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わずか500gの月面ローバー。8年間一人で開発しついに2023年に月面に着陸するYAOKIを開発する株式会社ダイモン中島氏インタビュー

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「人類の進化のきっかけをつくりたい」

大きなビジョンを掲げ、民間月面探査に挑む中島 紳一郎(なかじま・しんいちろう)氏はこう語る。

NASAは、アポロ計画から50年ぶりに月面での有人探査「アルテミス計画」を進めており、多くの宇宙ベンチャー企業も追従している。今回は圧倒的に軽量な超小型月面ローバーを開発する、株式会社ダイモン 代表取締役の中島 紳一郎氏に話を伺った。

わずか500gの月面ローバー

ダイモンの事業概要を改めて教えてください。

私たちは、月面ローバー「YAOKI」を開発しています。軽量で小型、そして二輪のローバーである点が特徴です。従来月面ローバーの重量として5kgが最小といわれていたところ、我々のYAOKIは500gの重量を達成しています。そして、ラグビーボールのような楕円形の構造となっているので、月面でひっくり返ったとしても再度起き上がり走行が可能です。

月面ローバーYAOKIは、具体的にどう操作を行うのでしょうか。

月面での操作は地球からの遠隔操作です。月面ローバーに搭載したカメラで撮影した画像を頼りに操縦します。動画ではなく画像であっても地球にデータが届くのに4秒以上かかるので、精度が高い繊細な操作は難しいですが、YAOKIは転んでも倒れても走り続けることができる高強度な車体ですので、問題なく操縦いただけます。

中島さんは、一人で月面ローバーを開発していた時期が長いと伺っています。どのように開発していたのか教えてください。

今から10年前、創業当初から一貫して月面探査車をつくっていました。その当時は月に行く計画もありませんでした。いずれ月に行くミッション、ロケットがつくられるだろうという予想の中で開発をスタートしましたが、実際に自分のローバーが使われる可能性がまだ見えない中で研究開発を行うのはつらかったです。初期5年くらいは開発費を費やしても、それが実らない可能性も見え隠れする中でだったので、特に精神的につらい状況でした。どうせ月に行けないなら諦めても良いのではないかという気持ちと、諦めた後に予想通り月面に行く計画が発表されたら後悔するから続けようという葛藤を続けながらの精神的なつらさでした。

そういった困難を乗り越えて、2019年にNASAのミッションと契約できました。月面探査ができるかどうかという壁は越えましたが、事業として成り立たせないといけない、マネタイズという次の壁です。契約から2年間くらい収益がなく、想定より売上が立つのが遅れたこともあり、財務的につらい状況だった時期もありました。

現在、アメリカの企業が開発中の月着陸船での輸送の準備を進めている(※)と思います。準備の過程で、具体的にどのような部分が大変でしょうか。

※ YAOKIは、アメリカの宇宙スタートアップであるIntuitive Machinesが開発する月着陸船「Nova-C」への搭載が決まっている。(参考URL

お互いに初めて同士、前例もないような状態だったので、条件がそもそも決まっておらず、交渉やすり合わせをゼロから行う必要がありました。条件が決まった次は、技術的な検証をクリアするのが難しかったです。例えば、ロケット発射時の振動に対応できるか確認するために振動実験を複数回繰り返しています。ローバーだけはなく衛星も同じですが、宇宙は真空で寒暖差(熱真空)も激しいので、それに耐え得るものにする必要があります。その二点をクリアするのが難しかったです。

2021年4月に三菱ケミカル社とのパートナーシップ契約を発表していますが、きっかけを教えてください。

私たちは2019年にアメリカのベンチャー企業Astrobotic Technologyと契約を締結していたのですが、その後1年程度、他の企業との協業などビジネスにつながる受注はない状況でした。当時、我々は大手企業との連携を模索していました。10人弱のチームであるダイモンが取り組めることには限りがありますし、月面開発という新しい市場を狙うためには他の市場での確かな実績も必要だったからです。

マクロな動きとしては、NASAのミッションをきっかけに月面開発市場に複数の民間企業が参入し、「2030年までに月面に街をつくる」といった構想も登場していた時期でもありました。三菱ケミカルさんも、新しい市場を狙いに行きたいと考えている中で月面開発市場に可能性を感じ、我々に連絡をしてくれたのが最初のきっかけでした。

幼少期のアポロ計画が原体験

学生時代は、どのようなことを考えながら過ごしていましたか?

