深刻なドライバー不足に悩まされる物流業界。2024年4月には働き方改革関連法も施行され、輸送力の確保がさらに困難になるとも言われている。この「2024年問題」にデータサイエンスの力で挑もうとしているのが、Logpose TechnologiesのCEO・羽室 行光(はむろ・ゆきみつ)氏だ。
羽室氏が着目したのは、高度な技術が求められるため効率化が難しく、業務のボトルネックとなっている「配車」業務。ここを自動化できれば、輸送力の低下を一気にカバーできるのだという。歴史の長い物流業界において、同社はどのような方法でリプレイスを実現しているのか。「物流のGoogle」を目指したいと語る羽室氏に、詳しく話を伺った。
トラックの6割は空気を運んでいる?
まず、物流業界が抱える課題について教えてください。
どの業界にも共通することだとは思いますが、慢性的な人手不足と業務の非効率性が長年の課題です。さらに2024年には、ドライバーの労働時間に制限がかかることになりました。それがいわゆる「物流の2024年問題」です。労働環境の健全化は大事なことですが、今後ドライバー不足はさらに深刻になると考えられます。
一方で不思議なことに、トラックの容量は余っているとも言われています。トラックに積載できる容量に対して、実際に荷物が積まれている割合を「積載率」と呼びますが、日本における平均積載率は38%程度。つまり、6割は空気を運んでいる状態なのです。
ドライバーは足りていないはずなのに、積荷の量に対してトラックが余っていると。なぜなのでしょうか。
順を追って説明しますね。まず、目的地が近い荷物を運ぶ際には、一つのトラックにまとめた方がもちろん効率的です。実際、複数の運送会社の荷物を一つのトラックで運ぶ「共同配送」は非常に有効だと言われています。2024年問題で不足するとされている輸送力の80%を、この共同配送の推進でカバーできるという試算もあるほどです。
ただ問題は、共同配送においてルートの調整がきわめて難しいということです。届け先が同じでも、荷物を受け取る場所や、届けるべき時間帯がばらばらだと効率は悪くなります。あるいは、魚は臭いが移るから日用品とは一緒に運べない、といった条件もあるでしょう。
こうした制約条件をすべて満たすような配車計画を立てるのは、同じ運送会社の中だけでも大変です。複数の企業で一つのトラックをシェアするのは、相当困難なことだと言えるでしょう。そこで我々は、この配車業務をテクノロジーの力でなんとか自動化できないかと考えたのです。
物流業界のさまざまな問題を解決するための鍵が、配車計画の自動化にあると。現状は、配車計画はどのように立てられているのでしょうか。
配車とは、日々舞い込んでくる配送依頼を整理し、最も効率の良いトラックの運行ルートを計画する業務です。当たり前の作業に感じられるかもしれませんが、これが実に難しいんですね。各運送会社では、熟練の「配車マン」が毎日数時間かけてこの配車作業を行っていると言われています。属人性も高く、引き継ぎも難しいため、業務全体のボトルネックにもなっています。
なぜ配車が大変なのか。それは、「複数の配送地点をどう巡回すれば最短ルートになるのか」という問い自体が、数学上の難問として有名なぐらい難しいからなんです。
シンプルに複雑な問題であると。では配車マンの方々はどのように計画を立てているのでしょうか。
日常業務として数学的な厳密解を導いて計画を立てるのは当然不可能です。ただでさえ難しいうえに、現実の配送業務においては、先ほどもお話したような複雑な条件を考慮する必要があります。そこで実際には、「だいたいこうすれば効率が良いだろう」というルートを、勘と経験によって見出しています。
配車マンの勘と経験は、実はAIに負けないぐらいの精度があるということがわかっています。しかし、問題は時間です。毎日の配車計画にかけている時間を別のことに使えれば、運送会社の業務はぐっと効率化できる。まずはこの課題から解決していきたいと思い、「LOG」というAI配車アシスタントサービスをつくりました。
自動化と「勘と経験」の良いとこ取りを目指した
「LOG」について詳しく教えてください。
AIとアルゴリズムを使って、配車マンが勘と経験で行っている配車作業を一定程度自動化するというサービスになります。
使い方としては、まずシステムに運送会社ごとの条件や事情を学習させます。学習が済んだら、あとは日々の配送依頼をエクセル等で入力するだけで、自動で配車計画ができあがるというものです。学習に関しても、アルゴリズムが算出する最適解をベースに修正していくやり方と、その運送会社に蓄積された過去の配車計画をインプットするやり方が選べます。
自動配車システムの実現は、Logpose Technologiesが初ということになるのでしょうか。
実はこれまでにもいくつか存在しました。ただ、既存のシステムの多くは、数理最適化を用いて厳密な最短ルートを算出するもので、配送現場で使える場面が非常に限られていました。毎回同じ場所から同じ場所へ、同じような荷物を運ぶ場合であれば、既存のアルゴリズムでも問題ありません。
しかし日々新しい配送依頼が発生し、状況が刻々と変動し続けるような現場では、数理最適化のアプローチはあまり機能しません。柔軟性がまったく足りないのです。
「LOG」ではこうした現場にも耐えうる柔軟な使い勝手を実現するために、運送会社にほぼ常駐するような形で徹底的にヒアリングを重ねました。そこから生まれたのが、「アルゴリズムでざっくりと計画を立て、残りは配車マンに手直ししてもらう」という二段構えのアプローチです。
