JP STARTUPSJP STARTUPSスタートアップを紹介、応援するメディア

The web magazine that introduces and supports Japanese startups

Airbnbを輩出したY Combinatorが初めて採択した日本企業とは?異色の経歴を持つシリアルアントレプレナー柴田氏が率いるテイラー社に迫る

Share:

撮影場所:WeWork 東京ポートシティ竹芝

世界中のスタートアップの憧れであるだろうアメリカのアクセラレーター「Y Combinator」。AirbnbやDropboxを輩出してきた老舗のシードアクセラレーターだ。今年、なんとそのY Combinatorのプログラムに、日本拠点の企業が初めて採択された。バックエンドのローコードツール「Tailor Platform」を開発・提供するテイラーだ。

その経営者、実は、シリアルアントレプレナーでありエンジェル投資家でもある柴田 陽(しばた・よう)氏。自分で起業した会社を3社バイアウトした経験を持ち、投資家としても活躍してきた彼が、6年のブランクを経て、再び自ら起業に挑むのがこの事業だ。これまで、そしてこれからの意気込みについて伺った。

「自分で何かしたい」という気持ちから歩んできた起業とエンジェルの道

これまでのキャリアと、起業のきっかけを教えてください。

1984年の山形県生まれです。実は子どものころは起業家ではなく、発明家に憧れていました。父親が宇宙物理学の研究者で、自宅には当時は珍しかったパソコンのほか、工具、実験道具などがたくさんありました。それらに興味をそそられた結果、発明家になりたいと思ったのかもしれないです。生き物を飼ってみたり、望遠鏡をつくってみたり、家電を分解してみたり。特に工作が好きでした。

しかし、発明家というのは世の中にそう多いものではありません。発明でお金が稼げるかというと、必ずしもそうではないということが成長するにつれてわかってきました。では、経済的に自立したり成功するには何をしたら良いかということを考えて、ビジネスに興味を持ちました。その中でも特に稼ぎやすい職業を考えたときに、コンサルティングかなと思ったのが高校生の時。その流れで東京大学の経済学部へ進学することにしました。

大学時代にはビジネスコンテストを主催する「WAAV」というサークルに所属されていますが、これはコンサルティングファームへの就職に向けた勉強だったのでしょうか?

いえ、どちらかというと仲の良い先輩に誘われたという流れでした。東大の語学クラスには、上級生が下級生の面倒を見るというスチューデント・アシスタントのような仕組みがあるのですが、たまたまその先輩の層にWAAVの人が多くて。当時は、学生起業のカリスマといえば、サイバーエージェントの藤田 晋さんやライブドアの堀江 貴文さんなど。学生起業自体も、今ほど一般的でないにせよ珍しいというほどではなく、まずは自分もチャレンジしてみようかなと思うことができました。

WAAVは1996年ごろに設立され、アイレップの北爪さん、シナプスの田村さん、ラクスルの松本さん、クラウドワークスの成田さんといった今では有名な起業家たちも所属していたサークル。創設者である金田 喜人さんは、私にとっても、実質的にメンターと言って差し支えない存在でした。今でいうところの「エンジェル投資家」に近く、私が起業した際は出資もしていただきました。彼自身も、いわゆるビットバレー時代の起業家で、光通信のインキュベーション施設からスタートし、出会った当時からご自身の会社を経営されていました。

最初の起業ではどういったことをされましたか。

学生起業という言葉に甘んじず、実力で他の会社とも勝負しようと考えていました。法学部である強みを活かして、個人情報保護法のレポートをつくって売ってみたり、Pマーク取得コンサルティングをやってみたり。いろいろと試した結果、リスティング広告とインサイドセールスでリードを獲得する、いわゆる今でいう2ステップマーケティングに手応えを感じ、スケールさせるためにSEO SaaS事業に発展させました。今でいうWeb広告代理店事業ですが、ここに至るまでに4回近くピボットしています。

Web広告市場自体が伸びていた時期でしたが、社会人経験のある大人が経営している会社とコンペになっても勝つことができ、自信を持ちました。新しい産業だったので、職歴や年齢ではなく実力で勝てたのです。一方、それはニッチなマーケットで運が良かっただけなのではと、本当に自分に実力があるのかについても疑った結果、起業を続けるのではなく、自分の実力を試すために一度就職することにしました。ベンチマークは起業家路線であれば堀江 貴文さん、ビジネスマンであればカルロス・ゴーンでした。今でいうとイーロン・マスクですかね。いったんカルロス・ゴーンを目標に据え、プロ経営者路線を目指してマッキンゼー・アンド・カンパニーに2007年新卒で入社しました。

