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SmartHR、CFO交代の裏側を取材。スタートアップ経営層のサクセッションのポイントとは?

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昨今、国内企業において「経営のサクセッション」に注目が集まっている。

後継者育成も一つの責務とされ、綿密な計画を立てながら経営のプロフェッショナル人材を育てることが当たり前となっている欧米と違って、日本は経営に携わる人材をどのように発見し、育てていくべきなのか、まだまだ手探りで試行錯誤を繰り返しているという企業も多いように思う。特にスタートアップでは、経営層の交代を初めて経験するパターンがほとんど。他社の交代事例には大いに関心があるというCxO陣も多いのではないだろうか。

そこで今回、2023年10月1日付でCFOの交代を行ったSmartHRを取材。元CFOの玉木 諒(たまき・りょう)氏と森 雄志(もり・ゆうじ)氏に、CFO交代の裏側やCxO交代時に意識すべきポイントなどをたっぷりと語っていただいた。

1年半前から後任に打診、準備を進めたCFO交代の裏側とは

まず、今回のCFO交代の所感を伺いたいです。交代はスムーズに実現できたと思いますか?

玉木 諒(以下、玉木)僕と森さんでは少し視点が違うと思うのですが、僕の場合は、うまくやれたのではないかと感じています。とはいえ、1回しか経験していないことなので、比較対象がないのですけれど……。

森雄 志(以下、森):僕も同じく1回しか経験していないので、正確な比較はできませんが、それでも今回のCFO交代はうまくやれたほうだと思います。

そう感じた理由も教えてください。

玉木交代にかなりの時間をかけられたことが大きいですね。

:そうですね。実際の交代は2023年10月1日付でしたが、2022年の春には、私が次のCFOに指名される可能性があるとの話をもらっていました。

玉木:そこから少しずつ、森さんにCFOの業務を巻き取ってもらっていたので、結果としてファイナンスチームに混乱を生じさせることなく、CFOの役割をバトンタッチできたように思います。

:僕としても、CFO就任までの1年半で、だいぶ心の準備をすることができました。あとは、SmartHRに入社してからファイナンスの部門で培ってきた社内の人間関係もありますから、僕の役割が変わっても一緒に働くメンバーは変わらないという点も、交代がスムーズにいったポイントだと思っています。これは、社内人材からCxOが誕生するメリットですよね。

それから、弊社にはもともと「権限委譲」を促進するカルチャーがありました。そのため、僕もCFOに就任する前からチャレンジングな仕事に多数携わらせてもらっており、経営陣と資金調達や予算に関して議論をする機会がたくさんあったんです。以前から頻繁に経営陣とコミュニケーションをとれていた点も、CFO就任後に経営チームの中へとスムーズに入っていくことができた大きな要因だと感じています。

取締役CFO 森 雄志氏

2022年春には、森さんにCFO就任の打診が行われていたのですね。

玉木:そうなんです。僕としては、2022年1月に行われた弊社のCEO交代も、将来的にCFOを森さんに託そうと考える一つのきっかけになりました。早くから森さんに話をしていたのは、彼がファイナンスの分野で頭角を現し、スタートアップ界隈でも高い評価を受けていたからです。他社に引き抜かれる可能性なども考えると、今のうちに自分の期待値を伝えることで、森さんにSmartHRの中で築く未来を見据えてもらえたらという思いがありました。そのため、実際の交代時期よりもかなり前に、CFOの交代について打診をしたんです。

:オファーを受けたのは、経営陣との飲み会の席でした。創業者の宮田さんと現CEOの芹澤さん、玉木さん、僕の4人の飲み会が急遽セッティングされたと思ったら、CFO交代の話を切り出されたのを今でもよく覚えています。

そのとき、森さんはどのような心境でしたか? やはり大きなプレッシャーがあったのでしょうか。

:いえ、「ぜひやりたい」と前のめりな返事をしました。もともとあまり将来のキャリア目標を明確に設定するタイプではありませんでしたが、ファイナンスのヘッドとして働く中で、大きな権限と責任を持ちながら会社の成長に貢献できる“CxO”の役割にいずれ挑戦してみたいと考えるようになったんです。CFOとしてその挑戦を叶えられるなら、ぜひともやってみたい。そう思ったことから、前向きな返事をするに至りました。

玉木さんとしては、森さんのどのような部分を評価して後任に選ばれたのですか?