AIとアルゴリズムで配車を100%自動化するよりも、むしろ人が手直ししやすいUIを作る方が現場にフィットしやすいのではないか。そんな気付きから、サービスの形が徐々に見えてきました。
なるほど。たしかに、「結局は人が直さなければならない」という煩わしさが、自動配車システムの導入を妨げてきた面もありそうです。
まさにそうなんです。いくら自動化できるといっても、現場で使ってもらえなければ意味がありません。「LOG」が目指したのは、8~9割の精度で瞬時につくれる自動化の利点と、リアルタイムでの状況の変動に対応できる配車マンの「勘と経験」との良いとこ取り。幸い、現場の方々にも好意的に受け入れていただき、現在は、想像した以上に多くの運送会社さんに導入いただいています。
荷主と運送会社の最適なマッチングを目指す
2024年2月より、新事業である「共同配送マッチングLOG」をスタートされたと伺いました。
「共同配送マッチングLOG」は、「LOG」を通じて得たネットワークや運行状況の情報を活用し、荷主と運送会社をより効率的に結びつけるサービスです。
我々は「LOG」の運用を通じて、運送会社さんが「今どこにどんな荷物を運んでいるのか」「積載率にどの程度余裕があるのか」といった情報を把握しています。これを活用して、荷主さんに「もしここに運びたい荷物があるなら、この運送会社のトラックで共同配送できますよ」と提案するのです。すると、荷主さんはコストを抑えられるし、運送会社さんの利益も増える。双方にメリットがあるうえに、物流全体で見たときの輸送コストも削減できています。
各社ごとに行っていた配車の最適化を、物流全体に適用するイメージなんですね。
その通りです。創業当初からこの事業を構想していて、今回ようやく実現できました。
というのも、最初にリリースした「LOG」で可能なのは、あくまでも配車計画の効率化なんです。トラックの走行距離、つまり輸送の効率自体は、先ほども述べたように配車マンとAIが考えるルートを比べてもあまり変わりません。
物流業界全体の効率化・最適化を考えるなら、荷主と運送会社をつなぎ、テクノロジーの力で共同配送をサポートする仕組みがどうしても必要でした。今回の「共同配送マッチングLOG」で、ようやくそれを実現できたのです。
今の段階で、課題に感じていることはありますか。
強いて言えば、時間軸でしょうか。スタートアップとしては事業を加速度的に伸ばしていきたいところですが、歴史の長い業界というのもあり、そう簡単に既存のやり方をリプレイスできません。荷物量の多い荷主さんには、だいたいすでに強力な物流会社さんがついています。
すると我々としては、運び手が見つからなくて困っている荷物や、日々荷物量が変動する領域から参入していくしかありません。ニッチなところから徐々に価値を感じていただき、最終的にはすべてをお任せいただく。もちろんそこを目指していますが、時間はかかるだろうと覚悟しています。
「父親がアルゴリズムの専門家」という偶然が鍵に
物流業界の問題点は、長らく指摘され続けてきたと思います。なぜ今までほかの会社では解決できなかったのでしょうか。そしてなぜ、Logpose Technologiesがそのような最適化を実現できたのでしょうか。
正直、明確な理由はわかりません。仮説としては、問題が難しすぎるのかなと考えています。物流業界の知見と、アルゴリズムについての専門知識。この二つを高度に備えるだけでも相当に大変です。そのわりにはニッチかつ時間もかかるので、大手企業が参入する動機もないのかなと。
加えてアルゴリズムについても、少し特殊なアプローチが必要なんです。先ほどもお話したように、数理最適化で配車計画を立てるのが難しいというのがその理由です。我々が採用しているのは、人間が推論するときのような探索的なプロセスを再現する「ヒューリスティック」というアプローチです。
わかりやすく言えば、人が考えるのと同じプロセスを、一つひとつ地道にプログラムの中に埋め込んでいくイメージです。作業としては泥臭く、根気もかなり必要。しかも、それによって導けるのは厳密解ではなく、あくまでも「正解に近い解」。要するに、アルゴリズムとしてあまりスマートではないんです。
では、御社ではどうやって技術者を募ったのでしょうか。
本当にたまたまですが、父がアルゴリズムを専門とする大学教授だったのです。配車が物流業界の課題だとわかったときに、試しに「配車を自動化できるアルゴリズムをつくれないか」と相談してみました。
もちろん、大学で研究されているアルゴリズムを実務でそのまま使えるわけではないだろうと思っていたのですが、出てきたプロトタイプが意外とうまく動いたんです。付き合いのあった運送会社さんに試してもらっても好感触で、「これならいけるかもしれない」とそこから本格的に事業を立ち上げました。
奇跡のような偶然ですね。逆に、そのぐらいの幸運でもなければ解決が難しい問題だったということなのかもしれません。その後はどのようにメンバーを集めていったのでしょうか。
アルゴリズムのチームについては、父の紹介で信頼できる方々に入っていただきました。父自身も、今は大学を辞めてこちらにフルコミットしてもらっています。現在社員は10名ほどですが、ほとんどが紹介かスカウトです。チームとしてはほかに、アプリケーションを作るチームとビジネスチームがあります。
メンバーの共通点や会社のカラーなどはありますか?
