給食費に部活の会費。学校で渡される茶封筒。
キャッシュレスの時代が到来したとはいえ、まだまだ学校現場では小口現金のやりとりが残る。一方でこれに時間を割かれ、困っている教員や保護者もいる。
そんな負を解消しようと立ち上がったのが、Fintech SaaSのエンペイだ。
代表取締役CEO/Founderの森脇潤一(もりわき・じゅんいち)氏にお話を伺った。
リクルートでの事業経験を起業にも活かして
これまでのキャリアと起業のきっかけについてお伺いできますか。
広告会社のメディックス、博報堂DYで、営業職に従事していました。基本的にはクライアントの広告宣伝活動のサポートになるので、より主体的に仕事に臨みたい、自分の仕事が社会に貢献していると強く実感したいと考え、事業会社への転職を希望し、リクルートに転職。当時、リクルートが受験サプリ(現スタディサプリ)を推している時期で、その記事を読み「いい会社だな」と思いました。EdTechは収益化が難しいこともあり、パブリックセクターやNPO領域のプレイヤーが手掛けていることが多いのですが、営利事業として推進しているのも珍しいなと。リクルートでは、新規事業開発を7年半ほど担当し、社内新規事業コンテストのNew RINGでグランプリをいただき、外部売却まで経験させていただきました。スタートアップ経営と同等の経験をさせていただいたかなと思っています。ちなみにこの時のアイデアは、保育士の先生と保護者との連絡帳をSaaS化した「キッズリー」というもの。幸せな子育てを社会に広めたいという思いが込められていて、今もサービスは伸びていると聞いています。幼保業界に一石が投じられたのではという実感を得ることができ、さらに新たな挑戦をしたいと思うことができました。
起業を考えるにあたって、原体験はありましたか。
主に、子どもに関連する領域で社会貢献をしたいと思っています。私の家族は公務員で、父は転勤族でした。各地の社宅、いわゆる団地に住むことが多かったのですが、そこでは様々な家族が暮らしていました。塾に行けない、進学ができないといった負の側面を含めて、親の経済状況や職業といった家庭環境に子が大きく影響を受けるのだと、子どもながらに感じていました。子どもが背負わざるを得ない不公平を解消することはできないのだろうか、社会がこの格差を埋めてあげるべきなのではないだろうか、と思うようになりました。「未来ある若者が自分のやりたいことにチャレンジできる環境にしてあげたい」というモチベーションはこの原体験から来ています。
起業家になりたいというモチベーションがあったわけではなく、自分の幼少期や結婚してからの夫婦生活、子育てといった経験から社会課題を感じて、というのが大きかったです。最短で課題解決をするためには、自分で意思決定をして事業を推進するのが一番早いと考えて起業することにしました。
起業されてみて特に苦労されたことはありますか。
実は、今まで比較的順調だったと感じています。シード期のファイナンス時に投資家向け資料で書いた通りに進んでいて。私はこの領域への想いもありますし、リクルート時代から事業づくりに関わっている期間が長いこともあって、初期から解像度が高かったのかもしれません。事業は、社会課題解決先行で作ろうとすると喜んではもらえますが、マネタイズができないといった局面に当たることがよくあります。その点、私はリクルートでいくつも事業を作ってきていたので、売上を立てるための事業面での勘所は持てていました。未経験でスタートアップされる方よりもスムーズに事業を進められている理由はそこではないかと思います。
資金調達に関してはいかがでしたか。
2021年4月にシリーズAでDNX Ventures(以下DNX)をリード投資家として合計4億円を出資いただきました。たまたまでしたが良い出会いでした。DNXはシリーズAの調達時の初期にお会いさせていただいて、起業家に対するリスペクトを感じた上、BtoB事業への理解や造詣も深く、勝手ながら相思相愛的な調達だったと感じています。何十社も足を運び、やっと投資が決まったというスタートアップも少なくない中で本当に幸運であると思います。DNXとの出会いは、シードで入っていただいたVCの方にそろそろシリーズAを考えていると相談したところ、ご紹介いただいたことがきっかけです。元々存じ上げてはいましたが、話がトントンと決まっていきました。
