住まいの困りごとをまとめて解決するサービス「iecon」。[いえ(ie)]の[コンディション(condition)]を[コントロール(control)]するという意味が込められた、家のメンテナンスを中心に住宅オーナーの不便の解消に特化した、バーティカルSaaS(業界・業種特化型SaaS)だ。
家を建て、住み続ける上で関わる事業者はディベロッパー・ハウスメーカー・工務店・リノベーション事業者・管理会社など多岐に及ぶ。住宅オーナーの必要に応じて事業者とのコミュニケーションが可能となり、住宅設備機器の不具合発生時の修理、交換、リフォームサービスなどを提供している。
同サービスを提供する株式会社CoLifeは、代表取締役社長の池内順平(いけうち・じゅんぺい)氏が三井不動産から飛び出す形で創業している。彼はなぜこの業界に飛び込み、改革したいと思ったのか。
大手ディベロッパーから、独立の道へ
これまでのキャリアと創業までの経緯をお伺いできますか。
早稲田大学大学院を卒業後、三井不動産に入社しました。私は、自分に確固たるやりたいことがあるというよりも、置かれた場所で活路を見出すタイプであると自己分析をしています。そのため、まずはトップの環境に入って自分を磨こうと考え、素晴らしい先輩との出会いを通じ、三井不動産への入社を決めました。ただ、最初の配属が経理部のような部署だったため、事業をできる部門への異動願を出すなど、当時は色々と思い通りにいかないと感じることもありました。その後、大規模な住宅開発や新会社の設立や、新規事業の立ち上げなどを経験する中で、三井不動産の物件の入居者向けにハウスクリーニングやリフォーム、機器交換といった家にまつわるサービスを展開するオーナークラブである「三井のすまいLOOP」の事業開発を手がけました。その中で、住宅メンテナンスの課題を多く感じ、家に関わる悩みを解決するためには、着工前から着工後までより広い範囲におけるサポートができるプラットフォームをつくりたいと考えるようになりました。
そのようなタイミングで宅配ボックス、郵便受け・換気口など多様な住宅パーツを製造している会社のオーナーから、新たな世界に通用する住宅プラットフォームを一緒につくろうというお話をいただき、それまで考えていた事業プランをもとに起業をしています。
起業直後、シリコンバレーに行き、アメリカでは中古住宅の流動性が高く、住宅メンテナンスを手掛けるSaaS企業への評価額が大きいことを知りました。家のセキュリティを遠隔操作するIoTを日本で事業化しようとライセンスまで取得したのですが、日本では、2015年時点ではIoTという言葉すら普及していませんでした。一方、IT技術と住宅メンテナンスの相性が非常に高いことが分かりました。そこで、住宅のメンテナンスをしっかりと行うことで住宅の価値そのものを向上させ、家のリフォームやリノベーションをしやすくするために、その分野のDXを推進しようと考えました。
起業をしたいといつ頃から考えていましたか。
起業が目的ではありませんでしたが、大学時代から考えていました。当時は住宅や建設ではなく、カーシェアリングの推進をしていました。日本で「スタートアップ」という言葉をまだ耳にすることがなかったような、2001年の頃です。日本ではまだカーシェアリングが普及していない中、産学共同で日本初の実証実験を行って、補助金をいただき事業を進めるところまで手がけていました。当時のアメリカではZipcarというスタートアップがカーシェア事業を推進しており、自分も起業して事業をしようかと検討をしましたが、まずは社会人経験を積もうと考えて就職をしました。
創業されてみていかがでしたか。
元々大手企業にいたため、リソースが限られるスタートアップという状況で、資金に限りがある中で次の戦略を練っていくのはなかなかつらいものがあり、大手で新規事業を立ち上げることとの違いを身を持って体感しました。
