AR(拡張現実)の歴史は意外と深く、概念の起源を探ると100年ほど前まで遡る。
1901年に「The Master Key: An Electrical Fairy Tale」(著 : ライマン・フランク・ボーム)にて概念が提唱されたARは、1968年、ハーバード大学教授のアイバン・サザランドによって初めて人間が体験できる形で実装された。
それ以来、さまざまな技術革新を迎えながら進化しているARだが、2021年には、Facebook社がMetaという社名に改名するなど、VR、メタバース、デジタルツインといった近い概念とともに注目度が急激に加速している。
そんな中、AR開発をより簡単にするクラウドサービス「Pretia(プレティア)」の提供により、世界中にARコンテンツが溢れている未来を目指す、プレティア・テクノロジーズ株式会社代表取締役 牛尾 湧(うしお・ゆう)氏にお話を伺った。
使う側、つくる側どちらもARが身近にある世界をつくる
事業の概要について教えてください。
プレティア・テクノロジーズでは、世界中の人々が高品質なAR体験に気軽にアクセスするための開発者向けARクラウドプラットフォーム「Pretia」を開発しています。
このサービスを普及させていくことで、AR開発の従来のボトルネックを解消し、結果として世界中のどこにいてもARが溢れている環境にする、ということを目標にしています。それを行っていく足がかりとして、自社でもエンターテイメントコンテンツの提供や、BtoBのソリューション開発を行っています。
AR分野に興味を持ったきっかけはなんでしょうか。
きっかけとしては、世の中にある「空間格差」が挙げられます。私は兵庫県出身なのですが、進学を機に東京に出てきたタイミングで、「東京ってこんなにも面白いものや役立つ情報が溢れているのか」と、地元との格差に衝撃を受けました。インターネット上のコンテンツは世界中でアクセスできますが、現実空間で起こるリアルな体験はそこでしか経験できないんです。
ARの最大の価値は人間のポテンシャルを解放することだと思っています。ARの技術を使うことで身体や空間の物理的な制約条件を取り払い、どこにいてもさまざまな「リアル」な経験ができるのです。そういった没入感の高いコンテンツがこれから必要になってくると考えたときに、それを支えるテクノロジーを提供しようと、ARクラウドプラットフォームの開発を始めました。
創業時からARクラウドの開発をメインに行っていたのでしょうか。
実は創業時は行政コンサルティング事業でスタートしているんです。しかし、さまざまなことをきっかけにAR事業に転換しました。その後、スマートフォンを使用したAR謎解きゲーム「サラと謎のハッカークラブ」を筆頭に、エンターテイメントコンテンツの提供や、様々な企業様と提携したサービスを開発してきました。ARクラウドプラットフォーム「Pretia」のリリースは2022年4月と、AR事業に転換を行ってから4年ほど経ってからです。
プラットフォーム事業に関しては、始めから開発にお金や時間がかかるという前提で動いていまして、エンターテイメントコンテンツで得た利益を研究開発に回す、という構想でした。
行政コンサルティング事業からAR事業に転換した理由を詳しくお聞きしてもよろしいですか。
先程お話した原体験もあるのですが、行政コンサルティングを行っている際に、地方自治体の方とお仕事することが多かったんですね。
そこで地方の課題を伺ったりしていたのですが、やはり人が来ないというのがありまして、綺麗な自然や景色などはあるのに魅力が伝わってなかったりするんです。なので、デジタルコンテンツという形で楽しい体験を散りばめることで、街全体をエンターテイメント化して観光客を増やそうと思ったんです。
その実現のために色々と検証し、行政コンサルからVR事業、AR領域へと事業のピボットを行いました。
起業に興味を持ったきっかけはありますか?また、バックグラウンドを教えていただきたいです。
高校時代は人間関係でうまくいかなくなり、学校を辞めようと考えていました。
そんな時に、学校を辞めるくらいなら海外に行けと親に言われて、オーストラリアに1年間留学しました。留学当初は落ち込み気味だったのですが、オーストラリアはなんでも褒める文化があって、皆とても明るいんですね。その明るさに影響を受け、悩みがなくなり、帰国後は東京で頑張ろうと勉強へ打ち込みました。
その後、東京大学法学部に通うのですが、同大学の起業サークルに属していて起業は身近な環境でした。また、昔から公共政策に興味があったので、地元で政治家の方のお手伝いをしていたのですが、その方がこれからの政治家には経営感覚が必要だということをおっしゃっていて、会社をつくることはキャリアとしても自分に必要なのではと思っていました。
起業して特に大変だったことはありますか?
