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創業3年で時価総額100億円。超長期視点でビジョンを描くKabuK Styleのファウンダーストーリー

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コロナ禍を機にテレワークやワーケーションが浸透し、住まいと職場を往復する従来のスタイルとは異なる生活が始まったという方は少なくないのではないだろうか。その中で新しい旅のスタイルを提供しているのが「KabuK Style(カブク スタイル)」だ。

同社が手掛ける旅のサブスクリプションサービス「HafH(ハフ)」は、2019年のサービス開始以来、旅を通じた新たなライフスタイルを我々に提案し続ける。「社会インフラづくりを掲げる中で旅行業はインパクトが大きい」と創業者兼代表取締役の砂田 憲治(すなだ・けんじ)氏は語る。

2022年2月現在、全国47都道府県にとどまらず、世界36カ国、1,040拠点にサービスを急拡大した同社が見据える未来の世界について、お話を伺った。

外資金融で培われたスケール感と幼少期からの違和感

KabuK Styleの代表的なサービス「HafH」とは、どのようなサービスなのでしょうか?

「HafH」は、月額2,980円から82,000円で世界中の宿泊施設をいつでも予約できる定額制の宿泊サービスです。具体的には国内813拠点、海外227拠点のホテルや旅館、ゲストハウスなどから目的に応じた宿泊先を選び、サービス内で獲得できる「HafHコイン」を使って宿泊予約ができるというプラットフォームを提供しています。また、宿泊施設以外にも、JR西日本やJALなどの交通事業者との提携を通じて、旅がより簡単で便利なものとなるよう「移動の自由化」も進めています。

どのような経緯で創業に至ったのか、これまでのキャリアと併せて教えてください。

新卒で日興コーディアル証券(現SMBC日興証券)に入社し、2011年にドイツ証券に転職するなど、金融畑を歩んできました。特にデリバティブ証券(金融派生証券)をつくるという業務にあたり、株価の変動可能性を価値にするということを強みにしていました。実は小学生の頃から株式は身近な存在で、値動きをチェックしていました。その中で、企業の本質的な価値は急に変わらないのに、株価は需要と供給の関係の中で変動することに対して違和感がありました。

そして金融商品以外にも目を向けると、ホテルなどの宿泊価格や航空機の価格にも違和感を覚えました。購入するタイミングでのセールの有無や、実際に利用するタイミングが繁忙期か閑散期かどうかで価格が大きく変動するからです。事業者側が旅行需要を予想して価格を変動させる従来の仕組みではなく、サブスクリプションモデルなどの仕組みを活用して個人の旅行需要をもし均一化することができれば、価格が一定の世界の中で「旅行したい」と思ったときに割高かどうかを気にせずいつでも旅行することができます。

そうなれば、今よりも滑らかな社会をつくれるのではないか。しかも、価値観が多様化する今の世の中で、その多様性をそのまま受け入れることができれば需要の均一化は実現可能なのではないかと考えるようになり、今の社会を変えたいという思いで起業を考えるようになりました。金融機関の中でシンジケートのトップも経験し、金融の世界でやり切ったと思えたこともあり33歳で起業しました。

外資銀行からスタートアップの経営者というのはギャップがあったかと思いますが、前職での経験が役に立ったことは何かありますか?

おかげさまで「3年で時価総額が100億円で、売上もついてきているのはすごい」と言われることが増えましたが、私からするとまだまだやりたいことを実現するための規模に届いていないですし、コロナで予定よりもビハインドしているので満足できていません。このような規模感で考えること自体が、投資銀行で働く中で培われたのかなと思います。

投資銀行で働いていた時から、スタートアップのCFOポジションの話を聞きに行くなどもしていました。その中でスタートアップの代表の方々の熱意に当てられて、何兆円といったお金を動かして何百億円を儲ける世界よりも、1億円を稼ぐために本気で動くスタートアップの世界の方が楽しいと思うようになりました。それと同時に、日本のスタートアップの規模が小さいのは、プレイヤーの人たちが大きな世界を経験したことがなく、イメージが持てていないのではないかとも思うようになりました。私は投資銀行にいたので数兆円という売上が身近だったのですが、そういう人間が事業家となるのは珍しいようだと気づき、日本のスタートアップとして大きな世界を描いて起業したいと思うようになりました。外資銀行での経験を通して、CFOとしてのスキルが身についたことはもちろん、お金全般に対するマインドセットが身についたのは自分の中で大きいですね。

なぜ、旅行業で起業されたのでしょうか?