玉木:まず一つは、成長角度の高さでしょうか。会社の置かれた状況をキャッチアップし、それを自分の業務に活かしていくスピードの早さと、物事を深掘りして思考する際の精度の高さが、僕がこれまで見てきた中では誰よりもずば抜けていたのは、次のCFOをお願いする上で大きなポイントとなりました。

それに加えて、周囲を惹きつけるやわらかなリーダーシップを発揮できる点もすばらしいと感じていました。森さんのような優秀な人材は、光る経歴と実績、仕事のスピード感によって、周囲が気後れしてしまったり、怖がってしまったりすることも多いもの。でも、森さんの場合はそれがないんですよね。どちらかというと、周囲は「森さんをみんなでサポートして、大きなプロジェクトを成し遂げよう」という空気になる。これはチームを率いて成長させていく上で、重要な素質であると思います。

そういった要素を兼ね備えていたため、このように言うのは少しおこがましいのですが、「自分の役割をほかの誰かに渡すのなら、森さんしかいない」と思うようになったんです。

元CFOで現在は取締役 兼 監査等委員会委員長(常勤)を務める、玉木 諒氏

CFOの交代にあたっては、お二人の中で業務内容や方針の引継ぎなどをどのように進めていったのでしょうか。

玉木:基本的には、いろいろな業務をどんどんお願いしていく中で、CFOの役割をキャッチアップしてもらいました。これまで大切にしてきたことなどは、CFOの交代を打診した際に少し伝えていましたね。とはいえ、それらをすべて実践する必要はなく、森さんのやりやすい形で進めてほしいということも、あわせて話をしたと記憶しています。

:もともと玉木さんとは定期的な1on1ミーティングを行っていたので、その中でCFO交代に向けた準備を進めていきました。特別なことはしておらず、普段のコミュニケーションの中で、玉木さんの持っていた課題やタスクを把握して、今後考えていくべきポイントを押さえていきました。

玉木:2週間に1度のペースで、2人で30分ほど話をする時間をとっていたので、そこで十分にすり合わせができましたよね。

:そうですね。

CxO交代、タイミングの見極めで鍵となるのは状況の「メタ認知」

SmartHRの公式noteにも、CFO交代に関する玉木さんの思考過程を詳細に記した記事が公開されています。これを読むと、玉木さんはCFO就任時から自身の退任と交代をすでに視野に入れていたことが分かり、とても驚きました。

玉木:最初から後任にふさわしい人を積極的に探していたかというと、そうではないのですが、自分の引き際をどうするかということは常に意識していました。CFOに就任したからには、5年後か10年後か、はたまた20年後か、いずれ退任する時期が必ずやって来ます。僕がCFOの職を辞するときは「綺麗に終わらせないといけないな」という思いが、自分の中になんとなくあったんですよね。

自分がいなくなったから現場が混乱するとか、自分の能力が追いつかなくなっているのに、いつまでもポジションにしがみ続けるということは絶対にしたくなかった。この役割を誰かにしっかりと引き継いでいくことも含めて、自分の仕事だなと考えていたんです。

CxOの交代をスムーズに実現するために、タイミングの見極めはどうすべきだと思いますか?

玉木:今回の交代に関しては、僕が弊社の共同創業者である内藤 研介さんから監査等委員を引き継ぐことになったため、経営チームの中で役割を変更する必要が出たことがトリガーになりました。そうした経営チームの環境の変化は、一つのタイミングとなりうるのかもしれません。

:あとは、私もまだCFOに就任して間もない身ですが、自分の持つスキルと会社の状況が合わなくなってきたときも、後任に席を譲るべきタイミングなのかなと思います。その時期を自分でしっかりと見極められるようにするためにも、特にCxO人材は自分の置かれた状況を「メタ認知」する能力が必須だと感じています。

とはいえ「メタ認知」は、実践しようとするとすごく難しいことだと思います。

玉木:僕の場合は、運が良かった部分もあります。森さんが自分よりも明らかにファイナンス領域の業務が得意で、投資家とのコミュニケーションも非常にうまかったからこそ、今後のCFOの役割を任せたいと思うことができました。森さんが得意なことと、会社として今後必要になるポイントがぴったりと合致していたからこそ、迷いなく交代を決断できたのかなと。

交代の打診を引き受ける側にも、自分の状況をメタ認知する力は必須ですか?

:CxOのバトンを受け継ぐ側にもメタ認知する能力は求められると思いますが、一方で「足りない部分は最大限努力して身につけてやる」くらいの気概を持つことも大切だと思います。会社の求める基準を100%の状態でクリアできる人はいませんから、最後は覚悟を決めることも必要なのではないでしょうか。

新旧CFOそれぞれが考える、サクセッションのポイント

スタートアップ経営層におけるサクセッションのポイントは、どこにあると思いますか?

