近くの営業所に荷物があるのに不在が続いて受け取れない⸻
そんな経験をした方は多いのではないだろうか。物流のラストワンマイル(モノ・サービスが到達する最後の接点)市場はEC市場の発展とともに成長し、2023年度には3兆円規模になると期待されている。
その成長市場には数多の企業が参入し多様なサービスを生みだす中、スタートアップとしてこの業界のパラダイムシフトを起こすべく奮闘しているのが207(ニーマルナナ)だ。
「いつでもどこでもモノがトドク 世界的な物流ネットワーク」構築を目指す創業者兼CEOの高柳慎也(たかやなぎ・しんや)氏に創業ストーリーを伺った。
207が解決に取り組んでいる課題と事業概要を教えてください。
宅配荷物の増加が進む一方、運び手の人材不足は深刻化しており、配送需要はあるのに人手が足りないという問題が発生しています。その中で弊社は、一般家庭向け配送業務の効率化と、運送業界の人手不足解消という大きく二つの課題に取り組んでいます。配送業務では最適な配送ルートは配達員の知見として個人ごとに蓄積されていたり、同じ配送先であるにも関わらず複数の配送業者がそれぞれに荷物を届けに行くなど、アナログで非効率な仕組みが残っています。荷物を受け取る側から考えても不便です。207では、配送業者、配送員、受取人のそれぞれのペインを解決する、配送に関わる方に「使われない理由がない」サービスの提供を目指しています。
これまでのキャリアと、起業のきっかけを教えてください。
大学を卒業後、福岡のベンチャー企業で訪問営業の仕事に就き、その後個人事業主として独立をしました。2012年に上京し、モバイルアプリを開発するベンチャー企業に入社した後、越境ECや訪日インバウンド向けのサービス提供を行うチャプターエイトの創業メンバーとして参画します。しかし、学生時代に考えていた構想を実現している会社を見つけ、同じタイミングで「サマリーポケット」を運営するサマリーというベンチャーにも参画をしました。当時、チャプターエイトは東京都のASACというプログラムの第一期生として採択されていたため、ASACの青山の宿舎で寝泊まりをしながら、朝と夜と休日はチャプターエイトで、平日日中はサマリーで、と2社でフルコミットのメンバーとして働いていました。そのような中、サマリーで事業開発をする内に、どうしても越えられない物流の壁を何度も感じるようになりました。なんとか改善の余地はないかと考え、物流業界にアンテナを立てて調査を重ねた結果、一つ目のサービスである「トドク」の構想ができました。その後、サマリーとチャプターエイトを退社し、個人事業主として受託開発案件を受けるのと並行する形で207の起業準備に入りました。
短期間で四つの事業領域でサービスをローンチさせていますが、リリースの順番に戦略的な意図はありましたか?
順番は戦略ありきで立てたわけではありませんでした。初めに受取人向けの事業をやろうと考えた理由は、自分も荷物を受け取る側としてペインを日々感じていたこともあり、まず身近な課題を解決したいと思ったからです。エンジニアの友人がいたので「トドク」のMVPアプリを一緒につくり、実際に配送会社に提案に行きました。しかし配送会社の方からは「これじゃないんだよなぁ」と言われて。どこがどのように違うのか、提案活動を通じて配送業務のペインの多さを感じるようになり、実際に自身でもペインを体感した方が早いと考えて、配送会社を立ち上げて配送業務をやってみることにしました。ガレージ付きの一軒家を借りて、配送用の車を3台購入し、3人で泊まり込みで配送会社を運営しました。そこでの自分たちの体験から着想を得たのが、配送員向けの「トドク サポーター」です。次に「トドク サポーター」で蓄積したデータの活用などを通して、人材不足を解消する「スキマ便」をリリースしました。最後にリリースしたのが配送会社向けの「トドク クラウド」です。
サービスリリースの沿革
- 2019年9月〜 受取人向けに受取効率化サービス「トドク」
- 2020年2月〜 配送員向け配送業務効率化アプリ「トドク サポーター」
- 2020年5月〜 物流業界向けにギグワーカー配送サービス「スキマ便」
- 2020年12月〜 荷主・宅配事業者向けに配送業務効率化SaaS「トドク クラウド」
なぜ四つのサービスを次々にローンチさせることができたのでしょうか?
