JP STARTUPSJP STARTUPS日本発スタートアップを紹介、応援するメディア

The web magazine that introduces and supports Japanese startups

現役産業医が起業。倒産の危機を経て、急成長スタートアップに。働く人の健康問題に挑む iCARE・山田 洋太氏

Share:

健康経営が注目されてから久しい。コロナ禍を経て、従業員の健康に対する企業の意識はさらに高まっているのではないだろうか。しかし、健康経営に向けた取り組みを行いたいと思いながらも、バラバラなフォーマットで届く従業員の健康データをうまく扱いきれないと感じる企業や、そもそも健康・医療の領域に関する知識や知見が不足し、そこまで手が回っていないという企業も多い。

今回取材した株式会社iCAREは、そのような課題を解決可能な健康管理クラウドとコンサルティングなど産業保健の専門家サービス「Carely(ケアリィ)」を開発・提供している。現役産業医でありながら、iCAREを創業した代表取締役の山田 洋太(やまだ・ようた)氏に話を伺い、起業の背景やサービス誕生の経緯、資金調達のエピソードなどを詳しく聞いた。

「正しいことを続ければ輪は広がる」人生の気づきを得た医学部時代

はじめに、iCAREの事業内容を教えてください。

弊社は企業向けの健康管理システム「Carely(ケアリィ)」を開発・提供しています。

これまで企業の人事労務担当者は、健康診断やストレスチェックなどの従業員の健康情報をバラバラに保管しており、情報を整理するだけでも膨大な工数を費やしていました。また会社全体の健康状態が把握できないことで、課題の洗い出しや仮説立てができず、健康経営の施策・推進に生かしきれていませんでした。

Carelyはそのような課題を解決できるクラウドサービスです。従業員の健康情報をオンライン上で一括管理できるほか、専門家による健康データの分析や健康経営推進のためのコンサルティングなども提供しており、自社の健康施策を適切に進めることができます。

企業ごとの課題に合わせ、人事部門を介さない専門家へのオンライン相談窓口を整備でき、個人情報に配慮した適切な従業員フォローも可能です。

Carely(ケアリィ)サービス画面
Credit: 株式会社iCARE

Carelyの誕生背景についてもお聞きしたいのですが、そのためにはまず、現役産業医でもある山田さんのご経歴やご経験を伺ったほうが良いような気がしています。

そうですね。私が「働くひとの健康」をテーマに起業したのは、医師になってからの経験が深くかかわっています。私のこれまでの経歴からお話したほうが、起業の経緯は伝わりやすいかもしれません。

では、山田さんの医学部時代のお話からお聞かせください。金沢大学医学部を卒業されているそうですが、医学部時代はどのような学生だったのでしょうか。

当時の医学部生の中では非常に少数派でしたが、将来研修医として医療現場に立つことをイメージしながら、そこで役立つような勉強をずっとしている学生でした。

当時の医学部は「今しか遊べない」と、大学生なのに勉強しない学生が多かったんですよ。私はそれが嫌で。研修医になった後、現場で先輩や同級生が助けてくれるわけではありません。学部時代に遊び呆けた結果、現場で何か事故などを起こしてしまったらと考えると、とても怖かった。

だから、遊んでいる学生たちを横目に見ながら、自分はそこに迎合せずに医療現場での実践を見据えた勉強に打ち込んでいました。そして、3年生のときには私のような勉強したいタイプの学生2〜3名で集まって学生団体を立ち上げました。

勉強のための団体を自主的に立ち上げたとは、すごいですね。

その団体では上級生が下級生を教えるような形で、現場で役立つような勉強を行っていました。当初は「あいつ勉強なんかしてる」と後ろ指をさされていた活動だったのですが、学年が上がるにつれて徐々に参加者数が増え、いつの間にか200名近い学生が集まっていたことがありました。

そのとき、自分たちの正しいと思うことがたとえ少数派だったとしても、仲間を見つけてやり続ければ、輪が広がって「当たり前のこと」に変化していくんだと実感して。この体験は起業を選択した原体験になっているかもしれません。

離島の医療現場で見えた「経営」の大切さ

その後、大学を卒業して研修医になられてからは、どのようなキャリアだったのでしょうか。

失敗から学んでは、次の道を見つけることを繰り返してきたキャリアでした。

研修医としては、全国トップレベルの研修病院の一つだった沖縄県立中部病院に所属しました。3日に1回は当直勤務に入るという非常に過酷な労働環境でしたが、「医療はチームプレイ」という医師として大切な学びを得ることができた研修期間でした。

一方、その過酷な労働環境を改善すべく、体制の改善を経営層にかけ合ったことがきっかけとなり、後に離島の病院へ移ることになります。

当時の私は若かったこともあり、経営側の事情は何も見えていませんでした。だから、結局は病院の経営層に私の声を聞き入れてもらえなかったのですね。それで、当時ポジションが空いていた沖縄県の公立久米島病院に研修先を変更することに決めました。

久米島は沖縄本島から離れた島ですよね。どのような研修期間を過ごされたのですか?

