「島国日本の輸出入を支える海事産業で挑戦する」
海事産業に深い造詣を強みとしながら問題に取り組む戸高克也(とだか・かつや)氏はこう語る。
2022年4月に国土交通省が発表した船員法の改正。働き方改革の波が訪れている海事産業において船員労務管理SaaSを提供する、株式会社ザブーン 代表取締役社⻑の戸高克也氏に話を伺った。
出退勤という概念が存在しない、船員の労働環境
改めて、ザブーンの事業概要を教えてください。
私たちは、海事産業におけるDXを目指しているスタートアップです。現在は船員労務管理SaaS「MARITIME 7」を展開しています。運行している船と陸上の関係者をリアルタイムに同じ情報で繋ぐプラットフォームとしてユーザーに使っていただいています。今後は、海事産業に関わる方の業務効率を改善させる機能を増やしていく予定です。
近年、海事産業における法改正が年々増加しているとのことですが、どのような背景があるのでしょうか。
大きく二つの理由があると考えています。一つは働き方改革です。船員さんの労務管理というのはどうしても曖昧になってしまう部分が多く、一度乗船すると常に労働時間の扱いで、そもそも出退勤という概念が存在しません。こういった働き方を改善するのが、今回の国土交通省の法改正の狙いの一つです。もう一つは、新しく船員になる人が増えていないという業界全体の課題への対応です。若い船員の離職を防ぎ業界全体を盛り上げて行くためというのが二つ目の理由です。
2022年4月の船員法の改正が、MARITIME 7導入の追い風となっていると聞きます。顧客からは具体的にどのような声が届いていますか?
船員さんは、今までほとんど紙で勤務記録を管理していました。航海の期間が長くなれば大量の紙が発生しますし、そもそも過去の自分の勤務時間も忘れてしまいます。MARITIME 7は、スマホのワンタップで労務管理ができ、リアルタイムに地上に情報が共有され、自動で労務管理記録簿が作成されます。どの船員さんがどこの港で下船したかもすべてMARITIME 7上で把握が可能です。
特に船員さんからは、UI/UXが素晴らしいという声が多数届いています。船員さんは50%以上がベテラン層です。もともとMARITIME 7は「70歳の船員さんでも使えるプロダクトに」というコンセプトを掲げていますので、その点が狙いどおり評価されています。
家族の一言で挑戦の道筋が開いた
もともと、ご実家で船舶管理業を営まれているとお聞きしています。幼少期に特に印象に残っているエピソードなどあればぜひ教えてください。
小学生低学年くらいのときに初めて乗船しまして、家業が管理している船舶には海外の船員さんが乗船していることに非常に驚いた記憶があります。そして、船長さんは絵本に登場するような、白くて長い髭を蓄えた船長さんで、子どもながらとてもかっこいい!と思いました。そういったエピソードはあるのですが、街も造船業が盛んだったことから、自分にとって海事産業は当たり前の日常でした。当時は、自分が珍しい経験をしているなど考えもしなかったですね。
そんな海事産業が身近な環境で育ち、学生時代にはどのようなことを考えながら過ごしていましたか?
大学生のころから起業したいと考えていました。もともと九州の田舎で育ったため、中学生のころから東京のような、経済の中心で働きたいという願望がありました。大学生になってからは色々な起業プランを考えていましたが、今思い返せばなぜかその時のアイデアには海事産業は入っていませんでした。
その後、実家に戻られて船舶管理業に従事されていますが、何かきっかけはあったのでしょうか。
もともといつかは実家には戻るだろうと考えていました。父親も年齢を重ねてきて、そろそろかなというタイミングで実家に戻りました。家業では、まずは修行として台湾やインドネシア、フィリピンなどを外国人船員さんと共に航海し現場を学びました。家業の船舶管理業では、海務(ルールの取りまとめ)と公務(船の管理、修理など)が明確に分かれていなかったため、世界の運航基準の把握から、船舶のメンテナンスまで幅広く関わらせてもらいました。
その後ザブーンを立ち上げましたが、創業当初は前職で経験した人材事業を展開しており、まだ今のMARITIME 7のアイデアには至っていませんでした。
どのようにして今の事業モデルにたどり着いたのでしょうか。
ちょうど新型コロナウイルスが流行した時期で、考える時間が増えて自分は何をしたら良いのだろうかと模索しました。中々アイデアがまとまらないときに、妻から、「あなたにしかできないことをやるのがいいんじゃない?」と言われたのが大きかったです。そこから、IT業界での経験、船舶管理業の知見を生かして何かできないかと考え抜き、船員さんの労働環境における課題解決に繋がる事業を展開しようと思い、今のザブーンの事業アイデアになりました。実際、船舶管理業の細かい知識や現場の実情まで把握している人材は国内でも数少ないことから、自分の強みを生かせる事業モデルにたどり着いた形です。
今後、どのように海外の顧客を獲得していく予定でしょうか。
元から日本に閉じることなくグローバルな市場に参入したいと考えていました。最初はアジアからの展開を考えています。実はアジアの海事産業の市場規模は非常に大きく、世界で12万隻運航している船舶の約半分がアジア圏内です。また、新たな船舶も、中国と韓国と日本で世界の約90%以上を建造しています。世界の中でも海事産業が盛んなアジア市場での展開が鍵になると思っています。
船に乗れることが、営業の採用条件!?