私の原体験の一つがアポロ計画でして、人類初の月面着陸をテレビで観ていた記憶が残っています。大阪万博に月の石を見に行きましたし、子どものころから月とはとても不思議なものでとても興味を持っていました。また、学生のころには天文学部に入っていましたね。

その後中島さんは、グローバル企業で駆動系エンジニアとして働いていたとのことですが、その時の経験は今のダイモンのCEOとしての業務にどのようにつながっていますか。

かなり大きなグローバル企業だったので、今まさに進めているアメリカの企業との交渉などで役立っています。私が所属していたそのドイツの企業は、グローバルの従業員が30万人規模でした。今やり取りをしている国内外の大企業は大部分がそれ以下の規模ですので、特に気後れせずに交渉できています。

また、大企業の担当者としての立場も経験しています。今私はCEOで従業員ではありませんが、ダイモンを相手に交渉をする相手方の担当者の方の立場、組織人としての立場を理解して、その人にどんな情報や成果をお渡しすると話が進むかということが理解できます。今思うと、起業前にとても貴重な経験ができたと感じています。

2021年には複数企業から総額1億円の協賛金を集めた「Project YAOKI」のスタートも発表されていました。スポンサー集めで大変だった点、評価された点を教えてください。

「Project YAOKI」を立ち上げた当時はまだダイモンのメンバーは私一人でした。月面ローバーYAOKIが評価され、契約締結ができたものの、マネタイズに苦労していました。そんな中、現在のCOOである三宅さんが参画してくれました。三宅さんと議論する中で、売り上げがない段階で大きな投資を受けるよりもまずは継続的な売上づくりを大事にしようと決めて、資金調達の道を閉ざしてマネタイズに注力することにしました。

最初はデータ販売という形で営業をしていたのですが、全くうまくいきませんでした。やはりスタートアップで不確実性も高く、企業としては我々の話を聞いても月面探査に対して具体的なイメージがわかないことが原因でした。そこから方針を切り替えて、技術パートナーやスポンサーという形で、PR効果の話を盛り込んだ営業を開始しました。大手企業さんとしては、「月面探査」という夢のある、これからの市場に切り込む先進的なイメージがつくということをメリットに感じていただき、なんとか二人でがんばって集めた形です。

少数精鋭のチームで月面を目指す

現在は、何名くらいのチームで開発を進めているのでしょうか。

資金調達を積極的に行っていないこともあり、少数精鋭のチームで進めています。今も同じ状態ではありますが、今のメンバーはリファラルのみで、もともとダイモンの取り組みを知っていていただいた上で自ら入りたいと言ってくれた人が100%。条件が前職より下がってもいいからダイモンで働きたいと入社してくれる人もいました。

ダイモンに参画してほしい人材の特徴を教えてください。

「自分で意思決定をしていく」という気持ちを持っている人が良いですね。民間企業による月面探査は前例がないことなので、そもそも誰も分からないこと、経験したことがないことが多いです。前提条件がない中で自分たちで考えていこうというマインド、AプランかBプランか、自分の意思をしっかり持って推進していくことに責任を持てることが大事です。

自分で仕事をつくりにいける人材がマッチしそうですね。

まさにそうですね。加えて、自分の仕事の範囲を柔軟に捉えることのできるマインドの方ですね。今のダイモンは人数も少ないので、明確に役割分担するというのも難しいです。自分で状況を見て動き、自ら仕事を取りにいける方だと活躍できると思いますし、今のメンバーはそのような方ばかりです。一方、月面探査の経験を持っている人がそもそも存在しないということもあり、スキルを求めることはほとんどしません。能動的に動いてくれる人ならば、必ずスキルは上がっていくと私は考えています。

今の従業員ですが、具体的にどのような方なのでしょうか。

今は社員は6名なのですが、全員が元々のつながりや事業を進める中での出会いがきっかけで入社いただいています。私の旧来の友人だったり、パートナー企業の重役の方だったり、あとは私の奥さんだったり。今隣で開発をしているNさんは、もともと私が参加していた宇宙ビジネスのオンラインサロンで知り合ったメンバーです。

編集部

インタビューはダイモンのオフィスで行っており、ちょうど隣には、何やらPCとローバーの試作品とにらめっこをしているエンジニアが。

そうなのですね!少しだけNさんにお話を伺うことは可能でしょうか?

