”というコンセプトでジンをつくっています。人材も同じだと考えており、それぞれ才能を持つ方々が集まっています。そのため、働き方を含めてメンバーの多様性が大きい会社です。酒業界の経験者は実はあまりいなくて、IT企業や化粧品会社などバックグラウンドも多様ですね。また、「大きな舞台を用意するので自分を主人公と思って動いてください」というスタンスでいますので、ボトムアップの働き方を好む方とは相性がいいのではと考えています。
今後のグローバル展開についてはどのようにお考えですか?
すでに輸出実績がイギリスとイタリアにあるのですが、これからはフランスに出荷する準備もしています。その他の国からも問い合わせは来ており、アメリカやインドなどもマーケットの大きさから今後開拓の余地はあると思っています。また、ビジネスをしていて面白いのが、日本からいろんなものを買い付けているスーパーセレブなアスリートの方がいらっしゃるようで、その方経由で海外にいる方が弊社の商品を欲しがってくださったりします。今後、ブランドとして海外への輸出も強化していきます。
起業でも趣味でも、やりたいことがあるのならまず「当事者」になろう
学生時代はどのように過ごされましたか?
大学時代は二つのゼミに所属し、マルクスやルソーなどの思想を学ぶため、意識的に一次資料である原典を読むような学生でした。
高校時代はバンド活動をしていて、ボイトレに通うために地元で有名なフレンチレストランでアルバイトをしていました。募集要項では高校生はNGでしたが初の高校生アルバイトとして雇っていただきました。やる前からできないと決めずにやってみて決めること、自分にはできると信じることを昔からやっていたのかもしれません。
また、プロの音楽家として名の通った先生が主催する合唱団に所属して歌を勉強したり、演劇も声を出すという点で勉強になりそうだと思って、劇団にも所属していました。お芝居をすることにハマった時期もありましたが、演者としては自己評価ほど周りの評価は高くなくて(笑)。でもある日、批評をお互いにしてみようというワークショップをした際、批評がうまいと演出家の先生に褒められました。その先生とはその後も親交を深め、中部地方の高校生代表として演劇コンクールの高校部門でお芝居に対する批評を経験させてもらいました。
演劇も合唱も本気の人たちが多い中で、自分なんかが覚悟もなく入っていいのだろうかと忖度しなかったことで複数のコミュニティに並行して所属することができたのは良い経験でした。例えば照明という裏方の仕事があり、その人たちの力もあって一つの舞台が作り上げられることを知ったり、多様な社会人の方々と関わったことでコミュニケーション能力が磨かれました。とにかく打席に立って、失敗してたくさん怒られて打たれ強さも身につきました。やる前から決めつけないことは私のブレない軸の一つです。
休日はありますか?何をして過ごしてリフレッシュをされていますか?
平日はインタラクティブな仕事が多いので、休日は資料の作成などをしています。リフレッシュとしては、ウォーキングとかジョギングをよくしていますね。この前の休みでは3万7,000歩程歩きました。10分で1,000歩なので6時間以上歩いていたみたいです(笑)。歩きながらBBCなどのニュースを聞いたり、カフェに立ち寄ってテキストに返信したりして過ごします。平日も毎朝5時30分から6時くらいにスタートして7時まで歩いているので、実は毎日1万2,000歩は歩いてます。また、新しいお酒や食に触れるため飲食店によく行きます。趣味でもありますが、市場調査や情報収集といった実益も兼ねています。エンタメも変わらず好きなので、観劇やコンサートなどへも足を運びます。
プレシード期からシード期のスタートアップへメッセージをお願いします。
実際に、当事者になってみないとわからないことが多いので、やっている当事者側となり、インナーサークルに入ることが大事だと思います。私自身、実際に食を仕事にしたことで事業者の方々との関わり方が変わりました。元々お酒が好きで飲みに行って繋がる場合と、事業をする人として繋がる場合では、得られる情報の量も質も全く違うことを体感してきました。何かをやっている人に仕事の話は集まります。始めたばかりでもいいので事業の話をすれば、事業をする同じ業界の人として相手に見られるようになり、もしかしたら一緒に仕事をすることがあるかもと想像されるようになります。まずやってみることではないでしょうか。
また、リスクの捉え方、取り方は人それぞれだと思いますので、自分の取れるリスクとその取り方を考えてみるのも一つですよね。例えば興味のある業界で副業をしてみるとか、副業NGの会社なのであれば副業OKの会社に転職してみるとか。やれる方法を考えることは起業家の必要スキルです。
最後に、読者へ一言お願いいたします。
「一番美味しいお酒を飲んだら、それがエシカルだった」を実現し、当たり前を変えていきます。世の中には、まだまだ多くのhidden gem(隠れた才能や魅力)があります。ふと口にした美味しいものがサステナブルで、エシカルな素材から生み出されたものである、その世界で新しい当たり前をつくる。そんな世界観でこれからも挑戦を続けていきます。
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