プロダクトがない時期から戦略について考えすぎず、リーンに活動を行ってきた結果だと思います。おそらく先に頭で考えていたら、初期のスタートアップができることじゃないと捉えて、実現できていません(笑)。また、小規模なチームだったからこそ、トップダウンで業務を遂行できたとも言えます。
2022年3月に「スキマ便」を一時停止する決断を下されていますが、どのような背景があったのでしょうか?
前提として、三つ目にリリースしたプロダクト「スキマ便」の質の向上には、二つ目のプロダクトである「トドク サポーター」で蓄積されたデータが必須です。そのため、一度「トドク サポーター」に注力することを決めて、「スキマ便」の一時停止を決めました。背景としては、組織が大きくなったことでマネジメント人材が増え、組織としての戦略を立てながら選択と集中を行うようになったという実情があります。しかし、この判断ができたのは、4年にわたって四つのプロダクトと向き合い、全力で取り組んできたことで判断材料が集まっていたからです。物流領域はかなり広いのですが、B向け、C向け、E(Employee/従業員)向けとさまざまな角度で事業を見てきたことで、何を解決することがインパクトとして大きいのかを捉えることができました。
スタートアップを経営していく上で、過去のキャリアの影響をどのくらい受けていると思われますか?
かなり影響を受けていると思います。例えばチャプターエイトでは、会社の立ち上げから入らせてもらったのですが、金銭的な報酬は重要視しませんでした。目先の金銭的報酬を脇に置いて、とにかく事業を成功させることを考えてハングリーに仕事に取り組むといったビジネス感覚を養うことができたと考えています。あとは、一軒家をオフィスにして住み込みで働けばお金も時間も節約できるという発想もここからです(笑)。
「四つのプロダクトに挑戦するのは無謀」など、何か周りに言われませんでしたか?また、周りの声はどのくらい気にされますか?
最近のスタートアップの方々を見ると高学歴で有名な企業を出ている方も多いですが、僕はそうじゃないので。周りからは「いいね」「面白そうだね」という言葉しかかけられませんでした(笑)。キャリアを振り返ってもエリート人生を歩いていないので失うものもなく、それでも無謀なことを重ねてクリアしてきたからか、周りからは応援の声をもらっていました。
起業して特に大変だったことは何ですか?
いろいろありましたが、初期の頃はエンジニアの採用ですね。一人目のフルコミットエンジニアが入ってくれたのは創業から2年が経ってからでした。起業当初は優秀なエンジニアの知り合いが少なく、関係値を築くところからスタートしていたので時間がかかりましたね。現在進行形ですと、メンバーが増えていく中での組織づくりに苦心しています。BeOpenを行動指針にし、全ての会議をレコーディングしてリアルタイムに配信していたのですが、コミュニケーションの階層が複雑化してきたことで、最近は情報共有にチューニングが必要となってきました。
資金調達はどのように考えて実行されてきましたか?
