「格差のない医療の世界を実現する」
約10年に渡る内視鏡医療を通じて、世界最高レベルのAI内視鏡の開発を手掛ける多田 智裕(ただ・ともひろ)氏はこう語る。AI技術を活用したスタートアップは多数ある中で、ありそうでなかった内視鏡×画像解析。
累計100億以上の資金調達に成功し、海外市場への進出も目論む株式会社AIメディカルサービス 代表取締役CEOの多田氏に話を伺った。
発展を続ける内視鏡の世界にAIの技術を取り入れる
改めて、AIメディカルサービスの事業概要を教えてください。
我々は、AI内視鏡に特化してグローバルなAI医療カンパニーを目指しています。
多田さんはAIメディカルサービス創業前にクリニックの院長を務めておられますが、起業に至るまでの経緯を教えてください。
私は大学を卒業して、研修医期間は東京大学病院で過ごし、大学卒業から約10年が経過した2006年に、内視鏡専門クリニックを武蔵浦和のメディカルモール内に開業しました。一般的なクリニックの開業は5,000万円ほどで可能なのですが、自己資金で2.5億円を投下し、世界最高水準の内視鏡医療が提供可能なクリニックを開業しました。東大病院やがん研有明病院などと連携し、内視鏡現場の最前線で、国内最高レベルとなる年間9,000件の内視鏡治療を行ってきました。
自己資金で2.5億円を投入とはすごいですね。それだけ初期投資を行ったクリニックだからこそ、日本最高水準の内視鏡医療が可能なのですね。
はい。内視鏡も様々な発展を経て今に至ります。私がクリニックを開業した時期に、太さ約5mmで鼻から通すことが可能な経鼻内視鏡が登場しました。その後、40歳以上の方を対象に対策型胃内視鏡検診が始まり、胃がんで命を落とす患者さんの数を劇的に減らすことができました。しかし、内視鏡医療にはまだ課題がありました。それが担当医師に重くのしかかる作業負荷と検査の質の向上です。
内視鏡検査の質は、内視鏡検査で撮影した画像のダブルチェックで担保されています。しかし、そのような工程は医師会の先生の時間外労働に支えられているのが現状です。また、胃がんは早期発見で5年生存率が98%と言われる疾患ですが、全体の2割の患者さんは、早期発見できず、見過ごされてしまっているというデータもあります。個人的にこのような課題をなんとか解決したいと思っていた2016年に、AI研究の権威でもある松尾豊先生の講演会を聞く機会がありました。そこでディープラーニングの技術でAIの画像認識能力が人間を超えてきているという話を耳にしました。そこで私は、内視鏡×AIの技術で現場医師会の先生の負担を改善できると思ったのです。
正直、内視鏡×AIというアイデアは、シンプルで多くの方が思いつくものだと思います。しかし2016年当時、実際に取り組んでいる方が誰もおらず、私が研究を開始させることにしました。その後、世界初の事例として「ピロリ菌に感染しているかどうかを画像認識技術で判断する」研究を発表することができました。内視鏡医師でもある私が、AI内視鏡の技術を社会実装させる使命を感じ、AIメディカルサービスを創業しました。
二足のわらじだからこその強み
医療スタートアップは国内外で多数生まれていますが、AIメディカルサービスの強みを教えてください。
私は内視鏡診療を行う現役の医療従事者でありますので、業界のことを深く知った上でプロダクトを開発できている点は、大きな差別化に繋がっていると感じています。
多田さんは、2006年に「ただともひろ胃腸科肛門科」を開業され、同時にAIメディカルサービスのCEOも務めていらっしゃいますよね。今は、具体的にどのような働き方をとっているのでしょうか?
起業当初は、クリニックをすぐに畳むわけにも行かず、完全に並行して働いていました。今は研究開発が進んでプロダクトを出すフェーズに移ってきたので、自分の時間の95%程度をAIメディカルサービスの経営に充てています。クリニックの院長は後輩に任せており、私が内視鏡診療を行うのは週に半日程度です。
今は経営に集中されているのですね。多田さんの普段の生活についても聞かせてください。週末はどのようにリフレッシュされていますか?
家で過ごし、デジタルデトックスをする事でリフレッシュしています。外界との連絡を断った上で映画を見たり本読んだりすることで、自分の思考を整理しています。
医学生として学ばれている時から、今のような経営者としてのキャリアを描いていたのでしょうか?
今のキャリアは全く想定していませんでした。また、私が医学生だった25年前は、卒業した大学の病院に残るのが当たり前の時代でした。
現在は国家医師免許を取得した後は多様なキャリアを描くことができます。医者を目指す方は優秀な方ばかり。そして医療現場には困りごとが溢れています。是非、そのような課題を自らの知恵で解決するキャリアを描く人が増えてくれるといいなと思っています。
盤石なチームメンバーで泥臭いことをやり続けた5年間
AIメディカルサービスのメンバー構成は、やはり医療業界出身が多いのでしょうか?