入社されてみていかがでしたか。

戦略コンサルタントとして、主にハイテク、通信、製造業、エアライン、製薬会社などのクライアントの戦略立案や新規事業、PMMなどのプロジェクトを担当。2010年に起業するまで3年近くの在籍でした。ここでの経験は勉強にはなったものの、パートナーに上り詰めるには時間がかかること、そして若さが邪魔をしてスキルでの正当な評価が得られないと上司からのフィードバックで知り、いったん出ることを決めました。優秀だが若いため時間を潰したいという場合、多くはMBA留学をすることが多いですが、どのみち時間稼ぎであれば一度起業しようと考えました。

そして「ショッピッ」と「スマポ」を起業後、いずれもバイアウトされましたね。

はい、一つ目のバーコード価格比較アプリ「ショッピッ」は2010年に起業し、IMJ(現・アクセンチュア子会社)に売却しています。商品のバーコードを読み取ってECサイトで価格を比較し、商品を購入できるという、オフラインからオンライン購買へ誘導するスマホアプリでした。これは、マッキンゼーの研修でアメリカに3週間ほど滞在した時に流行していたモデルの一つ。ガラケーからスマホへの移行が進む中で、まだAPIがアプリ開発者に解放されてはいないものの、さまざまなことができるようになり、ジョークアプリからバンプ(スマホ同士を軽くぶつけることで簡単に連絡先交換ができるアプリで、当時はアプリストアの人気ランキング1位だったことも)といった実用的なアプリまで多くのサービスが登場していたころでした。どれを手掛けようか悩んだ結果、まだユーザがフリック入力に慣れておらず、スマホブラウザサイトもほぼなかった中で、みんなが慣れている写真機能を使って、価格.comをスマホで再現しようとしたのが「ショッピッ」です。ヒットはしましたが、マネタイズには限界が見えていたのでバイアウトを決めました。このタイミングでマッキンゼーへ戻るかも検討しましたが、いつでも戻れると考えて次の起業をしました。

次の来店ポイントプラットフォーム「スマポ」は楽天に売却されていますね。

はい、スポットライト社(現・楽天ペイメント)を、テイラーの現CTOでもある高橋 三徳と創業し、VC調達、楽天への売却を経験しました。こちらはオンラインのタッチポイントから物理店舗へ誘導する導線なので、「ショッピッ」の逆になりますね。当時は各社オムニチャネル戦略についてもまだ混沌としていた時期。マーケティングについてもポイント三国時代で、CCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)のTポイント、Ponta、楽天経済圏の三つ巴でした。最終的にはそのどこかと組もうと考えていた中、ちょうど楽天がカード事業を切り口にオフラインに入ろうとしていたので、協業、売却に至りました。

売却後は楽天で数年経営を続けた後、渡米し、エンジェル投資家としても活動を開始されていますね。

投資家としては二つ切り口がありまして、EXITした若手起業家たちと立ち上げたTOKYO FOUNDERS FUNDでの投資と、私個人での投資になります。前者は500万円〜1,000万円程度の投資サイズでプロトタイプフェーズのスタートアップを支援しています。当時はまだ若手起業家のM&AでのEXITの事例が多くなく、仲間内でも次に何をするかというキャリアの話はよくしていました。

そんな中、私は渡米し、ニューヨークとサンフランシスコに半年ずつくらい滞在。現地のアクセラレーターに出入りするようになり、知り合った人が楽天関係者だった縁で、2015年に初めて個人でもエンジェル投資をしています。2年間で合計16社近く投資していますが、90%以上が海外の企業です。私はずっと、自分で事業をやりたいとは思い続けていて、投資をするときも、起業家として興味がある分野であること、そして自分が初期の投資家としてバリューを発揮しやすい経験領域(SaaS、BtoBtoC、C向けウェブサービス、Fintech、ヘルスケア)であることの2点を意識し続けています。自分でやるのが一番楽しくて、セカンドベストが疑似体験としての投資。アメリカはトレンドの最先端にあるのでリサーチも兼ねているところがありますね。

テイラーの起業に至る前も、貸付ファンドのオンラインマーケットプレイス「Funds」や、オンライン漢方相談サービス「わたし漢方」の創業を取締役として支援したり、フィールドマネージメント社にて事業会社のコンサルティングに従事し、タクシー配車アプリ「Japan Taxi」のローンチを支援するなど、事業支援自体は続けています。