非日常には人の多様性を広げる効果があると思っているからです。会社員時代に上司がイギリスの方でほとんど日本語が話せず、私もそれまで英語で仕事をしてこなかったので十分なコミュニケーションがとれなくて、いつも”I`m sorry”と言っていた時期がありました。しかし、英語でのマネジメント研修に参加した際、英語が母国語でない方たちがうまくはない英語で自己主張をする姿を見たときに、会話は言葉以外からも相手に伝わる。であれば、伝えたいことを堂々と伝えればいいのだと思えるようになり、英語や海外へのハードルが一気に下がるという体験がありました。異なるコミュニティと接触することで他者を知り、多様性を受け止めることで自分の多様性が広がるのは旅の醍醐味の一つです。

また、個人が年間に使うお金のうち、大きな割合を占めるのが、相続等で支払いがある場合を除けば、一般的には家賃や住宅ローンの返済、水道光熱費を含めた住宅関連の支払額と食費です。食費についてはプレイヤーが非常に多く、社会にインパクトを与えるようなイノベーションを起こしにくい。この二つを除いてその次に大きな支出は旅行等の娯楽になります。旅行は現時点でも大きな市場のうちの一つで、その連続度が増すとある意味住宅市場へ食い込むことになる。そこで、個人に対するインパクトが大きいという点からも、旅行業での起業を選択しました。

HafHはどのような経緯で生まれたのですか?

クラウドファンディング「Makuake」でコンセプトを発表したところ、多くの方々からご支援をいただくことができて、1,000万円以上の資金も集まりました。ただ、この時点では本当にまだ構想しかない段階でしたので、ここからが大変でした。

プラットフォーマーになると決めていたので、やり切らないといけないのです。具体的には、日本でやるなら47都道府県でHafHのサービスが使えないと成り立ちません。しかし、2018年の構想時点ではメンバーもいなくて。そんな中、キャリア官僚を辞めて、地域自治体をまわり、地域のホテルを開拓してくれたメンバーや、ひたすらゲストハウスを開拓してくれた私より年上のメンバーたちのおかげで、サービスのリリース時点で50事業者との連携ができていました。気合いしかなかった新米経営者に付き合ってくれた創業メンバーに感謝しかないですね。

起業して特に大変だったことをお伺いできますか。

今も今までもずっと大変なので、難しい質問ですね。サービスリリース前は半年間くらいベッドで寝た記憶がほとんどないので体力的には大変だったかもしれません。当時、資金調達をしたり、提携先とのアライアンスをしたり、マレーシアの旅行関連企業を買収したり、長崎と福岡に自社運営施設をオープンする準備と採用もあったりと、何をしたかは覚えているのですが、一体どうやって乗り切ったのか記憶がありません。創業メンバーも寝る時間を惜しんで一緒に頑張ってくれたことでやり切りました。

コロナ禍はまだ続いてますが、振り返っても2020年は本当にキツかったですね。投資銀行時代にSARSやテロ攻撃などで国際的に経済が急激に冷え込むのを見てきたので「これからの状況で経営上の決断を間違えたらもう会社が終わってしまうぞ」と危機意識を感じていました。弊社はフルリモートなのですが、年2回はオフラインで全社会議をするブートキャンプというものを行っていて、ちょうど2020年1月にマレーシアでブートキャンプをしていた中で、コロナ禍の訪れを身近に感じたことが記憶に残っています。

海外のプロジェクトを複数進めていたのですが、会社を守るために提携先に謝罪行脚をして、ほぼすべてをストップしました。それまでの投資を捨てて冷静に損切り対応ができていなければ、もうKabuK Styleはなかったかもしれません。

多様な価値観を多様なまま許容する

実際に、供給と需要を一定にする未来は見えたのでしょうか。

定額制であるHafHの会員数が伸び、受け入れられているということもそうですし、JALと実施した「航空サブスクサービス」の実証実験で需給を一定にできる未来も明らかになりました。実験的に、3回分の往復航空券と3泊分の宿泊がセットになった商品を販売したのですが、購入者の8割はいつ、どこにいくかも決めずに商品を買ってくれて、結果、旅行先が多様化しました。

