幸せになる力とは、一体いつどのように培われるのだろう。
その答えを求めて幸福度の高い国といわれるブラジルに飛び、学生時代の時間の使い方にヒントを見出し、起業した教育系スタートアップがある。
それがatama plusだ。「基礎学力」習得にかかる時間を短くすることで「社会でいきる力」を養う時間を増やすことを目指し、AIで学習を個別最適化する「atama+(アタマプラス)」を提供する。駿台グループやZ会グループなどで導入され、2017年7月の提供開始から5年弱で導入教室数は3,000以上となった。
自分がやりたいことは、「国民総笑顔量」を増やすことだと語る代表取締役CEOの稲田 大輔氏。
彼は一体どのようにそのミッションにたどり着いたのだろうか。
人生を歩むのに必要なのは「基礎学力」と「社会でいきる力」
これまでのキャリアを伺えますか。
2004年に東京大学工学部を卒業し、2006年東京大学大学院情報理工学系研究科を修了して、新卒で三井物産株式会社へ入社しました。同社で11年間働いておりましたが、6年目のタイミングで以前から関心があった教育分野の事業を立ち上げることができました。そこから事業のリードを任せていただきましたが、テクノロジーを使った事業をスピード感を持って立ち上げるのであれば、大企業を飛び出し自分たちで取り組んだ方がいいと考え、2017年にatama plus株式会社を起業しました。
後でお話しますが、私は大学時代の経験がきっかけで「人を幸せにしたい」と考えるようになった結果、「国民総笑顔量」を増やす活動をしようと思うようになりました。研究の道に進むことも考えていましたが、より人に寄り添って事業側で仕事をしたいと思い、就職活動でも新規事業を任せていただけそうな企業を探しました。新規事業で有名な別の大手企業なども選択肢には入っておりましたが、新規事業とは、パーツの組み合わせで生まれるものだと私は考えていて、産業や国を跨ぎ、パーツが最も豊富なのは商社であると考えて商社に興味を持ちました。その商社の中でも柔軟性が高く、自由闊達な社風だったのが三井物産でした。「国民総笑顔量」の話はエントリーシートにも書いていたくらいで、かなり変わった学生に見えていたと思いますが、理解を示して受け入れてくださった三井物産は素敵な会社だなと、感謝しています。
学生時代から事業立ち上げにご関心があったのですね。そこから教育事業に至ったのはどういったきっかけがあったのですか。
日本は、GDPは高くても自殺率が高い国。私は国民総笑顔をGDS(Gross Domestic Smile)と呼んでいるのですが、そんな日本でどうやってGDS(国民総笑顔)を増やせばいいのだろうか、真逆の国はどこかと考え、国民の幸福感が高いと言われているブラジルに興味を持ちました。なぜ彼らはハッピーなのかを知るために実際にブラジルに行こうと、社内の研修制度を利用して留学の機会をもらいました。留学中に、あるご縁で現地の公立高校の授業を3ヶ月間視察させていただけることになり、学生と授業に一緒に参加する経験をしました。すると、学生時代の過ごし方が日本と全く異なるということがわかったのです。教育現場において日本とブラジルの何が大きく違うかというと、生徒が自ら発言、発信する姿勢や先生と生徒の相互ディスカッションといった、生徒の自己表現量や、それを受け止めて対話しようとする先生の姿勢でした。日本は先生が一方的に講義をするスタイルがほとんどですが、ブラジルでは先生と生徒の発言量はほぼ同じ。対等に対話することを重視していると感じました。
一方でブラジルでは、貧困街の問題が非常に深刻でした。そこに実際に行きましたが、衣食住の最低限のものでも危機的な状況。その理由を紐解いてみると「基礎学力」の部分に問題があり、識字率、学歴といった就業までのハードルをクリアしていないため、安定した収入を得られる職に就けていないという背景がありました。日本は逆にそこはクリアできているのに、思ったことを発信する力や対話力、自己表現する力が弱く、幸せを感じている人の割合も低い傾向にある。日本とブラジルのいいとこ取りをするならば、「基礎学力」と「社会でいきる力」という両軸が大切だと思いました。日本では基礎学力に多くの時間を割いていて、社会でいきる力を養う時間を持つ余裕がない。それなら、生徒ごとにカスタマイズされた教育コンテンツで効率的な学習を支援し、新しく生まれた時間を「社会でいきる力」について学ぶ時間に変え、もっとそういった時間を捻出できるようにすれば良いのでは。それが実現できれば日本は変わると思った。これがatama plusを起業するに至った背景です。
起業して特に大変だったことを伺えますか。
起業は大変なことだらけで、何か大きい困難が一つあるというより、毎月ずっと大変な状態が続いて今に至っているという感覚です。事業そのものの話をすると、どんな事業領域でも売上を上げていくのには困難を伴いますが、教育事業特有の事情もあるとは感じています。最近ではインドを中心に教育ユニコーンも多く登場していますが、世界的に見ても営利性を追求するのはなかなか難しい領域といわれてきました。ですが日本では、学校以外の塾や予備校といった民間教育市場がすでに約1兆円規模で存在する。民間教育市場がこれだけ大きい国というのはなかなか無く、他の国と比べれば十分に事業として成立しやすいのではと感じています。
大変だったことを敢えて挙げるならば、新型コロナウイルスの影響は大きかったですね。最初の緊急事態宣言が発令されたのが2020年の4月でしたが、2月末には学校を一斉休校する要請が出ました。我々の事業は塾向けで、当時は塾内に設置されたタブレットでしか利用できないアプリケーションとして提供していました。学校が休校になると、クラスター発生回避のために塾も休校になり始め、誰もこのプロダクトを使えないという状況が生まれることになります。そこで、約1週間という短期間でWeb版を開発し、自宅のスマートフォンやパソコンでも利用できるようにしました。さらに新しいリモート学習というものを塾と一緒になって世の中に発信していくことに取り組んだ結果、ユーザーはとても増えました。色んな出来事が一気に起こり、密度が濃い時期でしたね。
