普段何気なく手にしている商品。それらの多くは、他国との輸出入を経た結果、手元に届いたものだ。そしてその手続きには膨大な書類のやり取りが発生している。
貿易実務のDX。この、行政レベルの巨大な課題に挑むスタートアップがある。それが株式会社トレードワルツだ。当初は株式会社エヌ・ティ・ティ・データ(以下、NTTデータ)を起点にコンソーシアムを結成、DX化に向けた課題の洗い出しや実証実験の期間を経て、満を持してサービスローンチが決まった。
代表取締役社長を担う小島 裕久(こじま・ひろひさ)氏は、NTTデータに残るか、トレードワルツの代表として、この大きなプロジェクトをリードする立場に挑戦するかを悩み、後者を選んだという。会社が立ち上がるまでの経緯やキャリア分岐における決断、実際にスタートアップの代表となってからのお話を伺った。
事業カーブアウトによりスタートアップ代表の道へ
ご経歴ならびに代表になられるまでの経緯をお伺いできますか。小島さんはNTT(日本電信電話)ご出身で、そのままカーブアウトのような形でトレードワルツの代表になられていらっしゃいますね。
はい、1964年生まれで栃木県出身です。明治大学政治経済学部経済学科を卒業後、1988年に新卒で日本電信電話株式会社に入社しました。ずっと貿易関係の業務に携わってきたものかと思われがちなのですが、私は長年、金融業界向けのシステム開発部門に所属しておりました。
いわゆる63世代というものです。NTT本体からデータに分社し、システムの企画をしたいと思ってきたものの、向いていると思われたのかシステム開発にアサインされ続けました(笑)。やっとシステム企画営業に異動が叶ってからは、クレジットカードシステムなどの対応をしてきました。
元々は、貿易関係者からのニーズが強かった、書類の授受を電子化するシステムの開発提供をNTTデータが行おうとし、関連企業にヒアリングをしたところ、各社の電子化よりも業界間の情報連携に課題があることが発覚したところに端を発しています。新規事業企画をするにあたり、ブロックチェーン、AIといった先端技術も研究していたなかで、このプロダクトについてはブロックチェーンがもっとも相性が良いと判断しました。また、NTTデータとしてプロダクトをリリースすることも検討しましたが、貿易の知見が豊富な訳ではないことと、業界横断的に進める必要があることから、カーブアウトして複数の企業の資本を入れて事業開発していくこととなりました。
<経歴>
1988年4月:日本電信電話株式会社入社
2012年7月:第一金融事業本部クレジット・リースビジネスユニット第三統括部長
2013年3月:第一金融事業本部金融社会インフラビジネスユニット新日銀ネット統括部長
2014年6月:第一金融事業本部金融社会インフラ事業部長
2017年11月:金融事業推進部デジタル戦略推進部長
2018年7月:金融事業推進部ビジネス戦略部長
2020年4月:株式会社トレードワルツ設立とともに代表に就任
法人設立の前には、貿易コンソーシアムが前身として存在していらっしゃいますね。
はい、2017年8月に、NTTデータを事務局として、荷主や銀行、保険、物流といった、貿易業務に携わる日本企業計13社による「貿易コンソーシアム」が発足しました。NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)のプロジェクトへの参画を通した実証実験や、シンガポールやタイにおける実証実験、コンソーシアム外の企業も参加する試行運用などを通し、ブロックチェーン技術を活用した貿易情報連携プラットフォームを構築しました。2020年4月に、NTTデータが準備会社として株式会社トレードワルツを設立。コンソーシアム参画企業中7社が共同出資を行い、同年11月より事業を開始しました。その後、トレードワルツを事務局とした新「貿易コンソーシアム」を発足し、2022年8月時点で140社が加盟しています。
トレードワルツの代表に就任するか、NTTデータに残るかという二つの選択肢があったのではと思うのですがいかがでしょうか。
そうですね、NTTデータに残留した場合は、現職を継続するか、または関連子会社の役員などの選択肢があったと思います。ただし、関連子会社の役員となると、またシステム開発工程の一部を担当していくこととなるので、悩んだ結果、本事業を担当させてもらい、トレードワルツ社として法人化する際には代表就任をお受けすることを決めました。私にとって大きな挑戦ではありましたが、新しく組織をつくっていくことは面白くもありますし、やりがいを感じています。