例えば、皆が「春になったら京都に行こう」と思っていると京都のホテルの需要が春になると上がります。でも、それでは他の季節は京都のホテルはどうなってしまうのでしょう。そこに多様性があれば、春に京都に行く人もいれば他の地域に行く人もいるという需要になり、時期によって価格を過度に安くしたり高くしたりする必要がなくなります。そしてその恩恵は、個人の消費者だけでなく、事業者にもあると思っています。売り方を変えることで社会が変わると思っています。

KabuK Styleの社員の採用や、彼らを惹きつけるMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)や社風について伺いたいです。

スタートアップですが採用は順調で、離職率もかなり低いと思います。「多様な価値観を多様なまま許容する社会のインフラを創る」という私たちのミッションに共感してくれた多様な職種の方が集まってくれました。 社員のことを「Crew(クルー)」と呼んでいるのも独特の文化を作っているかもしれません。私たちが掲げるミッションへ向けて、⼤きな船を前進させていく仲間であるという思いを込めています。

世界をもっと違うレベルでより良くしたい、それが楽しくてしょうがないという衝動にかられて、今までと違う次元で、世界により大きなインパクトを与えることに燃えている企業というのも当初からです。心理的なハードルを取っ払えるようなサービスを作りたいので、最初からグローバルを見据えていたことなどを含めて、軸は何も変わってないです。日本に本社を置きながらもグローバルを目指すスタートアップなので、英語で行う社内会議もありますし、資料も日本語と英語で作ります。エンジニアリングチームも英語です。住む場所はみんなバラバラで、海外で働く外国人スタッフもいます。マルチプルワーク(本業に匹敵する仕事を複数並行する働き方)を推奨しており、「KabuK Styleが自分のすべて」という人はおらず、また、役員を含めて1年契約で働いてもらっています。

MVVは最初から変わっておらず、それらを踏まえて、これまでステイクホルダーとコミュニケーションしてきた内容をまとめたレターを公開していますので、弊社に興味を持っていただいた方はこちらをご覧いただくと良いかと思います。

スタートアップのMVVは創業者独自の価値観が反映されていると思うのですが、砂田さんは何を考えて経営をされているのでしょうか。

人類はこれからどうなっていくのか、その中で私は100年後や1,000年後の未来に何を遺せるのだろうかと考えて事業づくりをしています。会社員時代に出世欲も金銭欲も一度満たされたからか、起業してからは表層的な欲はなくて、本質的な問いをとにかく追及したいという思いが強くあるのだと思います。

「進化」と「進歩」も意識します。例えば、過去の世界では、仕事を用意すれば定住する人が増え、人口が増えれば生産性が上がるということを歴史が証明し、経済的な進歩を続けてきました。しかし今の世界では、生産性も上がり、仕事がオンラインで完結する人たちも出てきており、どこかに定住する必要性が実はもうないのかもしれません。そうした人たちが、好きな時に、好きな場所で、好きな人と働くことができる未来を生き始めたなら、それは進化です。多様性に対するチャレンジができる人が生まれる社会こそが、人に進化を促すのではないかとふと思うのです。ただ、これはきっと人生100年時代と言えども、私自身の目で見ることができるかどうかという時間軸の話です。私がいなくなった未来で、その時の歴史が証明するのだと思っています。

ミッションを含めて「多様」という言葉がよく使われていますが、経営にも多様性は必要だと思われますか?

意思決定スピードが遅くなるデメリットはありますので、多様性をどこまで取り入れるのかは検討する必要があると考えています。ただ「急がば回れ」という言葉が経営にも当てはまることをこれまでの3年で体感してきました。定款に書いていることを自社の体制でも体現したいと考えて「クルー代表」に取締役に入ってもらったり、男性以外を過半数にすると決めて女性やLGBTQの方を採用したりして、多様性のある組織を実現してきました。結果的に、多様性のあるクルーたちと考え抜いて見つけた第3の道や第4の道が振り返ってみると正解だったと思うことが多々あります。一長一短あると分かった上で、今後も多様性へのチャレンジをめげずに続けていくと思います。クルーたちとつくったHafHというサービスや、HafHを通じてライフスタイルや人生が変わったと言っていただけること、サプライサイドの課題に寄り添って解決策を提案すること、これらはすべて多様性を大事にしてきた弊社の上に立っていますから。

資金調達では投資家からどのような点を見られ、評価されていますか?