資金調達はおかげさまで順調で、2021年7月には、既存投資家であるDCMベンチャーズ、ジャフコ グループに加え、新たにシンガポール政府系ファンドであるテマセク・ホールディングス傘下のPavilion Capital、米運用会社大手のティー・ロウ・プライスなどを引受先に、シリーズBとして約51億円、累計94億円の調達をさせていただいています。ただ、調達を目的にした活動を続けてきたというよりは、ユーザーへの向き合いや、プロダクト研磨に専念する中で、調達が結果としてついてきたという感じはありますね。
組織風土、採用について伺えますか。
弊社は、とにかく「ミッションドリブンカンパニー」です。社員みんなが一丸となって同じミッションに向かうというのを非常に大事にしています。ミッションは「教育に、人に、社会に、次の可能性を。」を掲げ、学習を一人ひとり最適化し「基礎学力」を最短で身につけ、そのぶん増える時間で「社会でいきる力」を伸ばすという社会をつくろうとしています。弊社は現在200名規模の社員が所属していますが、ミッションに共感しているメンバーが集まっていて、一体感があります。全員がミッションに向かって自律的に行動できるようにオープンに情報を共有することも大事にしていて、社内コミュニケーションで使っているSlackもほとんどがパブリックチャンネルです。
atama plusは、社会のみなさんにサポートいただいていてつくられてきたと思っています。今まで関わってきた社員だけではなく、投資家、顧問といったステークホルダー、そしてエンドユーザーである生徒さんたちや、クライアントである塾の方々と一緒に育ててきました。弊社は現場を大事にするカルチャーがあるのですが、プロダクト改善にあたっても実際のユーザーへひたすら向き合うということを行っており、社員が教室の現場に行って、生徒の声、先生の声を集めて反映させるということをしています。atama plusで働くことに関心を持っていただけた方には、こういったことをしたいと思っていただけるかどうか、お互いにこの場所で得たいものが得られるか、同じ方向を向いているかを考えていただいて、合うようであればぜひご一緒できればいいなと考えています。
グローバル展開についてはどうお考えですか。
今この瞬間は日本市場のみにしか展開しておりませんが、近い将来、グローバルにも出ていきたいなと思っています。日本は世界3位の教育市場なのでまだやれることが多く残っていますが、私たちのミッションとしては、数億人規模の生徒に良い影響を与えたいと考えていますので、できるだけ早く世界に広げられたらいいなと考えています。
人は、笑うと幸せになると気付いたことが始まり
学生時代はどのように過ごされていましたか。
高校時代はきわめて真面目で、特に数学と物理が非常に好きでした。数学の難しい問題を出してくれる塾に行っていたのですが、すごく難解な問題を3日くらいかけてひたすら考える、そういうのが好きなタイプでした。大学に入って世界が広がり、もっと社会に気持ちが向くようになったかもしれないです。テニスサークルに入ったのですが、これがとても楽しくて。関西出身の方も多いサークルだったのですが、人を笑わせるということは周囲を幸せにするなと気づいて、自分も人を幸せにしたいと考えるようになりました。やがて、人の笑顔を増やしたいと思うようになり、在学中はお笑いにも挑戦しました。最初は研究の道にも興味があり入った工学部でしたが、人を幸せにしたいと感じるうちに新規事業づくりに携わりたいと考えるようになりました。東京大学に今でもあるアントレプレナー道場というプログラムの1期目に挑戦し、準優勝をいただきました。このプログラムは現在17期目を迎えています。この後、就職活動で三井物産に入社して今に至りますが、大学時代は転機だったかもしれませんね。
プレシード期からシード期のスタートアップへメッセージをいただけますか。
私が、先輩からもらった言葉で「最初の100人が熱狂するプロダクトを作ろう」というものがあります。スタートアップ関連の話題としては、大型資金調達や画期的なビジネスモデルといったものが注目を集めることが多いですが、我々はまず人を熱狂”Wow”させられるプロダクトをつくることに集中できたらと思っていました。初期からこの言葉を大切にしていて、実はオフィスにもこれを書いたポスターを貼っていました。最初は10人、次は100人、またその次は1,000人。ユーザーがある程度増えてからはシステムが重くなってしまい、できてはいませんが、初期の頃は弊社のサービスを利用して学習している人の数を、リアルタイムで数えてオフィスにあるタブレットに表示させたりしていました。せっかくスタートアップに挑戦するのならば、まずは目の前の人を熱狂させられるものを生み出せると良いですね。
最後に、これから作りたい世界観と、読者へ一言お願いいたします。
繰り返しになりますが、atama plusは「ミッションドリブンカンパニー」。教育を良くしていくことで、誰かに決められたレールの上を歩くのではなく、「自分の人生を生きる人」が増えてほしいと思っています。「基礎学力」と「社会でいきる力」両方を身につけている人が増えれば、その人たちはきっといきいきと自分の人生を生きていける。そうしたら、社会全体が大きく変わっていく。そういう漣のような変化を起こしていきたいです。
現在、atama plusの対象ユーザーは小学校4年生から高校3年生・既卒生までの生徒なのですが、現場に行ったメンバーやアンケートを通じて「勉強が楽しくなった」「できるようになった」など嬉しいメッセージが日々届きます。生徒たちからの声は、atama plusの創業5周年を記念した特設サイトでもご覧いただけます。私たちと一緒に幸せな社会を作りたいと思ってくださる方、ぜひ一度お話しできればと思います。
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