この事業は伸びる、あるいはこの経営者は伸びるといった勘が働く時はどういった時なのでしょう。

想像力といいますか、ビジョンのセンスの有無でしょうか。幼いころから醸成された物事の見方にかかわるので、後天的には習得しにくいものかもしれません。営業先も、メンバーも、投資家もときめくくらい十分壮大なのだが、ギリギリ実現可能なライン。石橋を叩きすぎても、妄想すぎてもいけない、総合的なバランス感覚が求められるように思います。

ゲームチェンジャーになると確信したバックエンド・ローコード

撮影場所:WeWork 東京ポートシティ竹芝

エンジェル投資を経て、ご自身でも手応えがあったからこそのテイラー起業かと思いますが、いつごろから構想があったのでしょうか。

スマポの売却後、エンジェル投資家をしながら、次は何をやろうか6年間考えていたんです。まずテイラーについて説明しますと、開発を進めている「Tailor Platform」は業務システムのバックエンドをローコードで開発できるというものです。さまざまな業務システムで共通化できる箇所をまとめてAPI化し、インターフェイスを提供しないヘッドレスの状態で提供。エンジニア以外でも業務システム開発に携わることを可能にします。特に日本の独自基幹システムでは、互換性、いわゆるインターオペラビリティがない結果、いろんなシステムからCSVファイルをダウンロードしては読み込ませる、といった無駄なオペレーションが発生していますが、これをなくすことを目指しています。

もともと、2019年くらいからローコードのトレンドが来ていたのでリサーチしており、いくつかアメリカのローコードプラットフォームを使って、実際に企業の課題解決をしてみてたんですね。そして手応えがあったんです。これはゲームチェンジになるという肌感を得られた。ローコードやノーコードは、現時点でもWordPressやMiroのようなフロントエンドツールがエンドユーザーに知られてきていますが、サーバサイドのローコードはあまりない。ヘッドレスCMSはアメリカではスタンダードになり始めてきていますが、ビジネス課題を直に触る人をもっと増やそうと、2021年にテイラー株式会社として設立、事業化を決めました。デベロッパー向けの製品であり、どこの国に出しても条件は同じ、すなわちローカライズがほぼ不要なので、巨大かつ先端市場であるアメリカをターゲットに据えています。

そしてアメリカの名門アクセラレーターであるY Combinator(以下、YC)に、日本拠点の企業として初めて採択され、SAFEで投資も受けられていますね!

YCには以前から応募してみたいなとは思っていたんです。アメリカで生まれ育った日本人はこれまでも採択されてきたのでしょうが、日本生まれ日本育ちである起業家が採択されたのが私で4人目ということになります。

AirbnbやDropbox、Brex、Stripe、Coinbaseなどを輩出してきてハードルが高いイメージを抱いている方が少なくないかと思います。私は応募する前、合格の可能性は半々かなと思っていました。実際には、アプリケーションを提出、その2日後にはビデオインタビュー、その3時間後には通過の連絡が来るというあっさりとしたものでした。英語自体はアメリカ滞在が一定期間あったのもありますが、もとから対応できたので問題ありませんでした。従来の日本人起業家は英語もネックだったのかなと思います。

YCを受けてみてよかったと思われた点は。

事業展開をアメリカに完全に振り切ろうと思えたこと。当初はグローバルの感覚を得られれば程度に思っていましたが、アクセラレータープログラムの中で、MVPを構築しエンドユーザーからのフィードバックを取得していく段階で、プロダクトに対してアメリカ市場でのストレートな評価を得ることができました。これはYCの後ろ盾がない状態だと得難いものです。仮に個人でアメリカの伝手を頼ってユーザーインタビューをしたとしたら、「日本人だから英語も無理して頑張っている」という甘い評価がつけられたり、「難しいと思う」という、人種なのか言語なのかプロダクトなのかが内在された曖昧な状態でのフィードバックが返されてしまう。一方、YCから来たというだけでベイエリアで一定の信用を担保してもらえるため、良くも悪くもフェアに、プロダクトや起業家本人の実績やスキルについてストレートなフィードバックを得られるんですね。ちなみに、市場の着眼点や経歴についてはけっこう褒めてもらえました。その後、アクセラレーターを経て、SAFEの仕組みを使ってYCからと、日本のグローバルブレインから5.7億円を調達しています。