KabuK Styleが旅行市場だけではなく、住宅市場をも席巻していくような、ライフスタイルの変化を促す市場のリーダーとして、地位を築く能力があると評価してもらっています。スタートアップの企業価値のすべては、未来の世界でキャッシュフローをどれだけ創出できるか、つまり、どれだけ将来稼ぎを生む事業をつくれるかどうかです。特にCVCの方々からは提携による新たな需要創出の可能性を期待されています。

それでも長期資金の確保と企業価値とのバリュエーションギャップは悩みとしてあります。私たち自身、この市場のリーダーになると信じて事業をつくっていますが、企業価値としての評価はまだまだ安いので、事業に集中して成果を出すことでギャップを解消していく必要があります。

グローバル進出のご予定はありますか?何か準備されていることなどあれば教えてください。

創業初期からマレーシアに子会社をつくるなど、当初からグローバル進出を想定しています。また今後、現地のサービスを現地の人が利用するためのプラットフォームとしてもHafHを展開する未来を描いています。そのため、現地のパートナー企業と提携がしやすいよう各国に支店を出していく予定です。また、海外投資家とも2年くらい前から定期的にコンタクトをとっています。

めげずに本質と向き合いイノベーションを起こせ

学生時代はどんな人でしたか?

大学時代はダンス競技部での活動に打ち込みつつ、ホテルのバーでバーテンダーのアルバイトをしたり、会社を自分で設立したり、さまざまな活動に取り組みました。共同創業者の大瀬良とは大学時代のアルバイト先が同じだったのですが役割が違っていましたね。大瀬良はウェイターとしてお客様と仲良くなってお酒のオーダーを取ってきて、私は注文に少し工夫を加えながら黙々とお酒を作っていました(笑)。あの頃から彼とは補完関係にあったような気がします。社会人になっても連絡を取り合っていて、起業すると決めた時、友人知人の中で彼の顔がすぐに浮かびました。自身にプロダクトのプロモーション経験がなかったので、私から声をかけてお願いしました。

共同創業は起業する上でどのようなメリットがありましたか?また、後輩スタートアップに勧めたいですか?

これから起業する方に共同創業をおすすめしたいと思うと同時に、正直なところ、長い付き合いがないとなかなか難しいかもしれないと思っています。私たちは学生時代からお互いを知っていて、性格や社会人になってからの経歴なども知っていました。壁打ちできる相手が会社の中にいることや、仲間を増やしていく上でお互いの人脈が被らないので偏りが生まれにくいなどのメリットがありましたが、信頼関係が既にできていたことで早期に享受できました。

プレシード期からシード期のスタートアップへメッセージをいただけますか。

まずは、とにかくめげないことです。前向きでいれば失敗しても「できないということがわかって良かった」と受け止めてまた前に進むことができます。私自身、めげないためにルーティンをつくって実行しています。例えば朝起きたらミストサウナを浴びて瞑想することを続けています。厳しい変化が続く時ほど、自分で決めた毎日のルーティンに救われます。経営者は周りを巻き込んだ以上、どんなに自分がつらいと思っていても笑ってみんなを引っ張っていく必要があるんです。

また、自分自身が情熱を燃やせる対象を見つけ、本気で取り組みたいと思える課題を持つことも必要だと思います。多様化する社会の中では以前のように一つの工夫だけで多くの人々にサービスを届け、大きな事業をつくっていくことが難しくなっていくと思っています。自分が向き合える事業をつくることや、熱量は数字で測りにくいですが結果に表れますので、投資家も見ていることです。情熱を持てない領域で事業を何度ピボットしても何にもなりません。どうか自分が情熱を持てる領域でめげずに頑張ってください。

最後に、これからの意気込みをお願いします!

好きな時に、好きな人と、好きなことをしていられるような社会をつくり、一人ひとりがライフスタイルのあり方をもっと自由に選べる、そんな幸せな世界を描いていきたいと思っています。人が人のために何かをしたいと行動し、多様性をそのまま受け入れていく社会です。「ちょっと便利になったね」というプロダクトをつくるのではなく産業をつくることがスタートアップの使命だと思っています。流行っているものはいずれ廃れてしまうので、本質的に意味のあるものに対してイノベーションを起こす。今後も会社という船を前に進めながらチャレンジを続けていきます。

ありがとうございました!