「エッジコンピューティングで顧客の利益を最大化させる」
近年さまざまな媒体で引っ張りだこの起業家がいる。女性起業家としてハードワークする大田和響子(おおたわ・きょうこ)氏である。
素敵な笑顔と力強い言葉で周囲の人を巻き込みながら、技術力で世界に向けて勝負するラトナ株式会社CEOの大田和氏に話を伺った。
週末勉強会から生まれたエッジコンピューティングのアイデア
ラトナは、エッジコンピューティングと呼ばれる技術を強みにしていますよね。あまり聞きなれない単語だと思うのですが、改めて事業概要を教えてください。
エッジコンピューティングとは分散コンピューティングの一種で、デバイスの近くに設置したサーバーでさまざまなデータ処理を行う技術です。クラウドコンピューティングへの負荷を分散させたり、IoTデバイスのレイテンシ(通信遅延)を削減してリアルタイム性を確保したりするための技術として近年注目されています。
ラトナは、オープンソースプラットフォームであるKubernetes(クバネティス)のコンテナオーケストレーション技術を活用し、エッジコンピューティング環境での開発や運用を行うことを特長としています。具体的には、多種多様な企業と一緒に、検品自動システムやエッジ顔認証、交通渋滞の検知や人物、物体の動きの検知などを開発、実装することに取り組んでいます。
ラトナの事業アイデアはどのように思いついたのでしょうか?
私の前職はコンサルなのですが、コンサルタント時代に自主的に取り組んでいた週末勉強会がきっかけです。当時、コンサルタントとしてお客さんに最適なソリューションを提供するには、世界中の先端技術について詳しい知識を持っていることが大事だと感じていました。そこで、コンサルだけでなく、外銀やIT企業に所属するメンバーも集めて、AIやブロックチェーン、IoT、ビッグデータ、さまざまなX-Tech(クロステック)をはじめとする技術についての勉強会を立ち上げました。活動は長く続いていたのですが、1年半程開催すると惰性的になってきたので、この活動で得た知見から自分でビジネスを立ち上げようと思い起業しました。その週末勉強会のチーム名がラトナだったので、そのまま社名になっています。
ハードなコンサルの業務と並行して週末勉強会を立ち上げる行動力がすごいですね。当時の勉強会メンバーで今のラトナの社員として残っている方はいますか?
当時の勉強会のメンバー複数人でラトナを立ち上げているのですが、ラトナの技術を最前線で引っ張ってくれているCTOや技術顧問もそのうちのメンバーです。
創業して一番きつかった時期を教えてください。
やはりシード期です。シード期の時はまだコンサル企業に籍がありましたので、いわゆる週末起業家でした。当時は、朝から本業の仕事をこなし、本業のお昼休みの11:30になったらすぐにラトナの仕事をやり、1時間後にコンサルの仕事に戻っていました。
当時はとても楽しくやっていましたが、今思うときつかったのかなと思います。
起業家を知ったLAでのインターン
大田和さんのもっとパーソナルな部分をお伺いしたいです。週末は経営者としてどのように気分転換していますか?
私は、趣味がないと気分転換できないような性格ではないため、ベタですが、美味しいものを食べるとか、素敵なホテルや旅館でワーケーションすると、幸福感が増します。最近だと、妹と一緒に食べにいったフレンチがすごく美味しかったですね。
行動力に溢れる大田和さんですが、学生時代からアクティブに活動されていたのでしょうか?
キャラは今と同じような感じですね。高校生まではバスケに打ちこみ、大学生になると狂ったように海外旅行に行っていました。ただ大学2年生までは、母のような素敵な専業主婦になるのが夢でした。
専業主婦ですか!今と真逆ですね(笑)。
そうなんです。それが明確に変わったのが、大学2年生の時のロサンゼルスでの海外インターンです。何回も海外旅行する中で、旅行とは違った形で海外にいきたいと思い参加しました。実際に働いたのは、社員が2〜3名のベンチャー企業ですごく良い環境でした。当時のポーランド人の上司と色々な商談に同行しましたが、女性起業家に会う機会も多かったです。その中で「女性起業家ってかっこいい!」と思い、起業家としての人生に興味を持ちました。当時は上司とも「あなたは、グローバルに働ける人材になるのが向いているんじゃない?」などと雑談していましたが、今思うとまさにあのインターンこそが自分の中で大きなターニングポイントでした。
素敵な体験ですね。インターンから帰国して大学生活に変化はありましたか?