創業当時はVRを使った観光動画の配信サービスを行っていたのですが、VR事業を始めた2016年あたりはVRを扱うには早すぎた、というのがありました。
今でこそVRは盛り上がりを見せていますが、当時はデバイスが高価でしたし、体験の質もそこまで上がり切らなかったんですね。満足のできる体験ができるようになったのは2020年くらいだと思います。
ですが、そのタイミングでも共感してくださる投資家の方もいて、頑張らないといけないと思いましたし、アドバイスなどもいただき感謝しています。
社内の共通言語は英語。世界に向けてプロダクトを展開
組織風土、採用について教えてください。
一言で言うと「親切な人が多い」です。ものをつくって人を喜ばせたり、助けたりするのが好きな人が入社してきてくれています。
これはすごい大事なことだと思っていて、プロダクトをつくっているときのあらゆる判断というのは、親切心が絶対的な影響を及ぼしていると思っていまして、ユーザーの一手間をいかに減らすかなど、親切心から良いプロダクトが生まれると考えているんです。特にエンターテイメント領域だと相手のことを考えるのが第一にあると思うので、この考え方を大事にしています。
他にも、別の部署であっても助け合うという文化が強いです。社内にさまざまなプロフェッショナルがいると、相互の理解が浅くなり壁ができてしまうこともあると思うのですが、弊社ではそういうことは一切ありません。国籍や宗教など全く違うバックグラウンドを持つメンバーも多いのですが、お互いに歩み寄って、親切心を持って助け合える。そういったチームワークは、大きな武器だと思っています。
採用については、現在はビジネス拡大期で組織もビジネスも成長させていく必要があるため、マネージャーやリーダーといったポジションを担ってくれる方の募集を中心に行っています。また、ビジネスサイドでtoBの売上をつくっていく必要もあるため、経営課題とテクノロジーを結びつける橋渡しをする事業開発ポジションにも注力しています。
新卒、中途はどちらも募集しているのでしょうか。
そうですね。弊社では学生インターンから新卒で入社してくれる方や、元々インターンをしていて一度違う企業に行ってから出戻りのような形で入社してくれる方などさまざまな方がいます。共通して重視している部分は、ARに興味を持っていて、学んでいく意欲がある点です。
優秀な方はたくさんいますが、実は入社時にはARについては初心者だったという方も少なくありません。意欲を持ってARについてキャッチアップし、一緒にミッションの達成を目指せるような方であれば年齢などは関係ないと考えています。
グローバル展開についてはどうお考えでしょうか。
グローバル展開は創業時から意識していました。ARコンテンツが世界に溢れている未来を目指しているので、Pretiaをグローバルリリースするなど、すでに積極的に展開をしています。
実は、英語しか話せないメンバーが加わった際に、良い機会だからということで社内の公用語を英語にしました。社内では基本的に英語でコミュニケーションを取っています。
とはいえ、英語がペラペラなメンバーしか採用していないわけではなく、英語レベルが追いつくようにサポートもしています。けっこう難しそうと思われるかもしれませんが、毎日その環境にいると意外となんとかなるんですよね(笑)。入社時点で語学力がある方というよりかは、自身が伝えたい内容を勇気を持って言えるかといった点や、ベースの人柄の部分を重視しています。
メンバーも多国籍と聞いていますが、チームづくりで苦労したことなどはありますか。
そうですね、海外のメンバーが多く在籍しているので、文化圏の違いからお互いのことを誤解しやすいというのはやはりあると思います。自分が感じている感覚と、相手が伝えたいことに差異がないかを直接確認する、といったことを地道に積み重ねて、お互いの理解を深めていきました。
