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社会ニーズと創業者特性を活かしてたどり着いたCO2排出量可視化事業

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「CO2が見えると、クリーンな未来が見えてくる」……

”SDGs”や”ESG”という言葉は頻繁にメディアにも登場するようになり、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の分野に貢献しようという企業も増えてきた。このうち、環境問題に取り組むスタートアップの一つが、渡慶次道隆(とけいじ・みちたか)氏率いるゼロボードだ。

同社は、地球温暖化の原因となる、温室効果ガスの実質的な排出量ゼロを実現する「脱炭素社会」を目指し、企業向けのCO2排出量算定クラウドサービス「zeroboard」の開発を行う。

今後、この分野で起業しようという方々も少なくないかと思われるが、渡慶次氏はいかにしてゼロボードの立ち上げに至ったのか?

金融と商社というハイブリッドキャリア

現職の前は外資系金融、商社のご経歴と拝見しておりますが、当時の業務内容やキャリアチェンジのきっかけなどを踏まえて、改めてご経歴をお伺いできますか。

はい、では1社目から。大学卒業後、新卒で外資系金融のJPMorganに入社しました。マーケットの部署で、株式、債券、デリバティブまで幅広く金融商品を扱っていました。丸3年ほど在籍していたのですが、より事業の手触り感を得たいと考え、三井物産に転職。金融とICTと物流の事業本部が存在し、最初は金融事業本部でコモディティデリバティブを扱っていました。今と関連するものでいくと排出権取引などですね。こちらも3年くらいやっていました。その後、本部内異動の形でICT事業本部へ移り、そこで電力・エネルギー事業の担当になりました。まだ日本は電力小売が完全自由化される前で、同領域のイノベーションの本場である北米・欧州を中心に、新規事業開発をしていました。この頃のキャリアを含めると、私は、かれこれ10年くらいこの環境領域の仕事をしていることになりますね。三井物産には2018年まで在籍しました。事業はどれも面白く、辞めたいと考えていたわけではなかったのですが、お声がけいただいたこと、自分自身のスキルが高まってきたことを背景に、A.L.I. Technologies(以下、A.L.I.)というスタートアップへ転職。A.L.I.は、エアモビリティ社会の実現を掲げ、ドローンや空飛ぶクルマといったIoTハードウェア製造をする会社なのですが、そこでは私はソフトウェア事業を任されました。三井物産時代のキャリアを活かしながら、電力会社向けのシステム開発などを行っておりました。

ゼロボードは、A.L.I.で元々行われていた事業で、2021年9月に渡慶次さんに事業譲渡する形でMBO(マネジメント・バイアウト)で法人化されたのでしたね。

はい、社内でも元々この事業をしていて、スピンアウトした形です。A.L.I.がスタートアップスタジオモデルで意識してやったというより、MBOの前からこの部署はちょっと離れ小島的な存在で、そのままカーブアウトしました。ESGの意識の高まりに合わせ、企業の脱炭素化シフトの機運は高まっています。もっとスピーディに事業を推進すべく、この形式となりました。実はこの分野は、金融市場でも注目が高く、気候変動から企業がどういう影響を受けるかを情報開示しないといけなくなってきているのですね。私自身のバックグラウンドとして、金融と電力関連という両輪が活かせていると思っています。

実際にスピンアウトされてみて、何か変化はありましたか。

「CO2排出量の可視化を行うBtoB SaaS」と事業が明確化されたことで、提携相談も、資金調達も、メディアへの説明もしやすくなったと感じています。商社でもコングロマリット化して得意領域がよくわからなくなってしまうことがあったりしますが、MBOのメリットを感じています。

MBO後の方がむしろスムーズになったのですね。ご苦労や困ったことを感じたことはありましたか。

ファーストペンギンであるが故の「産みの苦しみ」でしょうか。我々はグローバル市場で見ても、かなり早い段階からこのソリューションを出しています。通常、BtoB SaaSであれば海外事例を参照し、それにキャッチアップしていく場合が多いですが、模倣するものがない中で、どういった企業と連携するか等、全てを自分達が考えて生み出していかないといけないというのは、誇らしくもあり、大変でもあります。一方、最初に手がけることで、先行企業としてのブランディングや、良いパートナー企業の獲得もしやすいという先行者利益もあると感じています。

2021年秋にプレシリーズAで、ICJ(インクルージョン・ジャパン)2号ファンドと、DNX Venturesから累計3億円の調達をされておりますが、こちらについてはいかがでしたか?

そうですね、スピンアウト、ベータ版ローンチ、資金調達と、やることが同時にやってきたのでこの時期は大変でした。多忙さでいくと今の方が大変ですけどね(笑)。プレシリーズAの調達先は、ESGに特化したICJ、BtoB SaaSに強いDNXと、最初にお声がけした2社が入れてくださいました。両VC(ベンチャーキャピタル)と元々面識があったのも大きいですが、とても幸運なことだと思っています。

投資家に会って、相性を確認して、とやっていくと大変ですが、人脈ベースですと話が早そうですね。調達資金は主に採用に使っていらっしゃるのですか。

はい、MBOをしたのでその買収の対価と、人件費に使っています。BizDevもエンジニアも全方位的に採用中です。特にエンジニアは優秀な方々がかなり集まっていると感じています!このBtoB SaaSという領域でホワイトスペースは減ってきていること、サプライチェーンが海外とつながっているからこそ海外進出がしやすいこと、そして仕事自体の社会性が高いことなどが強みです。面白みを感じていただけているかと思います。ただ、先駆者であるが故の苦難については前述したとおりですが、ここからやろうとしているビジネスは展開が難しく、レベルが高い。パートナーにも上場企業が多いですし、これからはBizDev人材もより強化していきたいですね。

なるほど。採用時にはMission Vision ValueやPurposeで共感を生む採用戦略を採るところも増えていますが、組織設計で留意している点はありますか?