一人の医師として総合力を鍛えられた期間になりました。離島ではそもそも医師の数が少ないので、研修医という肩書は関係なく、患者さんに医師として向き合う必要があったからです。

ただ、そんな風に働く中で、あるとき病院の経営がうまくいっていないことを知りました。現場の医師は頑張っているのに、なぜ経営がうまくいかないのか疑問でしたし、地域のインフラとして絶対にこの病院を維持させていかなければならないと危機感を覚えて。それで、久米島病院の経営改善に貢献しようと、終末期の患者さんをどんどん受け入れる体制をつくったり、うまくワークしていなかった看護師の採用にテコ入れを図ったりと、自分なりに考えられるさまざまな行動を起こしていきました。

でも、結局はほとんどの取り組みが失敗に終わってしまったんです。持続可能な病院経営を考えるためには、やはり経営に関する知識をしっかりと身につける必要がある。そう思ったことで、MBA取得に向けて慶應義塾大学ビジネス・スクールに通い始めました。

心療内科のアルバイトで見えた「働く人と健康」にまつわる課題

医師として働きながら、MBAを取得するのは相当ハードな日々だったのではないでしょうか。

いえ、そもそもビジネス・スクールの勉強だけでも睡眠時間を削るほどハードだったので、最初の1年間は医師を辞めて、勉強に専念していました。2年目からは少し時間ができたので、私の専門である内科と、関心のあった心療内科が併設されたクリニックでアルバイトを始めました。

心療内科に興味を持ったのは、どうしてですか?

内科医として、心の不調を抱えた方を何度も診察した経験がきっかけです。心の不調は頭痛やめまい、動悸などの身体症状を引き起こし、最初はそういった症状が気になって内科に訪れる方も多いんですよ。

でも、内科としては問題がないため精神科や心療内科に行ってもらうのですが、なぜか症状が改善しないまま苦しんでいる方が多かった。そのような状況がどうして起こるのかを知りたくて、心療内科を見てみたいと思うようになりました。

実際に心療内科で仕事をして気づいたのは、うつ病や不眠症で来院する社会人の多さでした。働く人が心の不調をきたしやすいのはなぜなのかを突き詰めていくと、産業医の存在が浮かび上がってきて。産業医がいながら、なぜ会社で働く人の健康が保たれていないのかと、改めて疑問が湧き上がってきました。

そこで私自身が産業医をやってみると、心療内科で働いていたときとは全く異なる視点で、働く人の健康を取り巻く状況が見えてきたんです。

どういった状況があったのでしょうか。

個人の価値観と組織の理論がかみ合わず、従業員が我慢しながら働いている状況がありました。

会社は組織をうまく回すために、ルールや制約が必要です。そういった制約がある中でも、各個人がどうやったらその人らしく、ワクワクしながら働けるのかを考える必要があるように感じました。働く人が健康で、楽しく幸せに働ける世の中をつくるには、集団としての仕組みづくりが不可欠なのではないか。その気づきがiCAREの創業と現在の事業につながっています。

なるほど。心療内科での経験が、iCAREの創業につながったのですね。

そうなんです。人生の大半を費やす仕事が、環境のせいで意味あるものにできておらず、人を不幸にしてしまうことがある。このような課題は日本だけではなく、グローバルでも発生しています。この大きな課題に取り組むことが、私の人生の使命だと感じたことで、iCAREを起業しました。

最初のサービスは全く売れず倒産の危機に。ピボットと原点回帰で「Carely(ケアリィ)」が誕生

創業当時からCarelyのアイデアをお持ちだったのでしょうか。

ほぼ同じアイデアにはたどり着いていました。紆余曲折がありながら、創業3年目に「Catchball(キャッチボール)」という、電子カルテのような形で社員の健康情報を一括管理できるサービスをリリースしました。でも、なかなか人事労務担当者や経営層に響くサービスにはならず、購入いただけたのは半年間で1社だけ。倒産の危機にまで陥ってしまいました。

今時点からCatchballの敗因を振り返ると、時代の流れの中で早すぎたサービスだったことが一つの要因になっていると思っています。当時は健康経営という言葉の認知がほとんどなく、ストレスチェックも義務化されておらず、働き方改革も始まっていませんでしたからね。

全く売れない状況が続き、何のためにサービスを展開しているのかが分からなくなったことで、事業をピボットさせたんです。

次はどのような事業を立ち上げたのですか?