お互いに前提が違うこともあるため、誤解がないよう配慮をしながらコミュニケーションをしているのですが、そういった配慮は日本人同士でのやり取りでも重要だと思っています。例えば、スタートアップとは文化の違う大企業の方との商談の場でも同じような配慮が必要です。英語を公用語にしたら日本語でのコミュニケーションもスキルアップしたという面白い結果になりました。
お休みの日はどう過ごしていますか?リフレッシュ方法などあれば教えてください。
自然に触れることが好きです。基本的にはまだまだ努力しないといけないので、土日も仕事をしているような生活ではあるのですが、会社をやっていて大変なことも色々ありますし、それこそコロナのような危機がやってきたり、ストレスはどうしても感じてしまうんですね。それを解決する一番の方法はやはり自然に触れることだと思うんです。
最近は釣りによく行くのですが、自然の中でのんびりしたり、友達と一緒に過ごしたりすることが平日の活力に繋がります。創業時はピリピリしていた時期が多かったのですが、リフレッシュをすることで心に余裕ができました。結果、代表の私自身が明るいコミュニケーションができるようになり、組織全体も明るくなるという好循環が生まれていると感じたので、続けるようにしています。
プレシード期からシード期のスタートアップへメッセージをいただけますか。
「チームで起業しましょう」「ひたすらプロダクトをつくりましょう」「楽しくやりましょう」の大きく三つですかね。
1.チームで起業しましょう
自分は1人で創業しているのですが、やはり会社をつくるとどんなフェーズでもやることはすごいたくさんあって、役割を分担し、メンバーそれぞれの強みを活かして部門を見ていく。そういった状態が安定的だと思います。人数がまだ少ない時期は資金調達をしている時に営業が止まってしまったりしたこともあります。メンバーが見つかるまでは起業のタイミングを遅らせることも考えていいと思います。
2.ひたすらプロダクトをつくりましょう
初期はプロダクトに向き合うことが何より大事です。弊社でもプロダクトができて間もないタイミングで、オープンイノベーションプログラムなどに参加してみたのですが、やはりうまいように結果が出ないんですね。それよりも、プロダクトが一定のタイミングを迎えるまではそこに集中して、顧客と向き合いながら価値を尖らせていくことを意識した方が成功すると思います。
3.楽しくやりましょう
これは少し誤解が生まれそうですが、やはり週100時間とか働いていると、人間どうしてもピリピリしてしまうんですよね。そして、そういうことが2〜3年くらい蓄積してしまうと長期的に見てリスクになってしまいます。以前は、仲間内で互いに褒め合うのはあまり重要ではないと考えていたのですが、意外と効いてくるなと感じています。機能のリリースなどの小さな成功や進捗を喜びあって、褒め合う場を定期的につくっています。
ARで「共に達成する喜びを届ける」
最後に、これからつくりたい世界観と、読者へ一言お願いいたします。
弊社のミッションとして、「共に達成する喜びを届ける」というものがあります。ユーザーにとって、様々な場面でARサービスを利用できる世の中という意味だけでなく、インスタに写真をあげるような感覚で誰もがARコンテンツをつくれる世界というところも目指しています。
インスタでいいねを押すような感覚で作品を褒め合える環境をつくり、AR体験をつくるクリエイターが増え、そのサービスの便利さ楽しさをユーザーが享受できる。そんな循環をつくっていきたいと考えていますし、もし一緒につくりたいと思ってくださる人がいれば、ぜひ一緒に働ければと思います。
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