組織風土、採用について伺えますか。

ミッションとバリューは以下の通りです。noteもご参照いただけたらと思います。

ミッション
Empower every company to deploy any ideas
誰もがデプロイできる社会を創る

バリュー
「Go BOLD – 大胆な挑戦を」
「All for ONE – 全ては成功のため」
「Be a PRO – プロフェッショナルであれ」

テイラーでは、ミッションの通り、開発に携わる人を増やすことで社会の変革を加速することを目指しています。採用においても、そういったファンダメンタルな革新を起こしたい人に入ってきてほしい。とりあえずSaaSをつくってIPOを目指すということではなく、10年かけてゲームチェンジをしていくような課題意識がある方の方が向いているかと思います。現在はフルタイムの業務委託を含めてメンバーは15名程度で、エンジニアとPdMを特に増やしていきたいと思っています。

社内は、今はプロダクト開発者が多いため、プロダクトオリエンテッドな風土。採用もリファラル中心ですがスクラムでやっています。オープン、フラット文化で、基本的にはリモートでありSlack中心の非同期コミュニケーションですが、毎月WeWorkに集まったりもしています。バイリンガルの人が多く、出身企業としてはメルカリなどの大手スタートアップや外資ITなどが多いですかね。

プレシード期からシード期のスタートアップへメッセージをいただけますか。

マッキンゼーのオフィスに「命までは取られない」という古田 敦也選手の言葉が色紙で飾られているのですが、リスクなんてないと本当に思っています。だからこそ、マーケットにひたすら向き合うことが求められます。YCの投資家たちは、デモデイ後のプレシード投資でさまざまな起業家を見てきているので、起業家をいくつかのパターンに分類して認識しています。そんな中で、潰れるスタートアップのほとんどの原因はシンプルで、「プロダクトをローンチしないこと」だといいます。ファイナンスがどうこうとか、PRがうまくいかないとか、社内で喧嘩したり、資金がないからとコンサルで日銭稼ぎをしたり、ダメ出しされて心が折れて顧客と話すのが嫌だとか。そういった人間の弱さと向き合って、その上でプロダクトとカスタマーに向き合ってプロダクトローンチさえすれば、一定の勝ちが見えてきます。これは感情論ではなく、実際に数字でも証明されています。戦略上で競合分析って非常に重要視してしまうんですが、実は、競合との競争に敗れて失敗したスタートアップって3%もいないんです。ぐだぐだ言い訳を並べていないで、いいからマーケットにプロダクトを乗せろという、ものすごくシンプルな教えです。

ちなみに、ポッドキャスト好きが高じて、未来の起業家向けに「はじめるを応援するポッドキャスト Start/FM」も配信しているので、他にも私のメッセージを聞きたいと思ってくださる方は聴いてみていただけたら。私自身、耳が空いているところを埋めるのにちょうどいいなとポッドキャストを聴いていましたが、声に含まれるニュアンス、書き言葉には落ちない行間など、情報の質がnoteなどのテキストとはまた違っていて、心地よくて好きです。最近ポットキャスト聴いてます、と言われることも増えて、ありがたいですね。

最後に、これからつくりたい世界観と、読者へ一言お願いいたします。

もし、ホームページをつくろうと思ったらどうするか。私が子どものころだったら、父親から貸してもらったパソコンで、HTMLファイルをガリガリ書きながらFTPプロトコルツールでデプロイし、地道につくったでしょう。一方、今であれば、HTMLもCSSもPHPも知らなくても、STUDIOやWebflowといったノーコードツールでホームページをつくることができる人がたくさんいます。テクノロジーというのは、こういうことの繰り返しなんです。知識の非対称が埋まっていった結果、便利で有意義な技術が民主化されていく。

私は、これを業務システムにも起こしたい。ビジネスとエンジニアの非対称性解消、技術の民主化。技術がわからなくてもつくりたいものをつくれる人が増える。その結果として、技術者がやるべきタスクが減り、彼らはさらに難しい問題に取り組むことができて、その連鎖の先にさらなる技術革新が生まれます。これは、ソフトウェアのつくり方を変えようという挑戦。SaaSはすでに世の中にたくさんありますが、私たちがやろうとしていることは、Get another SaaSではなく、SaaSのつくり方そのものを変えること。まずはアメリカでのローンチがマイルストーンです。前述の通り、私たち自身もプロダクト・マーケット・フィットをひたすら実直にやっていきたいと思っています。一緒にやってみたいと思っていただける方はぜひご連絡ください。