チャットを使った健康相談です。当時、BtoBビジネスでチャットを使ったサービスが流行っていたこともあり、この仕組みを応用すれば、中小企業で働く方などが気軽に利用できる健康相談サービスがつくれるかもしれないと思いました。

このサービスをもとにして資金調達も成功し、しばらくはチャットの健康相談事業を手がけていました。

そこからCarelyに至った経緯も教えてください。

健康相談事業は中小企業向けに展開していたのですが、2〜3年続ける中で、事業としての広がりに限界を感じるようになりました。そこで改めて外部環境を見回すと、時代は変化していることに気がついて。企業が「健康」を意識しだした今なら、Catchballの仕組みを改めてサービス化できるかもしれないと、原点回帰したサービスを手がけることに決めました。そうしてできたのが、2016年3月にリリースしたエンタープライズ向けの健康管理クラウドサービス「Carely」なのです。

Carelyが軌道に乗ったポイントは、どこにあると考えていますか?

ポイントは二つあると思います。一つ目は、Catchballのときとは違って、Carelyは大企業のニーズに合うようにサービスをつくり込んだこと。二つ目は事業モデルをシンプルにしたことです。特にチャットの健康相談はBtoBtoEのモデルだったため、従業員からは感謝されても、企業の経営サイドからはメリットを感じにくいサービスでした。でも、CarelyはBtoBで、企業側の「社員の健康管理が難しい」というペインを解決しにいったんですね。その結果、事業が一気に伸び始めました。

心強い本気のパートナーと出会えた最初の資金調達

iCAREは現在シリーズEですよね。これまでの資金調達はいかがでしたか?

2015年にインキュベイトファンドの和田 圭祐さんを一人目の投資家として迎えたのですが、iCAREの成功を一緒に喜び合えるような和田さんとの出会いはとても大きかったと感じています。

和田さんを最初の投資家に迎えたのは、どうしてでしょう。

働く人の健康に対する危機意識をもつ個人的な経験があったことも影響してか、本気で私達を応援したいと思っていることを実感したからです。資金調達を始めたとき、20〜30名ほどの投資家さんにお会いしました。どの方もiCAREの事業に興味を持ってくださり、熱心に話を聞いてくださってはいたのですが、和田さんはその中でもiCAREへの関心度と熱意がずば抜けていました。

和田さんの出資先の経営者と会う機会をいただいたり、私たちや業界のこともたくさん勉強してきてくれたりと、投資への本気度をさまざまな方法で伝えてもらって。その姿を見て、投資をお願いすることに決めました。

それから約8年、今でも和田さんには弊社のチームの一員として支えてもらっています。毎週1時間程度の打ち合わせは欠かしていません。私たちが怠けていると叱ってくれますし、逆に落ち込んでいるときは「大丈夫だ」と応援してくれる。本当に心強いパートナーです。

「群れる」はNG。パーパス実現に向け、大切にしている価値観とは

貴社の社風についても、ぜひ教えてください。

パーパス、Credo、Valueの通りの社風かなと思います。

「働くひとの健康を世界中に創る」というパーパスに共感したメンバーが集まっていますし、「楽しまなければプロじゃない」というCredoや「満足したらプロじゃない!」というValueを大切にしながら働いています。もちろん仕事ですから、楽しくないことも出てきます。でも、それは自分の捉え方次第だと思うんです。何ごとも捉え方を工夫して、自分ごと化して楽しめるような方と一緒に働きたいという想いが私たちの根底にありますね。

どのような方が活躍されていますか?

うちのメンバーはみんな「超」がつくほど優しい人が多いのですが、その中でも活躍しているのは、誰かが困っているときに手を差し伸べられる人かなと思います。

あとは日ごろから圧倒的にインプットしている人も活躍している印象です。もう少し言うと、仕事に必要な情報だからインプットをするというよりは、何に使えるかわからないけど楽しいからついインプットしているような人ですね。ほとんどが仕事で役立たない知識だったとしても、仲間を助けるときなど、ふとした時にその情報が生かせることもあるんですよね。最終的にはCredoに合致している人が活躍しているように思います。

一方で「群れる」ような行動を好む方は、弊社には向いていないかもしれない。私は組織的な観点から、群れることは一番良くないことだと考えています。

それはなぜでしょう?