プロダクトである、貿易プラットフォーム「TradeWaltz®」について簡単に教えてください。
「TradeWaltz®」は貿易に関わる事業者間で、一気通貫の情報共有を可能にするプラットフォームです。荷主や銀行、保険会社、物流会社、税関などの各社はシステム自体は保有していますが、業界間の情報連携は、いまだ紙やFAX、PDFでの送付や郵送といったやり取りが残っております。この状況に対し、「TradeWaltz®」と既存の各社システムをAPI連携することで、貿易データの送受や保管を電子的に可能にしています。さらに、ブロックチェーン技術の活用により、原本保証と不正改ざん防止が可能となり、電子帳簿保存法などにも対応。過去の実証結果から44〜60%の業務効率化が確認され、コスト削減や従事者の働き方多様化にも寄与しています。
起業して特に大変だったことをお伺いできますか。
まず、準備会社を設立するのが一苦労でした。筆頭株主であるNTTデータ以外にも6社からの出資が内定していたので、当初の資金繰りはさほど難航はしませんでしたが、登記手続きから株主間契約といった法的実務やバックオフィスが大変で、司法書士やコンサルティングファームにもお願いをしながら進めていきました。
資金調達においても、調達金額は集まっても調整が大変そうですね。
出資いただくための調整や交渉もなかなか大変でした。コロナ禍で新規投資を手控える企業が増える中、通常であれば競合にあたる企業同士も含め、横断的に共同出資をいただく形であったので、その調整に苦戦しました。プロダクトができてからでないと出資が見込めないのではという厳しい見解もありましたが、先行して出資いただける企業群が出てきてからはなんとか運営が回るようになりました。
現在は、株式会社エヌ・ティ・ティ・データ、豊田通商株式会社、東京大学協創プラットフォーム開発株式会社、三菱商事株式会社、株式会社TW Link(兼松JV)、東京海上日動火災保険株式会社、豊島株式会社、株式会社上組、株式会社フジトランスコーポレーション、三井倉庫ホールディングス株式会社、株式会社日新、株式会社三菱UFJ銀行、三菱倉庫株式会社、損害保険ジャパン株式会社の計14社に出資いただいています。
大手企業にいらしたころとはずいぶん違うご経験となりそうですね。
今が一番大変かもしれません。社員が100名くらいまで拡大してしまえば、あとは成長しても同じスキームを活用できそうですが、立ち上げが終わっても、未成熟な組織を40~50名前後のメンバーで回さなければならない今のフェーズは、やることが本当に多いです。2年も一緒に仕事をしていると、メンバー同士、良くも悪くも本音が出始めますしね。これを乗り切って大きく成長していきたいと思います。
大変なこともありますが、やはり覚悟を決めてトレードワルツの代表になってよかったというのが本音ですね。楽しいですし、やりがいを感じます。
兼業・副業者が多数在籍、多様な人材が面白さを求めて次々ジョイン
組織風土、採用について伺えますか。兼業・副業人材の採用を積極的にされていらっしゃいね。
現在は霞ヶ関のワークスタイリングにオフィスを構えています。リモートワークOKで、メンバーも多種多様です。出向社員や直接雇用社員、派遣社員のほか、兼業・副業社員として働くメンバーもおり、その数は全体の40%近くを占めます。
立ち上げ期からの中核メンバーは、そのほとんどが出資企業からの出向者や転籍者、あとはプロパー採用社員を加えた形で構成されています。SaaSとして成長していくためには豊富な経験やスキルを持つプロフェッショナル人材を日本中からさらに採用していかねばなりません。一方で、エース級の人材はすでに各社の重要なポジションで活躍していることが多いことから、兼業・副業という形でも募集していこうという方針になりました。
ポジションをオープンした初回で約500名、2回目で約200名にご応募いただきました。応募者は大きく3パターンに分類され、大手企業在籍の方、転職希望の方、日本初の事業で面白そうなのでまずは携わってみたいという貿易実務未経験の方。「本業が面白くないから」や「お金を稼ぎたいから」という方は少なく、ありがたいことに「事業が面白そうだから」という動機でご応募いただいている方が多いです。