プロダクトができてからエクイティ調達をすると決めていたので、初期の頃は自己資金とデッド(融資)、受託開発の売上でキャッシュを確保していました。受託開発による売上程度の金額だと数ヶ月で溶けてしまうのですが、2021年の10月にシリーズAラウンドで5億円のエクイティ調達をしてからは、よりサービス開発に集中できるようになりました。
これまで数々のピッチイベントに出場され、優勝もされていますが、応募のきっかけやピッチイベントに対して感じているメリットがあれば教えてください。
「Tech Crunch Tokyo スタートアップバトル」には社内メンバーから出てみたらと言われて応募しました。ピッチ資料は顧客に向けて作っていた資料を用いて、メンバーにも手伝ってもらいながらピッチの練習をしました。文化祭みたいで楽しかったのですが、当日スライドが見えないのでピッチ資料を暗記する必要があり、そこはちょっと大変でしたね。IVSのLAUNCHPADの時は、ピッチスライドを見ながら話すことができたのでTech Crunch Tokyoの時ほど緊張せずに話せました。結果、VCの方に僕たちの存在を知っていただくことができ、IVS出場後には出資も決まりました。社内的には外部からの評価がついたことで「勝てるかも」という雰囲気が社内に醸成されたことや、YouTubeなどでピッチを見て興味を持っていただく方が増えるなど、採用や組織づくりにプラスに働きました。
高柳さんにとってのMVVとその根底にある想いを知りたいです。
2020年8月に当時のメンバーと合宿をして決めました。自分たちの想いを元に「いつでもどこでもモノがトドク世界」というビジョンを掲げ、どう実現するかは「世界的な物流ネットワークを創る」というミッションに反映しました。僕にとって会社を経営する意義がビジョンとミッションに表されているので、めちゃくちゃ大事にしたいと思っています。振り返ると、大学時代にバックパッカーでインドに数ヶ月行っていた間、物が置いてあるだけなのに日本で借りていたアパートの家賃がかかっていた時に感じた違和感がきっかけとなっています。インドにいても日本に置いてある荷物が取り出せる世界を実現できないのかとずっと引っかかっていました。ソフトウェアの世界で革命が起きて、どこにいてもデータにアクセスできるようになったように、ハードウェアの世界でも革命を起こしたいのです。モノがいつでもどこでも手に入る、家にもモノにも縛られない社会を実現したいという想いがあります。
高柳さんの想いが強い分、207で働く上では価値観がマッチするかが大事になりそうです。どのような方だと貴社のカルチャーにフィットしますか?
社員が12名、業務委託を含めて25名の組織となった今(2022年4月現在)、メンバーに対してミッションとビジョンへの共感をどこまで求めるのか?という点については、度合いはそれぞれ違っても良いと考えています。ただし、行動指針(バリュー)については、目的達成への道標なので、共感や理解はマストだと考えています。読んでいただいて、共感いただける方であれば207で活躍いただける可能性が高いと思います。
拡大するラストワンマイル市場の中でどのようなポジションを狙っていくのでしょうか?
ラストワンマイル市場では、BtoBの企業間配送の方がマーケットは大きいですが、僕らはBtoCの宅配領域でのシェア拡大に取り組みたいと思っています。コンシューマー向けの事業は、ビジネス向けよりも配達が複雑です。時間指定があり、不在が多く、引っ越しで住所が変わっていることもありますし、指定の住所にいくと同じ住所に家が10軒あったりします。細い道に車で入っていくか手前で停めるかなど、複数の知見が必要なため、熟練した配送員でないと難しい仕事であると言われてきました。しかし僕たちはこの配送業務を誰にでもできるようにして、これまで配送員の経験がない人がコンシューマー向けの事業に定着する未来を描いています。そのためにも、配送業務効率化アプリ「トドク サポーター」に注力していきます。また、配送拠点を10,000箇所に増やす計画もあります。拠点が増えた分だけ一つの拠点でカバーしなければいけない範囲が狭くなりますので、配送距離が短くなります。極端な話をすると、車が運転できない人でも自転車や徒歩で配送できるので仕事の選択肢として配送員を選ぶことができるようになるのです。配送員の人口を増やし、日本全体のラストワンマイル市場にパラダイムシフトを起こしたいと思っています。
グローバル展開についてはどのようにお考えでしょうか?