玉木:僕からは「バトンを渡す側」の観点でお話しできればと思います。まず大きいのは、やはり「人」ですよね。自分がCxOの役割を担っているときよりも、もっと「良い感じ」に役割を果たしてくれるだろうなと思える人かどうか。自分がこれまでやってきたことを全て諦めてでも、この先の意思決定を託せる人なのかどうか。ここを見極めることは特に大事だなと、今回のCFO交代を通じて感じています。

そして、先ほども森さんが話していた通り、自分がCxOであり続けることで会社のボトルネックになっているのではないかという危機感を常に持っていることも、バトンを渡すタイミングを考える上では大切なことだと思います。

CxOは会社の成長や業績に対して明確に責任が求められる立場だからこそ、前任からバトンを受け取る側が「会社に対してマインド面でオーナーシップを持てているか」という点は意識しておくべきだと思います。これは特に、株式によるオーナーシップが発揮しづらい2代目以降のCxOにおいては、実はとても大切な素質になるのではないかと思っています。

実は僕、SmartHRに入ってから、自分のキャリア形成のことを一度も考えたことがないんです。会社が置かれた状況に対して、自分の専門知識を活かしてどう貢献できるかということしか考えてきませんでした。そういう「会社のすべてを自分事化して、どう貢献できるかを考えるマインド」が生まれたのは、僕自身が会社のカルチャーやミッション、メンバーと高いレベルでフィットできているからだと思います。。

会社の規模が大きくなっていくと、組織が複雑化して、CxOが担う役割も面白いものばかりではなく、大変なことも増えていきます。そのような複雑性や困難さを乗り越えるためには、やはり会社のことに深くコミットすることができ、ステークホルダーにリターンを返していきたいと心の底から思える人であることが必須条件になると思います。

なるほど。そのように自社へのオーナーシップを持つ人材、CxOにふさわしい人材を社内で育てていくためには、どうすべきでしょうか。

玉木:そこは発想が逆かなと思いますね。そうしたオーナーシップのある人材を我々が育てていくのではなく、自らオーナーシップを持てるようにしなければあまり意味がないのかなと。会社にマッチしたメンバーを採用し、その方が社内で仕事にのめりこんで継続的に成果を出していくことができれば、役職の有無に関係なく、自然と会社に対してオーナーシップを持ってもらえるようになるはずです。そのためにも、自社の魅力を高めていくことが必要だと思います。

:あとは、ストレッチした挑戦ができる環境を整えていくことでしょうか。大きなミッションを任されることで、失敗や成功を経て自信がつき、より大きな責任の伴う仕事に挑めるようになります。それが、いずれはCxOという役割を担えるようなオーナーシップを生む。現場への権限委譲も、一つのポイントと言えると思います。

玉木:意欲の高い人や優秀な人は、面白い仕事が一番の報酬になることが多い。だからこそ、自分が面白いと感じる仕事は現場にどんどん任せて、自分はフォローに回っていくほうがいいのかもしれません。そうすることで、会社に対する思い入れの強い人が自然と増えていくのかなと。

先ほども、貴社は「権限委譲」がカルチャーになっているというお話がありましたよね。貴社では、日々の仕事の中で権限委譲をする際、意識していることや大切にしていることはありますか?

玉木:これは創業者の宮田さんの受け売りなのですが、仕事を任せる際は「イシューを渡す」ことを大切にしています。解決してほしい課題を渡して、ソリューションを考えるところからその人に携わってもらうと、本人もやる気がでますし、成長のきっかけにもなります。場合によっては、僕が考えたものよりもさらに良いソリューションで解決を目指してくれることもありますから、仕事の一部分を切り取って渡すのではなく、イシュー全体を渡したほうが良いのかなと思います。

:そうですね。加えて、その権限をもともと持っていた人が、さらに高次元の課題に挑めるようにしておかなければならないと思います。現場のメンバーにイシューを渡して権限を委譲したとして、そのイシューや権限をもともと持っていた人はリソースが空くわけですから、その時間で何をするかが大切です。今まで手をつけられていなかった重要な課題や、より中長期的な問題に取り組めているかどうか。これができていなければ、会社の非連続的な成長は難しくなってしまいます。権限委譲の仕方と同時に、権限を委譲した後にその人が何をするかも意識して考えておく必要があると思います。

最後に、お二人の今後の目標と貴社の展望をお聞かせください。

会社の成長やミッションの達成に対して、自分ができることを全てやる。これに尽きます。

玉木:弊社は今、スタートアップという分類からさらに成長したフェーズに入りつつあります。未上場企業ではあるものの、組織規模はかなり大きくなりましたし、ビジネスも広がっています。自分たちはこの企業フェーズを「スケールアップ企業」と呼んでいるのですが、そのような大企業でもスタートアップでもないような状況の中では、やはり森さんの言う通り、自分の役割や既存の業務の枠組みにとらわれずに、さまざまな部分に手を出して、多様な人と協力して会社に貢献することがとても大切だと考えています。僕も森さんと同じように、会社の現状に対して今の自分にできることを全力でやり切りたい。そんな風に思っています。

:会社としても、自分たちのサービスでいかに社会の課題を解決できるかを、今後も追求していきます。HR Techを通じて、日本のあらゆる企業と働く人により良いインパクトを与えていきたいですし、そのポジティブなインパクトを最大化していきたいです。そのためにも、SmartHRが社会インフラとなるような未来を目指して、引き続き努力をしていきたいと思います。