中島さん:いいですよ。Nさん、ちょっとだけいいですか?

Nさん:はい、大丈夫ですよ。

お忙しい中ありがとうございます!一点だけお伺いさせてください。ダイモンに参画しようと思ったきっかけを教えてください。

Nさん:単純に面白そうだと思ったのが一番の理由です。まさに今、民間企業による月面探査産業が始まろうとしています。何かしらの新しい産業の立ち上げに関われる機会なんて人生の中で一回あるかないかだと思ったので、参画を決めました。

月面探査をきっかけに人類の進化のきっかけとなりたい

過去に恩恵を受けたスタートアップ向けのイベントやプログラムがあれば教えてください。

2年前に川崎で開催された、あるピッチ大会に出場したのですが、そこで賞を七ついただきました。そこで初めて良い感触を得て、風向きが変わりましたね。そのピッチ大会は金融系の審査委員が多かったため、そこで賞を獲得したということが一定の信用につながり、その後の紹介も一気に増えていきました。

それまでも別のビジネスコンテストに出場したこともあるのですが、まるでダメでした。月面探査と言ってもビジネスの匂いが全くしないということで質問も一つもなく、ブースにも全然足を運んでもらえませんでした。やはり、見てくれる人や場所が変われば評価も変わるのだと感じたので、ピッチなどは粘り強く挑戦していくことの重要性を改めて感じました。

今後、宇宙産業はますますの成長が期待されています。産業の成長を考える上で鍵となるものはどのようなものと考えているか、ぜひ教えてください。

そうですね。宇宙ベンチャーの観点では二つあると思います。一つ目は、自分の描いている未来像を明確に持つことです。新しい宇宙ビジネスのプレゼンやピッチを聞いていても、未来の話よりはビジネス先行で一攫千金を狙うというような話になってしまう事業も多いなと感じています。それなら、すでに宇宙事業を展開している大手企業に行くのが良いのではと思います。宇宙ベンチャーとして挑戦するなら、自分たちが描く未来像をしっかり持つのが大事かなと思います。

その上でビジネスモデルも大事です。宇宙ビジネスは、立ち上げに多くの資金が必要です。だからといって、収益化の前に大量のリスクマネーを投下することを前提にした事業計画も、行き過ぎるのは良くないのではと感じています。まずは1万円でもいいから自分たちで稼ぐ事業をつくることも大事です。

最後に、中島さんがダイモンの事業を通して実現したい世界を教えてください。

最終的には、人類が進化を遂げるきっかけになりたいです。月面探査が目的ではなく、そこからが人類の新しい進化のはじまり。そこからどうするか、どんな人類史を始めていくのかが重要です。

もう少し近未来の話をすると、まずは月面探査車を100機持っていこうという計画をしています。1,000万人以上の人が月面にある探査車を地球から遠隔操縦できる世界観です。あたかもYAOKIに自分が乗り移ったような、月にあるアバターロボットを操作するような経験が可能になる。生身で行ける人は限られますが、YAOKIを通して擬似的に月面旅行ができる時代が来ます。そうなってくると地球だけではなくて月面に人々の意識がいく。月面に意識がいく時間がだんだん長くなっていけば、ある意味自分の存在が地球以外の宇宙のどこかにあるという状態で生きることができるようになる。3年後なのか、もしかしたら10年後かもしれないですが、だんだん宇宙にシフトする比率が上がっていって、ほとんど意識が宇宙にある状態にもなれると思っています。人類を代表とした地球上の生物が一歩進化するためのステップです。その先はもっと銀河系に広がったりと、人類の進化をまだまだ進めていくことができると信じています。

ありがとうございました!

編集部コメント

インタビューを通じて、長い間一人でコツコツと月面ローバーを開発していたからこそ出てくる、中島氏の言葉の重みが見え隠れしていた。

ダイモンが開発する月面ローバー「YAOKI」が実際に月面に向かう日もすぐそこまで来ている。日本発の月面ローバーとして、YAOKIが世界からの注目を集める日はもうすぐそこだ。