ただ、現在は弊社も少しずつ大きくなってきて、あの頃の経理部での経験や新規事業部での経験が生かせていると感じることが多々あります。大手での業務フローを経験できたことはとても貴重な機会であり、大変感謝しています。
資金調達についてお伺いできますか。
起業初期は、様々な業界で働く先輩たちに加え、大手企業も出資をしてくれました。大手ディベロッパーは魅力的な職業で、ものすごく離職率が低いのですが、そんな伝統的大手企業から独立する実績のない人間に出資をしてくれて、感謝しかありません。自己資本も入れて5,000万円が創業資金でした。2020年に次のラウンドを迎え、ここでは凸版印刷にご出資いただきました。直近のラウンドでは、人工知能の企業にも入っていただいています。資金調達もしていますが、弊社は1期目から黒字という状況をつくることができており、キャッシュフローが安定していることは強みであると考えています。
社内風土や採用方針についてお伺いできますか。
スタートアップでは、明日何があるかわかりません。砂漠でヘリコプターに乗り、どこにオアシスがあるかわからないような状況とも言えます。まずは「オアシスを探すのが面白そう」と砂漠に向かう心持ちのあるような、前向きな方が向いているかと思っています。また、昔の経験を度々持ち出してくる方はあまり向かないかなと。変化することを楽しんでいけるメンタルが必要とされますので。
弊社は、リファラル採用でコアメンバーを固めることができたのが大きかったです。仲が良いこともあり、離職率が低いのです。広告代理店やIT企業出身の人たちが集まってきてくれました。今年の夏以降は、コンサルティングファーム出身の高校の同級生がジョインしてくれる予定です。大手企業で働きながらも自分で手触り感のある事業をやりたいという方々が、去年の後半くらいからジョインしてくれることが増えてきました。また、公私共に仲良くさせていただいていた先輩から、親和性のある事業の譲渡を受けて、全国に支店を持てることとなりました。このように人との繋がりで事業を拡大していきつつ、プロフェッショナルの方々も徐々にお迎えできればと考えています。
グローバル展開の方針について教えてください。
私は左利きなのですが、右と言われると左と言いたくなる逆張りタイプでして(笑)。日本市場は衰退するという意見が多く聞かれる中で、私は、世界で最も早い速度で高齢化する成熟社会の環境の中で役立つことができるサービス(iecon)は、今後、必ず世界中で必要とされると考えております。先行して、東南アジアにも進出を考えていたのですが、ちょうど新型コロナウイルスの蔓延が始まってしまいました。アジアは建設ラッシュなので市場があると考えていますし、実際に、海外から事業提携のご相談等もいただいていますが「今はまず日本で」と、神様にストップをかけられているのだと思うことにしています。
海外人材の採用はまだしていませんが、ベトナムの企業と意見交換を行っています。不動産や建設というのは、実はカルチャーにものすごく影響を受ける業界なんです。例えば、日本では家の中では靴を脱ぐのが一般的ですが、他国は土足のままがほとんどですよね。家の中には各国や各地域の御作法が存在するのです。そのため、事業開発をするにあたっても、そういった文化を理解している前提であることが必要であり、開発能力以前にローカルの視点が求められます。もしカルチャーを無視したものを作ってしまい、クライアントの心象を損なうと、クレームにつながって信頼を失ってしまう。グローバル展開にあたっては、コスト削減やダイバーシティ以前に、我々はまずそこを慎重に取り組む必要があると考えています。
今後の事業展開については?
