「『共感』で声を響かせる」
スマートスピーカーが日常的になった昨今、一線を画する音声プロダクトを展開するスタートアップがPoeticsである。人間の声から感情を解析し様々な場面でのコミュニケーションの生産性向上を目指している株式会社Poetics Co-CEOの山崎 はずむ氏に話を伺った。
オンラインMTGが当たり前になったことが事業を後押し
改めて、Poeticsさんの事業内容を教えてください。
音声から人の感情解析を行うAIを開発しているスタートアップです。具体的には、音声データから、声のスピードや抑揚の特徴量を抽出して感情を推定するアルゴリズムを開発しています。そのアルゴリズムを活用することで、会議で話しているスピードが適切かどうかや、特定の人の話している割合がどう変化しているかが可視化されます。
「音声から人の感情解析を行うAI」の事業アイデアに至った背景を教えてください。
弊社は実は、首都圏にクリニックモールや多診療クリニックを展開しているスマートメディカルという医療ヘルスケア企業からのカーブアウトで誕生したスタートアップです。Empath(現・Poetics)の母体はスマートメディカルのICTセクションでして、何かの技術で心療内科の業務に貢献できないか試行錯誤していました。実は研究領域では1970年代の時点で、音声から人の感情を解析するというテーマで論文が発表されており、我々も独自に研究開発を行ってきました。そこから、非接触で感情を推定することができればメンタルヘルスの観点で価値提供ができるのでは、という着想から現在のプロダクト開発につながっています。
カーブアウトに至ったきっかけはありますか?
外部投資家から「出資したい」とお声がけいただくことが増えてきたことが一番の理由です。当時はボイスアシスタントを搭載したスマートスピーカーが市場で流通し始めた黎明期で、従来の音声認識とは違った技術を保有している点にとても期待いただいていました。我々も、医療モールの経営と音声解析技術の研究やプロダクト開発を並行して進めることの現実性を考慮し、切り離すべきだと意思決定しました。我々の技術はすでにコールセンターなどからお声がけをいただいているフェーズでもあり、投資家の皆様からの期待と我々の意思決定でカーブアウトさせたのが、2017年の10月です。
2022年3月に発表されたAI搭載SaaS「JamRoll」について教えてください。
カーブアウト直後は、大企業のサービスの中に導入いただくアルゴリズムを開発していました。例えば、コールセンターの中で顧客満足度やクレーム検知をしたり、メンタルヘルスケアのアプリケーションの一つの機能としてご活用いただいていました。いわゆる、パーツ屋としての側面が強かったです。
現在は、「JamRoll」と呼ばれるAI SaaSを展開しています。今年の3月にリリースしたJamRollはAI書記がオンライン会議を自動で録画・文字おこし・整理する動画プラットフォームです。ただの書き起こしのみにとどまらず、誰がいつ画面共有してどのような資料が展開されたか、会議参加者のメンタル測定も可能なSaaSです。JamRollを活用することで、リモートで働いてる社員のメンタルヘルスのスコアも容易に測定可能です。現在は、オンライン商談の解析や、採用面談の解析、社内会議の記録コスト削減という部分で顧客の皆様に価値を感じていただいています。
音声感情解析のアルゴリズムの解析から、JamRollのようなAI SaaS提供に舵を切った背景を教えてください。
音声による感情解析をパーツとして開発する中で、企業によって解決したい課題が大きく違うことを痛感していました。コールセンターでの導入の場合は、クレーム検知や離職率の測定が課題であり、施設内ロボットの場合は見守り機能に課題があるといったような形です。様々な企業の課題を解決するためには、サブスクリプション型のSaaSプロダクトを提供していく必要があるというのは、カーブアウト直後から想定していました。
我々にとっての転機は、新型コロナウイルスによる働き方の変化でした。というのも、感染症の流行以前はビジネスにおける生のコミュニケーションデータ、特に実際の会話という音声データを取得することは非常に難しく、基本的にはコールセンターにおける通話データなど、非常に限られた場面でしか学習データを収集できませんでした。
しかし、2020年以降は働き方が大きく変化し、オンラインでMTGをして録画するという行為が加速度的に広がりました。我々のような音声テックの企業に関していうと、非常にチャンスが広がりました。このインタビューもZoom録画をしていますが、 インタビューも商談も採用面談も社内会議も、あらゆるビジネスコミュニケーションデータが容易に手に入る。この学習データを活用し、データのサプライチェーンをプロダクトとしてリリースする第一弾が、JamRollでした。今後、人間の実際のコミュニケーションデータを基に、 各ビジネスパーソンが、一人一台「ビジネスサポートエージェント」のようなAI搭載プロダクトを所有する未来を弊社は見据えています。
一部はオフラインに戻るとしても、オンラインを主体とした働き方は不可逆です。その点に目を付け、データのサプライチェーンに留まらず、オンラインのコミュニケーションで現在発生している課題を横断的に解決できるプロダクトをつくりたいと考え、新規事業開発に舵を切りました。
働き方の変化に目を付けてプロダクト開発で大きな舵を切ったのですね。創業してから大変だったことを教えてください。
創業直後は市場も良く安定的に成長できていました。しかし、企業の誕生がカーブアウトであったという背景もあり、新規事業開発に舵を切って1年程度経過したころに、企業として目指すミッションや世界観が、非常に曖昧になりました。具体的には、「何の目的のためにスタートアップとして挑戦しているのか」というコアな部分です。結果として、初めてメンバーの離職を経験したのも同じ時期です。2020〜2021年は、自分たちの目指す方向性を再定義することに時間を割き、必要なフェーズと理解しつつも苦しい時期でした。
その苦しい時期には、具体的にどのようなことに取り組んでいましたか?