現在は規模で言うと、フルタイムのメンバーは業務委託含めて30名程度です(2022年4月時点)。初期はA.L.I.からスピンアウトしてきたメンバーが中心だったこともあり意思疎通は楽だったのですが、スケールしていく今のフェーズで、組織のコンセプトやカルチャーについてはまさに意識し始めているところです。市場でのプレゼンスが出てくると「ゼロボードで働いているなんて、いいですね!」というブランディングもできるようになっていきますし、そういう風に言ってもらえるような会社にしたいなと。社会性があると実感しながら挑戦もできる、新しい事業を生み出していける風土にしたいです。

自分がリーダーとなれるマーケットを探せ

学生時代はどういう方でしたか。

私は中学1年生から大学生までラグビー部で、ずっと部活に没頭していて。とはいえ、ラグビーというのは各自の体格や特徴を活かして適材配置し、チームプレーで勝利を目指すというスポーツ。これは組織運営につながるところがあるとも感じています。

大学は東京大学工学部の建築学科でした。実は、中学のころから建築家になりたいと思っていたんです。私が在学中の頃は安藤忠雄先生が大学にまだいらして、彼の授業はとても人気でした。東京大学は、2年生の途中から専門学科に分かれていくのですが、建築をとるか、部活をとるかで、私は部活をとったんです。とはいえ、ラグビーに学んだことはとても多くて。4年生で主将を任された時、好成績を残した1つ上の主将と同じことをやろうとしました。大学院に進学したメンバーも残っていたので、戦力的には昨年より上回っているはずなのに、思うような成績を残せなかった。他の大学も対策を練ってきますから、やはり、自分の頭で考え抜き、オリジナリティをもたねば勝てないことを思い知りました。そして、どんなにやりきっていると考えていても、誰かが同じことを考えている、そしてもっと努力しているかもしれない。これはビジネスでも全く同じだと考えています。

部活の経験が事業にも活きているのですね。1社目は金融でしたが、就活はどういう軸でやられていたのでしょうか。

指定のインダストリーがあったわけではなく、就活を早く終わらせるために、一番最初に内定を出してくれる外資金融から受けた結果、最初に内定をくれたのがJPMorganだったので、そのまま就活を終えたという結果論なんです(笑)。金融は専門領域で学ぶことは多かったのですが、グローバルカンパニーといえど、ローカルエンティティの決裁はアメリカ本社にあり、機動性がもっと欲しくなった。日本に本社がある企業でより意思決定に近い立場で動きたいと考え、三井物産に移りました。僕がJPMorganを辞めた後、同じように商社に移った人たちも結構いました。外資金融から商社というキャリアパスは割とあるように思います。

起業自体はいつかしたいというお考えだったのでしょうか?

私は起業フックではないんです。ただ、今やっている事業をスケールさせるには自分で興すのが最善と考えた結果、今の立場になっています。ただ、商社時代にさまざまな案件を手がける中で、自分は会社の外でもやっていけると感じていたところもあり、いよいよやってみているというところはあるのかもしれません。

成長するためにいつも気をつけていること、判断軸など。

いろんな人の話を素直に聞くようにはしていますが、それを完全に受け入れるのではなく、オリジナリティを持つこと、ですかね。そもそも、誰かの成功体験をコピーしても、市場の条件も違いますし、再現性が必ずあるわけではないんですね。答えは常にマーケットにあると思っていて、お客さんがそれを受け入れてくれるかどうかが全てなので、市場と対話することが大事だと考えています。

例えば、J-クレジットという国が運営する排出権の制度があり、これらの排出権を取引できるマーケットプレイス事業の構築を考えていた時期もあります。ただ、このアイデアを顧客に持っていくと、それ以前に、そもそも排出量可視化ができていないのだという悩みを伺いまして。そこで、可視化することにニーズがあると気づき、まずは現在の市場が抱えている課題から対応していくことにしました。

シード期までのスタートアップに向けて応援メッセージをいただけますか。

「自分だからこそ起こせる社会的インパクト」を考えていくといいと思っています。そして「市場が求めているものを創る」こと、ですね。ゼロボードで言えば、「脱炭素という社会課題」に対して、「排出量の可視化のソリューション」を「SaaS」で提供する、というように。

今、市場から求められていて、かつ自分のバックグラウンドが生きる領域つまり「Founder Market Fit」する領域で事業をつくるのが良いと思っています。自分にしかできないことだからこそ、マーケットの中でのオピニオンリーダーになれるのです。誰かを模倣している限りはマーケットリーダーにはなれない。自分がどの分野であればプレゼンスを発揮できるかをよく考えてみてください。市場が大きければどこかにチャンスはあるのですが、同じことを繰り返すだけでは、最初のプレイヤーを超えることはできないのです。

とても響くお言葉でした!自己分析をする起業家が増えそうです。それでは、最後に一言お願いします。

僕自身もまだまだこれからですが、脱炭素という事業に関しては、1社でできることは限られています。僕らはデータインフラを作っていく立場で、直接的な脱炭素ソリューション、金融ソリューションは提供できない、あるいはあえてしないで、パートナー企業と作っていくことを考えています。そして、そのエコシステムを巨大化させて、海外にもっていく。これを実現するには、そのコンセプトを理解し、一緒にやっていける人たちにまだま集まっていただく必要があります。ぜひ、この社会的インパクトのある事業への参入を、お待ちしています。