今後、金融商品と連携して、住宅の資産価値に良い影響を出せるサービスにしたいと思っています。日本では、戸建住宅は建設から20年経過すると建物の価値はほぼ0まで落ちてしまいますが、メンテナンスをすることで建物価値を維持できます。こういった不動産価格を指標とする金融商品との組み合わせが作れるのではないかと考えています。また、価格情報、オーナー情報、修理情報などをブロックチェーンのトークンなどに載せて流通させるモデルにも向いていると考えています。不動産業界はアナログなフローが多く残存していますが、新型コロナウイルスの感染拡大に伴いデジタル対応が急務になったことで実はオファーが殺到しました。特に管理会社の入らない一戸建てのオーナー様からの問い合わせが増えました。一戸建ては需要の割に手がける事業者が少なく、市場としてもまだまだ拡大すると感じています。
岡山から東京へ、スタートアップから上場企業へ
学生時代のことをお伺いできますか。
私は岡山県の出身で、公立の小中学校に通っていたのですが、当時は優等生が沢山いるという学校とは真逆の環境の中にいたので、早くビジネスの中心である東京に上京し、次世代に何かを残せるような人間になりたいと考えていました。一方で、あの頃周囲にいた皆は、若く、気が強く、熱量がものすごく高くて。起業してからさまざまな人に出会いますが、今でもあんなに行動力のある人たちはいないなと思うほど、強烈な思い出であり自分のコアの一つです。高校は進学校に進み、日本経済の中心は東京だと考えて早稲田大学の理工学部に入学しました。同大学の大学院で建設工学修士を取得し、論文はCO2排出をテーマにして賞をいただいたこともあります。部活はサッカー部だったのですが、大学生時代の途中からカーシェアビジネスに情熱が切り替わっていきましたね。元々、手を動かしたいタイプで、デスクリサーチで済ませずに補助金をもらってカーシェア事業を前に進めるところまで手がけていた時は自身にとっての転換期で「一人では何もできない、誰もが人と接して人と一緒に仕事をしているのだ」と気付けたことが大きかったです。就職活動では、商社などいろいろとOB訪問をさせていただき、行きたいと考えていた企業の中で一番に内定をいただいたのが三井不動産でした。三井不動産への入社後も、商材は建物であっても、私の仕事相手は常に人間だと思っていました。起業してieconを立ち上げた時も採用をいただくには知名度がなく、苦労をしながら数多くの企業を訪問しましたが、前職の時に大手企業を複数巻き込んでプロジェクトをやっていたことと同じ感覚です。いる場所も、やっていることも違えど、人とともに何かを進めるというやり方自体は変わらないです。
プレシードからシード期のベンチャーへのメッセージをいただけますか。
成功者になるためには、成功者と一緒にいること、環境が重要だとよく教えられます。私は起業したのが36歳とやや遅めであった分、若手で起業される方々とは少し異なる層の方々に可愛がっていただき、視野を広げることにとても寄与していると感じています。特に、出資企業でもあるナスタ代表の笹川さん、フルタイムシステム代表の原さんにはお世話になっていて、兄のような存在だと思っています。彼らには、どんな悩みをぶつけてみても大丈夫である、と思わせてもらえるのがとても頼もしくて。厳しいことを言われることもありますが、笹川さんはロジカル、原さんはセンスと、相談相手のバランスが良いのもありがたかったですね。頼もしい背中でもあり、目指したい壁でもあります。
そういえば、私はなぜか仲の良い先輩が、4歳上の世代に集中しています。実の兄も4歳上ですし、弊社のパートナーにもその世代が多いです。サラリーマン時代に呼んでいただいた経営者の集まりにいらした、格闘技の世界チャンピオンであるアスリートの先輩もそうでしたね。どれくらい現役時代にトレーニングしたか、どれくらい自分の思いを行動に移したかというメンタルのお話は今でも心に響き、関係が続いています。良い先輩との出会いを、ぜひ大事にしてください。
最後に読者へ一言お願いいたします。
誰もが、世間から注目される「かっこいい事業」に飛びつきたいと思うものです。しかし、誰もがやるべきなのに目を逸らす、泥臭くてやりたくないもの、そこに市場がある、と私は思っています。困っている人がいる市場には先行プレイヤーが存在し、海外では高い時価総額がついていることもあります。Amazonだって、倉庫に商品を貯めておいて、管理して、確実に早く荷物を届けるなんて、面倒臭くて誰もやりたくない事業だったはずなんです。しかし、それがいまやモンスターファームになっています。
上場については、規模が大きくなってきたこともあり、場が熟し、責任を果たすために臨みたいと考えています。上場なんてつらいことしかない。そんなことは分かっていますが、期待をしていただいているならばそれに応えたい。ここ数年でさらに飛躍していければと思っています。私たちの仲間になってくださる方をぜひお待ちしています。
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