絶対にグローバル展開はしたいですね。そのためにチームも少しずつグローバル化していますし、ツールもグローバルで使われているものを取り入れ、英語も使用しています。次にどうやって実現するかですが、自動運転技術やロボット、ドローンなどのテクノロジーと物流業界は相性が良く、従来の配送のやり方が置き換わる未来が来ます。日本の物流のレベルは世界的にも高いのですが、その日本のクオリティを属人的ではなく、テクノロジーを利用して再現することができれば、各国にローカライズする際に優位性があり、スピード感を持って展開できると期待しています。エリアとしては、東南アジア進出は確度が高いです。物流が整っていない点や、人件費の安さに頼った構造を持った国が多い点から、将来人件費が上がった際に属人性を排除した僕らの物流ノウハウが生きるエリアだと思っています。
興味を持ったら即実践。違うと思ったらピボットする。
学生時代、どのような大学生でしたか?
佐賀県の高校を出て、山口大学農学部に進学しました。飲食店などでの接客アルバイトをしながら、当時エンタメといえばテレビや雑誌が主流だったので芸能の世界への興味と、女性のすっぴんとメイク後のビフォーアフターに興味を持ち、福岡にある美容専門学校とのダブルスクールをしながらメイクアップアーティストを目指していた時期もありました。1年ほど続けたのですが、自分が目指す道はここじゃないと気づいてスクールをやめた後は、祖父母の農家を継ごうと思っていました。しかし大学の友人とともに地元で農業体験をしたら、これも違うなと思って、就職活動をしました。そこで選んだのが、福岡にある3年目のベンチャー企業で、インターネット接続サービスの訪問営業からキャリアをスタートしました。
リフレッシュ方法はありますか?
2021年11月に家族で福岡に移住したことです。初期の頃は男3人で渋谷にワンルームマンションを借りて職住同一の環境下で仕事漬けの生活をしていましたが、移住してからはフルリモートで働いています。ちなみに207では、社員も皆フルリモートです。
後輩スタートアップへのメッセージをお願いします。
僕はめちゃくちゃ頭がいいというタイプではないので、自分たちで泥臭く現場感を持ってオペレーションを磨き込み、事業をいくつもローンチし、そこでまた検証しては改善をする、ということを資金調達ギリギリまでやりました。でも反対に、投資家に相談をしてアドバイスをもらいながらピボットしてうまくいったというケースもあると思います。僕は自分のやり方が正解だったと思っていますが、ケースバイケースなので、自分たちにとっての資金調達の正解を見つけてもらえたらと思います。また、投資家さんとなんでも話せる関係が作れたのは良かったと思っています。シードラウンド、シリーズAラウンド、どちらも何でも話せる投資家さんに入ってもらえて、サシ飲みしながら相談させてもらっています。特に、シリーズAラウンドを目指すスタートアップの方は、フラットに話せる投資家さんに投資してもらうのは個人的にオススメです。
投資家の方と、どうやって仲良くなったらいいのでしょうか?
僕も元々周りにそんなに多くの関係値がある投資家さんはいなかったので、投資家というだけで少し怖いというイメージが当初はありましたが、投資家も人間で、話すとめちゃくちゃいい人ばっかりだと気づいてからは、投資家を投資家としてではなく人として見れるようになりました。彼や彼女自身が将来的に何を成し遂げたいと思っているのかなどを理解できるようになり、話すのが楽しくなって打ち解けていきました。投資家に限らず、関わる人を大事にしたいと思っていれば、相手への興味から質問が出てくると思うので、投資家の方個人への質問を重ねながら相手の輪郭を知ると良いのではないでしょうか。
最後に、これから作りたい世界観と、読者へ一言お願いいたします。
「いつでもどこでもモノがトドク世界」の実現に向けて、まずは配送員のペインが取り除かれた未来を実現します。僕らのプロダクトをすべての配送員が使ってくれて、価値を感じてくれた時にその未来がまず叶っているのだと思います。その次に、無駄な再配達手続きや、時間指定をしても午前中指定だと朝8時から12時までの間のどのタイミングで届くかわからないといった消費者の負を取り除いていきたいです。
カジュアル面談も行っていますので、弊社に興味をお持ちいただいた方からのご連絡をお待ちしています!
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