私たちのようなスタートアップはチーム全体で成果を上げなければいけないのに、部分最適をし始めてしまうからです。群れた結果、自分たちだけが成果を上げていればいいという思考になりやすい。これでは事業も会社も伸びていかないと思います。

このような考え方は私が幼少期、父の仕事で住む場所を転々としていたことと、一時期アメリカで生活をしていたことが大きく影響していると思います。日本の排他的な集団理論がどうにも好きになれなくて。個が自立して、互いをリスペクトしながらチームを組むのが理想だと思っています。

貴社の今後の目標や展望について教えてください。

今後の目標は、大きく分けて二つあります。一つ目が「働くひとの健康を世界中に創る」というパーパスの実現を目指すこと。働く人の健康問題は世界中で起きていますから、そこに対して何か貢献していきたいと考えています。

二つ目が「社会的な健康をつくる」ということです。身体的・精神的健康だけでなく、やりがいや生きがいも「社会的な健康」と言えるんですね。そういった社会的健康を世の中に広げていくために、企業を支援していければと考えています。わくわく働ける場所や、個人が認められ、尊重されるような働き方のできる場所をもっと増やしていきたいです。

キツイけれど、やり直した人生でも起業してしまうと思う

プレシード期からシード期のスタートアップへ、応援メッセージをいただけますか。

自分が仮説を持って取り組んでいることを信じ抜いて、やり切っていただきたいなと思います。

私自身もそうでしたが、プレシード・シードの時期はどうしても不安がつきまとうものです。でも、その不安に負けて事業を途中で投げ出してしまったら、必ず後悔すると思います。人って不思議なもので、物事を本気でやり抜いているときは後悔がないんですよ。そういうときは、たとえ失敗しても納得して前に進めるはずです。

スタートアップの経営者は、何らかの社会課題を解決したくて起業した人がほとんどだと思います。もし今うまくいかないことがあったとしても、私たちのように、もしかすると開発したサービスが時代の先の先を行っていただけかもしれません。ぜひ自分たちの目指すものを信じ抜いて、目の前の課題に向き合ってください。

とはいえ、こんな風にみなさんにメッセージを話している私も、きついなと感じる場面は多々あります。「もう一回人生をやり直すとしたら、起業は絶対に選ばない!」と高らかに宣言したくなるくらい(笑)。

でもたぶん、やり直した人生の中でも私は、また何かの課題を見つけて、起業してしまうんだと思います。いてもたってもいられないほど自分ごと化できる課題を見つけたのなら、それを解決するために命を燃やす。そんな風に生きるのも悪くないのではないでしょうか。

ここまでお話を伺って、山田さんの人生の軸は「正しいことをやる」というところにあると感じました。ただ、正しいことを、正しくビジネスとしてやるのは非常に大変なことのように思います。

おっしゃる通り、正しいことをビジネスにするのは「超大変」ですよね。特に健康分野の事業って、健康の大切さは揺るがぬ事実ですから、みなさん100%「やったほうがいい」と賛成してくれるんですよ。でも、実際にお金を出してくれるかは別。ビジネスとして成功させるには、また違った視点が必要になります。

私がこの事業をやる上で大切にしているのは、世の中に自分たちの価値観を押し付けず、いかに専門的かつ未来志向の正しさを融合させられるかということなんですね。医師のような専門家って正しさありきで進んでしまうことがよくあるのですが、人間はそう単純なものではありません。

例えば、読者のみなさんが糖尿病患者だったとして、お医者さんから「あなたの症状を改善するために」と24時間血糖値を測り、食べるものを制限され、運動も強制されたらどう感じますか? 絶対に嫌だし、そんな綿密な行動をとるのは無理ですよね。

正しいことよりも、怠けたい、めんどくさいという感情を優先してしまうのが人間です。だからこそ、そこを認めたうえでつくられたサービスでないと使ってもらえません。
私たちの事業も同じ。健康は大切ですが、それを世の中に押し付けるようなことはしません。正しさが先ではないんです。

最後に、読者に一言お願いいたします。

スタートアップへの転職は「数撃てば当たる」ではなく、相思相愛で入社することが大切だと思います。事業やビジョンに強い共感を持てるか。そして、自分自身がその会社とともに大きな社会課題に挑戦していきたいかどうか。スタートアップは決して安定した場所ではありませんから、ここを見極めていただくことが重要です。

生きるか死ぬかの環境で新たな挑戦を楽しめる方は、ぜひ「この企業がいい」と思えるようなスタートアップの門を叩いてみてほしいなと思います。