2021年9月にはICCサミット KYOTO 2021「STARTUP CATAPULT」にも出場し、3位で入賞しました。実は私は人前に出るのがあまり好きではない方なのですが、ICCやX-Tech Innovationといったイベントへの出場で得られたものは大きかったと感じています。私たちの会社、事業、想いを自分が全面に出て伝えていくことで共感者、支援者が増えるということを改めて学びました。ここぞという時には機会を逃してはならないなと思うようになりました。再挑戦した2022年2月のICCサミット FUKUOKA 2022「SaaS RISING STAR CATAPULT」では、優勝することが出来ました。さらに多くの方々に弊社のことを知って頂けたのではないでしょうか。
組織風土や採用についてお伺いできますか。
ミッションは「やさしいフィンテックを〜テクノロジーの力で新しいお金の流れと社会をつくる〜」ことを目指しています。バリューは四つです。
- 目的に愚直に向き合う「Goal Oriental」 目的から逆算して考える。
- プロとしての成長を目指す「Self Growth」 プロとして進化し続ける。
- 信頼を大切にする「Relationship Design」丁寧に信頼を築く。
- 顧客・社会志向の「Customer Centered」顧客のために、社会のために。
いずれもエンペイを通じて個人が幸せになって欲しいという思いを込めています。基本的に、個人が成長すればそれに合わせて勝手に会社も成長していくと考えていますので、会社へ貢献してほしいということよりも前に、圧倒的に個の尊重を大切にしたいと思っています。そのためには信頼が必要ですが、信頼とは一朝一夕ではなく、日々の積み重ねによってできていくもの。しかも、それは自らが努力をして築いていくものです。社内外の信頼を自ら築き、利己的な意思決定に拠らずに本質的な目的に向き合っていく。そんな人に支えられる組織にしていけたらと思っています。月間MVP制度があり、このバリューにふさわしい人を選んで表彰もしているんですよ。
現在の従業員は30名程度。社会的な視点に立つと、ずっとここにとどまってほしいとは思っていなくて。自分がそうだったように、キャリアとはステップアップですから、そこで得られるものを得て新たなチャレンジがしたければ、次の場所へ旅立って行って社会に大きな価値を残せる人材になって欲しいと考えています。そうであれば、弊社にいる間に十分成長できるよう働きやすさやチャレンジできる場を提供したい。私自身が、博報堂やリクルートで場を与えてもらったことで成長ができたと感謝していることもあって、その恩返しをしていきたいという思いもあります。
グローバル展開についてはいかがですか。
具体的に調査を進めている国もあります。例えば東南アジアでは、実際にまだ集金を現金で行っている国々があります。今はまだ日本市場に向き合っている途中段階ではありますが、コロナ禍が改善したら、グローバル展開に向けて現地調査に行けたらと考えています。
社会を変える方法とは何かを模索し続けた
学生時代はどういった過ごし方をされていましたか。
社会を変える方法を模索する中で、社会への影響が大きい職業ということで、政治家とマスコミに関心がありました。国会議員秘書のインターンなどもやっていました。社会の実情と政策が乖離していることが多々ある中で、政策や法律はどのようなプロセスで作られるか知ろうと思ったのです。批判的、客観的に政治を眺めたくて、野党議員の事務所でインターンをしばらくしていました。また、並行して新聞社でのアルバイトを4年間やっていました。報道部での記者サポートの仕事で、データをとったり、過去記事をスクラップから抜いてきて送ったりといった業務でした。
インターンをしながら、マスコミなら問題提起を通して社会を変えていけるだろうと感じて、新聞記者になろうと思っていました。就活でもマスコミだけ受けていたのですが、ご縁がなかったのか最終面接がなぜかうまくいかず……。とはいえ、ライスワークは必要でしたから、内定をいただいていたメディックスに入社を決めました。入社して営業をやってみると、学生時代の体験とは違って評価が随分定量的だったりと、新鮮な感覚が面白くてビジネスへの関心が徐々に強まっていきました。今でも政治には非常に興味がありますが、今やっていることにしっかりと向き合いたいと考えています。ビジネス、事業で大きな社会課題解決ができることを証明したいと思います。