はい、インターン終了時点で「いつか起業したい」と思っていたので、さまざまな経営者と会い情報を集めていました。この時期にお会いした方とは今でも交流がある方が多いですよ。
ファンドの心を掴んだリファレンスインタビュー
ラトナは複数回の資金調達を発表していますが、資金調達において難しかった部分を教えてください。
ラトナはtoBのスタートアップなので、ここからどの程度事業がスケール(成長)するかを可視化させることが難しいです。実際、技術ドリブンで成長するディープテックスタートアップの場合は、ある程度正確なスケーリングの見通しができるようになるのは事業が成熟期に入った頃になると考えています。いわゆる、ARR(年間経常収益)やMAU(月間アクティブユーザー数)の目標値などで測れない業界です。
ラトナのビジネスモデルの構造は、コンサルやSIerなど、労働集約型だと言われる事業に近いですし、ラトナの事業の今後の成長性を投資家の方に理解頂くのが難しかったです。
具体的にどのように理解してもらったのでしょうか?
まずは技術の価値をしっかり伝えるのが最初でした。加えて、ラトナは事業を単発で開発している訳ではなく、プラットフォーム化を目指していることをしっかり伝えました。開発したソースコード等のリソースは全て自社で所有していますし、予め幅広く柔軟に使えるマイクロサービスアーキテクチャにしています。そのソースコードを複数の分野で活用していきます。つまりラトナの顧客が増えれば増えるほど開発原価が下がっていくので、一見コンサルやSIerのような形のビジネスモデルではありますが、スケールメリットの得られるプロダクトを持っているということをお伝えするようにしています。
最近だと、一年程前にシリーズAの資金調達を発表されていますが、調達に至った経緯を教えてください。
ラトナのシリーズA資金調達は、スパークス・グループ株式会社が運営する未来創生2号ファンド、ソフトバンク、マネックスベンチャーズをはじめとして計7社の投資家に参画していただきました。
編集部メモ
ラトナは、2021年1月に3.8億円・2021年3月に1.5億円・2021年8月(金額非公開)と、シリーズAの資金調達を3回実施している。
具体的に、投資家からはどのような部分を評価されたのでしょうか?
もちろん特許出願済みのラトナの技術、ユースケースとして技術が採用されている点を評価頂きましたが、特徴的なのは、リファレンスインタビューだと思います。
リファレンスインタビューとは、ラトナの取引先やパートナー企業にラトナの評価を詳細にヒアリングするものです。toCスタートアップの場合はアクティブユーザー数、ARRなどで成長度合いを数値化させやすいですが、toBスタートアップの場合はそのような数値化が難しいことが多いです。1案件決まると数百万円、時には数億円のように受注金額にばらつきがあるからです。
そこで、取引先企業からのリファレンスインタビューの実施がDD(デューデリジェンス)の過程でありました。実際、取引先やパートナーとなっている企業から第三者目線でリファレンスインタビューへご協力いただき、とてもありがたかったです。
リファレンスインタビューの内容だけでなく、取引先企業に快く協力してもらえること、リファレンスインタビューを依頼できる関係性自体も大事だと考えています。
リファレンスインタビューで投資家の心をつかんだとは、まさにラトナさんが顧客にとって価値のあることを提供している何よりの証ですね。では、次回の資金調達までにクリアすべき壁について教えてください。
やはりトラクションです。先端技術を開発して提供するディープテックスタートアップにとって、研究開発やPoCから抜ける部分が、非常に難しいのですが、事業ポートフォリオの広げ方が鍵になると考えています。
私が常に発言していることですが、エッジコンピューティングの開発は、品質を向上させ使い勝手をよくするために、もっと時間と資金が必要です。妥協したくないコア技術なので、赤字を出してでも積極的な投資を進めていきたいと考えています。しかしエッジコンピューティングの開発単品だけでは、トラクションが思うように立たないので、エッジコンピューティングを導入する前段階でのコンサルティングでの支援や研修を行う部分なども事業の一つとしています。
京都の老舗綿布商である永楽屋と製造物流領域のDXで協業を開始させたのも、この事業ポートフォリオ拡大戦略の一つです。
スタートアップ採用の活路は学生インターン
昨今のスタートアップの共通の課題は採用だと思いますが、ラトナさんはいかがですか?