現在はエンジニア採用に注力しています。社内のエンジニア人材を増やすことで、事業開発スピードの加速とチーム強化を一層図っていく予定です。
採用においてはミッション、ビジョン、バリューなどへの共感を求めることが多いかと思いますが、どういったものを掲げていらっしゃいますか。
トレードワルツが掲げる目標は、「アジアや世界の情報までスムーズに繋ぎ合わせる『世界のBtoB情報ハブ』へと進化し、データ駆動型の新しい貿易の在り姿を提案すること」ですが、その実現を支えるのが以下のミッション、ビジョン、バリューです。
ミッション
貿易の未来をつくる
ビジョン
全ての関係者に恩恵をもたらす、スムーズで、連携された、信頼できる世界の貿易の未来を共に創造する
バリュー
カスタマーサクセス:顧客と共に行動し成功に導く
本質主義:削ぎ落とし、研ぎ澄ます
多様性の尊重:様々な文化を取り入れ尊重する など
スタートアップらしく、MVVも自分たちで経営合宿をして決めました。ミッションはすっと決まりましたね。貿易経験の有無を問わず、すべてのメンバーが貿易の未来を変えるために日々取り組んでいます。面接時も、これらに共感いただけるかは必ず確認するようにしています。国内のデファクト・スタンダードになるだけではなく、クライアントにきちんと向き合ってサービスを提供したいという考えの方にジョインいただきたいと思っています。
広報戦略について伺えますか。
現在は「TradeWaltz®」の機能を順次実装している段階ということもあり、事業や収益が安定するまでは、日経新聞などの信用度の高い媒体での露出を重要視しています。また、弊社メンバーとつながりのあるメディアなどへも積極的にアプローチし、コストをかけ過ぎずに広報の効果が得られるよう意識しています。
イベントでも積極的に登壇しており、直近では日本経済新聞社主催の超DXサミットに出させていただきました。他にもICC(国際商業会議所)やAFACT(国連CEFACTアジア組織) といった国際機関主催のセミナーや日本海事センターといった公益財団法人、早稲田大学の学生向け講演など、多岐にわたる分野からお声がけをいただきながら露出を増やしています。
これまで特に効果が高かったのは日本経済新聞への掲載と、EXPOなどのイベント参加ですね。新聞掲載はやはり世間からの認知獲得に効果的ですし、掲載をきっかけとしたお問合せも多くいただきます。イベントでは、来場者との交流が営業活動につながっただけでなく、参加社同士での協業も生まれました。
政府との連携も必要になってきそうな事業内容ですが、ロビイング活動はされていらっしゃるのでしょうか。
貿易DXに向けて、ICCが定めるデジタル取引の世界統一ルールとして「URDTT( Uniform Rules for Digital Trade Transactions)」というものが発表されているのですが、弊社は日本側としてのドラフト確認に参加しています。また、河野大臣の号令により発足された、デジタル化に向けた法整備のための審議会があるのですが、弊社は唯一の民間企業として参加しています。その他、経済産業省の貿易分野デジタル化の在り方研究会、国土交通省の交通ソフトインフラ海外展開支援協議会など、政府関連の活動にも積極的に関与しております。
大学関連では先ほど言及した早稲田大学のほか、千葉大学やカンボジアのキリロム工科大学でも講演実績があります。出版関連においても、日本貿易会の会報や日本港湾協会の冊子など、貿易関連者の目に留まりやすい媒体での寄稿を中心に行っています。
グローバル展開を前提とされているかと思いますが、今後の国別戦略をお伺いできますか。
私たちが事業展開する貿易プラットフォーム市場にはすでに多くの国内外のプレーヤーが存在します。そうした中で弊社は、競合ではなく、プラットフォーム間の協業によるエコシステム形成を通して、グローバルで貿易の電子化を目指したいと考えております。航空会社のアライアンスと同じような発想です。実際に国内外の他社システムとの連携も進めており、国際物流システムシェア国内No.1のバイナル社「TOSSシリーズ」や、世界トップシェアの基幹システムSAPとの連携に向けた検討が始まっており、システム連携を通じて機能とユーザーの拡大を図っていきます。