ありがたいことに、医療業界だけでなく、幅広い業界から参画いただいています。しかし、医療機器はアジャイル開発ではなくウォーターフォール開発です。実際の規制に関する折衝やプロダクト開発は、医療業界出身のメンバーに任せています。逆にビジネスに関するポジションでは、幅広いバックグラウンドの方にご活躍いただいてますね。
多様な人材が参画しているのですね。そのような中で、スタートアップとして強い組織にするために工夫している点を教えてください。
様々なバックグラウンドを持った人材に支えられているAIメディカルサービスのような組織をマネジメントするには「全員が感じる常識は違う」という前提をしっかり認識する点が大事です。IT業界では、ここ2年でリモートワークが浸透しましたが、医療業界でリモートワークなんて本当に特殊事例です。各業界によって常識が違うので、常識の向こう側にある背景をしっかり確認した上で、社員とコミュニケーションを取っています。
AIメディカルサービスは創業2年で約60億円を調達されていますが、どのような部分を投資家に評価されましたか?
2点あると考えています。
1点目は、盤石な創業メンバーです。内視鏡治療を深く知る私、CTOを務める一流エンジニアの加藤、CFOを務め、スタートアップの上場経験をもつ吉岡。このようなチームが評価されたと考えています。おそらく、自分のような医療従事者だけで立ち上げたスタートアップだと大きく評価されることはなかったと思います。
2点目は、地道な作業を積み重ねてきている点です。我々は、AI×医療のスタートアップということで少し派手なイメージがあるのかもしれないですが、現場でやっていることはとても地味なことです。何万枚という教師画像にマークを付けて、アルゴリズムの精度を上げていく。現場の医師が使いやすいようにソフトも全て自社開発しています。AIといっても、人手で積み重ねていかないといけない部分も多いです。もし仮に、他社がAI内視鏡のデータを購入したとしても、コア技術を持ちながら地道なことを積み重ね、独自データやノウハウを蓄積してきている私たちに勝つのは至難の技だと思います。このような観点で市場優位性を既に獲得している点を評価いただきました。
資金調達で最も難しかったことを教えてください。
難しい点とは少し異なるのですが、投資家ならではの着眼点を理解することに最初は苦労しました。
記憶にとても残っているのは、ニーズの捉え方についてです。医療従事者ならば、AI内視鏡と聞いて必要ないという方は一人もいません。それくらい現場の医師は困っています。しかし、投資家には「欲しいということと、顧客になって買いたいということは別物だ」と言われました。我々は、なぜ顧客となる医療従事者がAI内視鏡を求めるのかという、ニーズの深堀をしっかりしないと投資家に納得いただけない点は、一つの学びでした。
その経験以降、普段現場で考えていることよりも深く思考して、相手に事業について説明しないといけないということに気づきました。
プロダクトを世界中に広め、格差ない医療の世界の実現へ
過去に恩恵を受けたスタートアップ支援プログラムがあれば教えてください。
Beyond Next Venturesが手掛けるアクセラレータプログラムであるBRAVEと、インキュベイトファンドが手掛けるIncubate Campの二つはとても良い機会でした。BRAVEは研究開発ベンチャーのグロースに特化しています。研究者や大学の教授向けに、スタートアップ財務やCXOの巻き込み方など、基礎的な部分からトレーニングしてくれます。AIメディカルサービスのように、研究開発が主軸にあるスタートアップにはマッチしていました。
Incubate Campは、国内の一流キャピタリストが一堂に会するイベントですので、実際に動く金額が桁違いです。我々もIncubate Campがきっかけで出資していただきました。
日本のスタートアップエコシステムがより成長していく上で必要だと感じる点を教えてください。
個人的な意見ですが、スタートアップの経営者が「スタートアップとは一時的な形態である」という視点を持つことは大事だと感じています。投資家から資金を預かり、仮説検証をしていく。初期はこの戦略でいいですが、時を重ねるごとにユニコーン、そして盤石な企業へと変革していかないといけません。スタートアップのエコシステムはとても温かいのですが、居心地が良くなってしまうことは違うのかなと思っています。
起業に興味がある全国の医療従事者へのメッセージをお願いします。
起業することに大きなハードルを感じられていて、自分にはできない違う世界の話だと考えていらっしゃる方が多いかもしれません。しかし、それは単に起業することがどういうものなのかわからないために、リスクが高くて怖いものだと思い込んでいるだけであったり、身近に起業して成功したケースを知らないために、うまくいくイメージが浮かばないだけであったりすると思います。興味があるのであれば、ピッチコンテストの見学だけでも構いません、実際の現場をぜひ見てほしいです。
10〜20年後に、どのような世界をつくっていきたいか教えてください。
私たちのプロダクトを世界の内視鏡医に活用してもらい、医療のレベルを上げたいです。医療水準の発展が命を救うことに直結するのが内視鏡医療の領域であり、特に胃がんは早期発見できたら治るがんです。将来的にはクラウドで全世界の内視鏡室を繋げ、どこにいても高い水準の医療を提供出来る仕組みも考えています。格差ない医療が提供できる世界を私たちがつくっていくのだという強い気持ちを胸に留め、目の前の事業に取り組んでいきたいと思います。
ありがとうございました!
編集部コメント
これまでに多くの経験を経て起業した多田氏。貫禄に溢れる背中に感銘を受け参画を決める社員も多いのではないだろうか。
日本でも数少ない、世界でトップレベルのコア技術を有するスタートアップであるAIメディカルサービス。日本国内ではリーディングカンパニーとしての地位を築いたAIメディカルサービスは既に世界市場での成功を見据えている。
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