具体的には、企業としてのミッションとクレドを再定義しました。そこから具体的なアクションプランや行動規範まで落とし込み、社員全員が同じ世界を目指す体制づくりに取り組みました。併せて、プロダクトのブランディングやHPの刷新といった対外的な発信についても徹底的に見直しを実施。そういった時期を乗り越えたからこそ、中長期的に目指す世界の解像度が高くなった今は社員数も増え、一度離れたメンバーの復帰も経験しました。今は非常に良い循環が起こっています。
スタートアップの創業者で結成されたバンド活動に全力投球
週末はどのように過ごしてリフレッシュされていますか?
休みの日は、スタートアップの創業者のみで結成したバンド活動に取り組んでいます。この活動はもう4年くらい継続していて私はギターを担当しています。
バンド活動は楽しそうですね!ライブなども積極的に実施しているのでしょうか。
ライブ活動も作曲活動も精力的に行っています。個人的には、真面目に遊ぶということがとても大事だと考えています。ゆったり休んで脳を休ませることも大事だと思いますが、全く異なるプロジェクトを真剣にかつ継続的にやることが脳の切り替えになっています。バンドも会社のように成長していきます。経営者という生き方は、完全にビジネスの情報を遮断することはやはり難しく、楽器を触るという行為で脳を切り替えてリフレッシュしています。
また、バンドメンバー全員が創業者でEXIT経験者もいるので、事業の相談もできます。頭の切り替えもできて、事業の相談にも乗ってもらえるという本当にありがたいコミュニティ活動だと思っています。
学生時代から起業家として生きることを考えていましたか?
学生時代は、音楽と研究しかしていません。人文学系で博士課程まで進学し、民間企業で働くことは全く想定しておらず研究者になろうと考えていました。しかし、人文学系で博士号を取得し研究者として独り立ちするにはかなり長い年月を要しますし、激しい競争を勝ち抜く必要もあります。そんな中でご縁があり、大学に籍を置いたままスタートアップに参画することになりました。
最初は、研究と事業とどちらを選ぶのか悩んでいました。しかし、AIの領域では、人文学の研究が活用できる部分が少なくないです。スタートアップに関わりながら、自分の研究バックグラウンドがあるからこそAI事業に貢献できるのではないか。そして、それが自らのオリジナリティにつながるのではないかと考えがまとまり、2018年あたりから自らの意思を決めてスタートアップに挑戦しています。
共同代表制を採用し、盤石な組織へ
現在、スタートアップの採用でどのような課題がありますか?