初期の注力市場はもちろん日本。足元を固めるのが最優先です。まずは日本市場におけるユーザ獲得に注力し、貿易コンソーシアム参画企業やサービス利用企業を増やしたいですね。そして、産官学 ALL JAPANとして、「TradeWaltz®」を日本の貿易プラットフォームのデファクトスタンダードとして成長させ、貿易の未来をつくる会社にしていきたいと考えております。日本国内の貿易事業者は約13,000社。取引件数ベースでは、全体の60%をわずか400社の大手商社やメーカが行っています。今後5年間で対象企業シェア50%、取引シェア30%を目指していきたいと考えております。
次に狙う市場はASEAN(東南アジア諸国連合)です。すでに動いているものとしては、APEC(アジア太平洋経済協力)・ASEANのナショナルプロジェクトならびに経済産業省のインド太平洋サプライチェーン強靭化事業として、タイ、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランドとの貿易プラットフォーム5カ国連携プロジェクトです。中でも一番進んでいるのは、タイの貿易プラットフォーム「NDTP(National Digital Trade Platform)」とのシステム間連携の実証で、その成果は11月のAPEC2022首脳会議で発表予定です。
ベトナムやカンボジア、インドネシアなどでは市場調査とユーザー獲得の活動を始めているほか、今年9月には、トレードワルツ初の海外拠点としてシンガポールにAPAC駐在員事務所を設立いたしました。今後、アジアを中心に、各国にフランチャイズ展開をしたり、現地のプラットフォームと連携したりすることでユーザー数を伸ばし、10年後には約30億人の暮らしに貢献できるようなサービスに育てたいですね。
最後に、これからつくりたい世界観と、読者へ一言お願いいたします。
アジアを中心とした世界の貿易データを活用し、全体最適となる付加価値を生み出していきたいです。具体的には、SaaS上で信用情報を基に取引相手を探すことができる「商流マッチング」、ブロックチェーン上に記録した契約の配送・履行状況を確認する「物流トラッキング」、契約の履行状況を基にデジタル通貨で決済する「自動決済」など、データを活用した新しい貿易の産業モデルの構築を目指します。より最適化され、無駄が少ないスピーディーな貿易の仕組みをつくることで、地球環境にも優しい物流を実現したいです。そして、大企業のみならず中小企業など広域のプレイヤーを巻き込み、貿易・物流市場をさらに活性化する未来を目指します。
日本発で、BtoB版のAmazonのようなスケールの大きな事業づくりに挑戦したい方、これからの日本を背負うような仕事をしたい方、ぜひ弊社へご連絡いただければと思います。
注目記事
AIキャラクターが暮らす「第二の世界」は実現できるか。EuphoPia創業者・丹野海氏が目指す未来 Supported by HAKOBUNE
大義と急成長の両立。世界No.1のクライメートテックへ駆け上がるアスエネが創業4年半でシリーズCを達成し、最短で時価総額1兆円を目指す理由と成長戦略 Supported by アスエネ
日本のスタートアップ環境に本当に必要なものとは?スタートアップスタジオ協会・佐々木喜徳氏と考える
SmartHR、CFO交代の裏側を取材。スタートアップ経営層のサクセッションのポイントとは?
数々の挑戦と失敗を経てたどり着いた、腹を据えて向き合える事業ドメイン。メンテモ・若月佑樹氏の創業ストーリー
新着記事
AIキャラクターが暮らす「第二の世界」は実現できるか。EuphoPia創業者・丹野海氏が目指す未来 Supported by HAKOBUNE
防災テックスタートアップカンファレンス2024、注目の登壇者決定
大義と急成長の両立。世界No.1のクライメートテックへ駆け上がるアスエネが創業4年半でシリーズCを達成し、最短で時価総額1兆円を目指す理由と成長戦略 Supported by アスエネ
日本のスタートアップ環境に本当に必要なものとは?スタートアップスタジオ協会・佐々木喜徳氏と考える
Antler Cohort Programで急成長の5社が集結!日本初となる「Antler Japan DEMO DAY 2024」の模様をお届け