ちょうど資金調達を発表されましたが、今回のラウンドではどのような観点を評価されたのでしょうか。
私の想像以上に、投資家さんから「世界で戦えるプロダクト」だと評価いただき、資金調達に向けての交渉もとてもスムーズに進みました。今回のラウンドは、グローバル市場への参入に関する豊富な知見をお持ちのDIMENSIONさんにリードインベスターとして参画いただき、2021年末に出資いただいたインキュベイトファンドさんにも引き続きラウンドに参画いただきました。そして、SMBCベンチャーキャピタルさん、山口キャピタルさんにも参画いただき、より強固なチームとなりました。
調達した資金は何に活用していく予定でしょうか。
調達した資金は採用に使用していきます。エンジニアの採用ももちろん拡大していきますが、営業の採用にも力を入れていきたいですね。営業ポジションは要件が特殊で面白いかもしれません(笑)。というのも、MARITIME 7の利用現場は船がメインであることから営業担当者が停泊している船に乗船することもあります。営業活動やプロダクトの改善のために船員さんの方と船上で直接コミュニケーションを取り、信頼を獲得していきます。SaaSやIT企業の営業のイメージと少しギャップがあり泥臭さく感じるかもしれませんが、やりがいのある仕事ですし、他業界からも飛び込んできてくれる方は歓迎です。
CXO及びエグゼクティブ人材の獲得も始めていますか?
今まさに探しているところです。投資家さんとは、求めるCXO人材のペルソナ設計から議論しています。すでに何人か候補者はいるのですが、CXOのどのポジションに落とし込んでいくかはまだ調整しているところです。
ザブーンとして、どんな人材に参画してほしいですか?
経験してきた業界はあまり関係ないと考えてまして、世界に挑戦したいという気持ちが大事です。というのも、私たちは島国日本に住んでいる以上、輸出入の99.7%を海事産業が支えています。つまり、自分たちの生活から直接見えることはないのですが、どんな業界、どんな人でも当事者なのが海事産業なのです。
また、私たちは船員さんの課題を解決するサービスに取り組んでいます。船員さんの気持ちを理解しようとする人間力やバイタリティーも必要です。現在ザブーンで活躍しているメンバーも、船員さんと良好な関係を構築して密なコミュニケーションを図っているようなメンバーです。
既存の文化を大事にしつつ変革を起こす
まだまだ開拓余地があると期待されているレガシー産業のDX化ですが、既存の業界構造に変革を起こすうえで、戸高さんが特に大事にされている点を教えてください。
会社として尊重しているのは、現在の海事産業の文化を大切にすることです。たしかにレガシーで、変えていかないといけない部分もありますが良い部分もたくさんありますので、そのような部分は大事にしたいです。また、プロダクトの機能も、お客様や船員さんの現場の意見を大事にしながら一緒につくりあげています。
グローバル市場への参入を目指されているとのことですが、海外でベンチマークとしている企業などはありますか?
単体で課題解決を行っているサービスはすでにありますが、船員さんや陸上の管理者が抱える複数の課題をワンストップで提供してるものはないですね。
包括的なサービスが海外にない理由は何なのでしょうか?
海運業自体がそもそも一般的に注目を集めやすい業界ではないというのは大きいです。ヨーロッパにはいくつかSaaS系のサービスがありますが、アジアではかなり少ないです。また、海事産業自体が非常に閉じた業界なため、建設業や不動産業などの他のレガシー産業と比べても参入障壁が高いと考えています。
一般的な転職市場において、他業種に転職することは一定数あると思いますが、転職先として候補に上がりにくい業界であることや、海運業経験者が他業種に転職することも現状は少ないため、海運業界と接点を持てる人も限られています。率直に言って、起業したいと考えてアイデアを探しているような方が、「海事産業におけるこういった課題解決をしよう」と思い立つことは、知識がないのでかなり困難だと考えています。
最後に、戸高さんが、ザブーンの事業を通して実現したい世界を教えてください。
海事産業の方々が、「朝出社して、まず一番にザブーンのプロダクトを開く」という日常が当たり前になっている世界を5年後につくりたいです。そして、港に足を運んだ時に、MARITIME 7を導入している船舶がずらっと並んでいる世界にしたいと考えています。
ありがとうございました!
編集部コメント
インタビューを通じて、参入障壁の高い業界への深い知識と想いを持っていることの優位性、一般的に「FMF(Founder Market Fit)」といわれる部分を強く感じた。
一見我々の日常からは遠いように感じるが、日々の生活に直結している海事産業。今後グローバルな海事産業の変革を目指すザブーンのプロダクトが、我々の生活に直結するすべての船舶で活用されている未来が楽しみだ。
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