弊社はまだ組織は大きくなく、業務委託メンバーを含めても35名程度です。これまでに採用したメンバーはほぼ全員自分が面接をしています。ですので今は課題はないのですが、将来的に挑戦が必要な部分はあります。
今後はHR部門の立ち上げを予定しており、代表以外の人間が面接を担当する場面が増えていきます。その際どの社員が採用候補者と会っても、Poeticsのミッションやミッションに基づく行動規範について納得がいく形で、採用候補者にお伝えできるかがとても大事になると思います。Poeticsが描くカルチャーフィットとはこういうことだよね、という視座を常に合わせられるかということが大事になります。スタートアップの採用ですから、言葉にしっかり体重を乗せて、採用候補者の方とお話ができることを目指していきたいのです。ありがたいことに、転職先としてご興味を持っていただけることは多く、 今後は、採用を進める中での社内での文化形成とその体現が重要になってくると考えています。
2021年1月に、山崎様がCo-CEO(共同代表)に就任されています。共同代表を採用することで組織面で一番変わった点を教えてください。
一番変わった点は役割分担ですね。下地は、ビジネスオペレーション全般の遂行であったり、大手の企業様としっかり戦略を策定していく部分が非常に長けています。一方で私の強みは、中長期の視点を構想しその構想から次の事業の核となる最初の一手をつくりこんでいく部分です。こういった役割分担ができることにより、今まで下地に集中していた負荷が分散できました。
私自身も、元々の経験を生かして、ミッションから逸脱しない新規事業の方向性策定に時間を使えるようになりました。結果として採用が進んだりプロダクト開発のスピードが速まったりしているので、組織としてより頑強になったと考えています。
スタートアップの当たり前に問いを投げかける
過去に恩恵を受けたイベントやプログラムがあれば教えてください。
Googleが展開しているプログラムである「Google Launchpad Accelerator Tokyo」はとても役に立ちました。海外のメンターからのフィードバックは日本国内では中々得られない視点ですので、事業開発のブラッシュアップに活用しました。その他ですと、海外のピッチコンテストへの出場経験は度胸もつきますし、様々な方とつながる点で非常に役立ちました。私たちは賞もいただけたのですが、受賞の効果そのものよりも、ピッチコンテストで得たネットワークの方がチームの資産となっています。
AIスタートアップは、国内外で多数誕生しています。レッドオーシャン市場の中で勝ち残っていくために必要な観点はどのようなものでしょうか。
相反するのですが2点あります。1点目は、堅実に事業実績のトップラインを伸ばしていくことです。国内外で多数のプレイヤーがいる環境ですので、数字を追いかけることは外せません。
2点目が、自分たちが掲げるミッションや行動規範に沿う機能の追加やプロダクトのアップデートをすることです。足元のトップラインを上げるために機能を追加したりラインナップを拡充させると、いつの間にか軸がぶれて、結果的にクライアントのニーズを見失うことになる場合もあります。足元をしっかり見た盤石な成長を追いかけつつも、自分たちがこれからどんな世界をつくりにいくのかという長期の視点を忘れないことが重要です。そしてそのためには、企業の規模感や知名度が変化しても、しっかり学び続ける姿勢を忘れないことが大事です。だからこそ、Poeticsの行動規範では以下の5点を掲げています。
- 学び続けよう
- 対話を続けよう
- 偶然性を認めて走ろう
- 未来から現在を照らそう
- 仲間を作ろう
最後に、日本のスタートアップエコシステムに対して感じていることを教えてください。
以前よりも、スタートアップの事業開発や組織構築、資金調達などに関する情報がどんどんオープンになっています。間違いなくスタートアップを取り巻く環境は向上しています。
しかし、逆説的に言えば、スタートアップの定説的な情報が成熟し、同時に古くなってきているともいえます。私は「スタートアップは○○だから」という論調は最終的には思考停止を引き起こすと思っています。アメリカから上陸した「The Model」の導入で良いのか、既存のSaaSのメトリクスの導入でいいのか。スタートアップエコシステムが成熟してきているからこそ、自らの脳を使って思考し尽くすことがより一層必要になります。
さらに、もっと踏み込めば、株式会社という形態で世の中の課題解決に挑むことすら古くなる可能性があります。いわゆるスタートアップという概念だけに縛られると、実は足をすくわれかねない。我々も今はたまたま株式会社というシステムを採用し、世の中からはスタートアップと呼ばれる形態であるだけです。スタートアップの枠に無理やり当てはめようとすると、視野が狭まり、セオリー通りにやっても今までのようにはうまく物事が運ばない世界がもうすぐそこまで来ている。だからこそ、スタートアップエコシステムの中にいながらも、そこと異なるエコシステムにもアンテナを張るような、俯瞰した視点がスタートアップの成長には大事です。
Poeticsは、JamRollというプロダクトをしっかり成長させて数字を押し上げながらも、そういった中長期の視点からも逃げない挑戦をしていきます。共感いただける方とはぜひお話したいと思っています!
ありがとうございました!
編集部コメント
人文学系の研究者というバックグラウンドを持つ山崎氏の言葉は、超長期的視点を持っていた。あくまでもスタートアップとは世の中に価値を創出する一つの手段でしかないというスタンスで、人間の声の解析を通じたプロダクト開発に挑み続けるPoeticsの今後から目が離せない。
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