休日や空き時間は何をしてリフレッシュされていますか。
ジム、ランニング、登山ですかね。自分に向き合うことが好きです。スポーツというのは達成感を味わいやすいというのもあります。特に登山はビジネスにも似ていると思っていて。愚直に一歩一歩、歩いていればいつか登頂できて、達成できた喜びも感じられる。逆に、まだ踏破しないといけない道があるのだという下山時の絶望感もあります。一喜一憂せず常に平常心でいることの大切さを教えてくれます。メンタルトレーニングにはとても良いです。最近は5歳の息子も山に連れて行っています。
プレシード期からシード期のスタートアップへ一言お願いいたします。
「あまり人の意見を鵜呑みにしないほうがいい」ですかね。創業者の意思こそが、事業の全てです。外からアドバイスをするときは、どうしても他人事になってしまうので、そういうものだからというバイアスを持って聞いた方が良いかと。そもそも、そこで気持ちがぶれるくらいなら芯がないのと変わらない、という意気込みで臨むのが良いです。自分で決める事が重要です。
それから、自分の理解者を集めておくことをお勧めします。私はリクルート時代に、強いボードメンバーを作るのが一番大事だと感じたこともあり、起業した時も最初に経営メンバーを集めました。これはスタートアップならではの醍醐味でもあります。企業に所属しながらの新規事業ですと、さすがに人事異動にも限界がありますから、自分で人を選べないもどかしさがどうしても出てきます。自分で起業すれば自分で中核の人を選ぶことができますので、シリーズAまでは地道に口説いていきました。経営者は孤独であるとよく聞きますが、私は信頼できる仲間のおかげでそのように感じたことはあまりありません。
これから作りたい世界観、そして読者へのメッセージをいただけますか。
エンペイはミッションに掲げているように「やさしいフィンテック」で新しい価値を社会に創っていくスタートアップです。既存のプレイヤーの手が届かないところに向き合い、Fintechという分野で圧倒的に社会を変えていけると信じています。スタートアップの存在意義についてユーグレナの出雲さんが表現している言葉がとても印象に残っているのですが、「スタートアップとは、最も困難な場所で誰よりも早く小さな成功を作り出すこと」だと。つまり、そもそも大成功ではなく、誰かが確実に困っていることをまずスピーディに解決してみせることが求められているということです。そういうことを積み重ねた結果、社会が変わっていく。そんな流れをつくるためのプレイヤーなのだと思っていて、社会に気づきを与えていける存在でありたいです。そんな組織に身を置き、社会を変えていきたいという方のジョインをお待ちしています。
注目記事
AIキャラクターが暮らす「第二の世界」は実現できるか。EuphoPia創業者・丹野海氏が目指す未来 Supported by HAKOBUNE
大義と急成長の両立。世界No.1のクライメートテックへ駆け上がるアスエネが創業4年半でシリーズCを達成し、最短で時価総額1兆円を目指す理由と成長戦略 Supported by アスエネ
日本のスタートアップ環境に本当に必要なものとは?スタートアップスタジオ協会・佐々木喜徳氏と考える
SmartHR、CFO交代の裏側を取材。スタートアップ経営層のサクセッションのポイントとは?
数々の挑戦と失敗を経てたどり着いた、腹を据えて向き合える事業ドメイン。メンテモ・若月佑樹氏の創業ストーリー
新着記事
AIキャラクターが暮らす「第二の世界」は実現できるか。EuphoPia創業者・丹野海氏が目指す未来 Supported by HAKOBUNE
防災テックスタートアップカンファレンス2024、注目の登壇者決定
大義と急成長の両立。世界No.1のクライメートテックへ駆け上がるアスエネが創業4年半でシリーズCを達成し、最短で時価総額1兆円を目指す理由と成長戦略 Supported by アスエネ
日本のスタートアップ環境に本当に必要なものとは?スタートアップスタジオ協会・佐々木喜徳氏と考える
Antler Cohort Programで急成長の5社が集結!日本初となる「Antler Japan DEMO DAY 2024」の模様をお届け