ラトナは、人材採用には創業以来ずっと苦労してきました。実は、以前エンジニアがごっそり離職したことがあるのです。
ラトナは今までにない新しい技術で勝負するスタートアップです。それもあり、ハイキャリア人材を採用してもどうしても技術の部分で既成概念にとらわれて、勢いについていけなくなる人がいます。成長速度が重要なスタートアップにおいて、既存メンバーと同じスピード感、質感で技術の知識を吸収していかないと、いいチームを構築できません。
その中で一つ成功している人材採用モデルが、学生インターンの採用です。
近年はスタートアップでのインターンを希望する学生も多いですよね。学生インターンがラトナでうまくはまった理由はどこにあるのでしょうか。
学生の場合、経験が少ないからこそ新しい技術への拒絶感はあまり大きくありません。学生インターン生にとって、ラトナの技術を柔軟に受け入れることは簡単で、もっと言えば、私とも大きくは年齢が離れていないこともあって、「追いつけ追い越せ大田和さん」の思いがあるのではないかと感じます。私も日々刺激をもらいますし、業務を学生インターン生に思い切って任せていることも多くあります。
スタートアップの成長に伴い、組織構成の形も変わっていくでしょうが、今のラトナは私が下の年齢の人を引っ張っていくスタイルが合っていそうです。
日本のスタートアップエコシステムの鍵は”出口戦略”
ラトナが特に恩恵を受けたイベントやプログラムがあれば教えてください。
東京都が主催しているアクセラレータプログラムであるAPT Womenがとてもよかったです。採択されると更に選考でシンガポールかニューヨーク派遣があることに魅力を感じて応募しました。(新型コロナウイルス感染予防の観点から、現地派遣を中止しています。)元々、LAでインターンをしたときから、日本のみならず、グローバルで活躍することを目的としているため、早いうちに一度視察としていける機会が欲しかったのです。
具体的にはどのような部分が良かったのでしょう
プログラムの同期生と2週間シンガポールで共通のプログラムを受けながら各自現地アポイントを取って活動し、同じホテルで生活する中で共に過ごす時間が多く、良き仲間となれたことです。普段いろいろな方と出会いますが、互いに尊敬できて、さまざまな相談が気軽にできる仲間に出会うことは意外に難しいです。そのような仲間に出会えたことが一番良かったです。
日本のスタートアップエコシステムをより良くするために思っていることがあれば教えてください。
一昔前と比較すると、起業するハードルは年々下がっていると思います。しかし、例えば日本からユニコーン企業(創業10年以内で10億ドル以上の起業価値がある未上場企業)を輩出する環境はまだ整っていないと言われますよね。ユニコーン企業を輩出するには、具体的に、既存スタートアップをしっかり成長させてExitまで到達できる出口戦略が鍵です。
スタートアップの入口の支援と出口の支援は内容が全く違います。スタートアップの出口戦略が整うと、世界を代表するユニコーン企業のようなスタートアップが多数日本から生まれると期待しています。もちろん規模だけではないですが「社会的に必要な企業」「日本のGDPを押し上げるアクセルとなる企業」などにすることも、出口の支援だと思います。
最後に、ラトナで描きたいビジョンを教えてください。
私個人の野望として、伝統的な産業をアップデートしたり現在下火な業界を復活させたりすることなど、Before/Afterでインパクトのあることが大事という思いがあります。私が新卒で入社した企業で配属されたのが法人営業だったこともあり、目の前に顧客がいてこその企業だということが常に頭にあるため、顧客に寄り添うことが大好きなのです。
顧客にとって、”利益を最大化させる手段としてラトナを選んでいただく”
そんな世界を実現するために、日々成長していきたいと思っています。
ありがとうございました!
編集部コメント
限られた時間のインタビューだったが、編集部が大田和氏の魅力を感じるには十分すぎる時間であった。
コンサルタント時代に勉強会を立ち上げたことをさらっと仰っていたが、常識的に考えると凄まじい巻き込み力である。
出会った人をファンにさせる”人たらし”な女性起業家が見つめる視線の先には、どんな未来が待っているのだろうか。
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