高度な専門知識と確固たる経験を持ったプロフェッショナルが多いですね。ただ一方で年齢層は少し高めで、スタートアップらしからぬ落ち着きがあります(笑)。最近ようやく自分より年下の社員が入ってきたぐらいなので、もう少し若い力も欲しいですね。
事業の成長に沿って採用も進めていきたいと思っています。古巣の船井総合研究所では、「素直・プラス発想・勉強好き」が良い人材の条件だと言われていました。この標語は自分も気に入っていて、採用の際もこの軸で見ていければなと。
あとは、ものづくりが好きで、とりあえず自分で何でもやってみようと思える人がいいですね。原理原則を大事にしつつも、現場で「使ってもらう」ための泥臭いチューニングもいとわない。そんな人にとっては働きがいのある会社なんじゃないかと思います。
自動運転が普及した後の未来を見据えて
今後の目標を教えてください。
「物流業界でAIといえばこれ」という、象徴的なサービスをつくりたいですね。それができるメンバーが揃っているとも思います。
以前、囲碁の世界チャンピオンを負かしたAIの「AlphaGo(アルファ碁)」が話題になりました。AIはただの技術で、それがプロダクトの形になり、世の中を変えるような成果を残すことで、一つの「解」になると考えています。OpenAIがつくった「ChatGPT」も同様です。
我々のアルゴリズムは、まだ人間の配車を学習している段階です。どんどん学習を進めていけばAI自身の力で精度を高めていけるようになる日が来るかもしれない。そんな配車AIがつくれたら、自動運転が普及しきって、物流を取り巻く技術や環境が大きく変わった未来においても、一番の存在でいられるんじゃないかと思うんです。そういう思いを込めて、最近はよく「物流のGoogleを目指したい」とも話しています。
なるほど。今の事業は、自動運転が普及した後の未来に向けた種まきともいえるんですね。ちなみに直近の数年間では、物流にどんな変化があると思いますか。
おそらく3年後ぐらいには、自動運転トラックが高速道路を走れるようになると思います。ただ、消費者の手元に届くまでのラストワンマイルの物流については、すべて自動化するのはだいぶ先でしょうね。それまでに、アナログな既存の物流を少しずつリプレイスしていければと考えています。
最後に、スタートアップに関心を持つ読者に向けてメッセージをいただけますか。
VCをはじめとした外部出資者はスタートアップの強い味方ですが、代わりに急速な成長を求められる面もあります。とにかく忙しいですし、外から見ると華やかでも、中はかなり泥臭いです。もしスタートアップに関心があるという方がいたら、そこは理解しておいて欲しいなと思います。
また一方で、「スタートアップ」はあくまでもわかりやすいくくりでしかないとも思います。本質が「商売」だということは変わりません。大事なのは、お客様のニーズを理解し、業界の課題を解決すること。我々でいえば、「物流業界が抱える課題を、テクノロジーによって解決する」というビジョンです。そこに共感してくれる方がもしいたら、ぜひ一緒に物流の未来をつくりましょう。
注目記事
AIキャラクターが暮らす「第二の世界」は実現できるか。EuphoPia創業者・丹野海氏が目指す未来 Supported by HAKOBUNE
大義と急成長の両立。世界No.1のクライメートテックへ駆け上がるアスエネが創業4年半でシリーズCを達成し、最短で時価総額1兆円を目指す理由と成長戦略 Supported by アスエネ
日本のスタートアップ環境に本当に必要なものとは?スタートアップスタジオ協会・佐々木喜徳氏と考える
SmartHR、CFO交代の裏側を取材。スタートアップ経営層のサクセッションのポイントとは?
数々の挑戦と失敗を経てたどり着いた、腹を据えて向き合える事業ドメイン。メンテモ・若月佑樹氏の創業ストーリー
新着記事
AIキャラクターが暮らす「第二の世界」は実現できるか。EuphoPia創業者・丹野海氏が目指す未来 Supported by HAKOBUNE
防災テックスタートアップカンファレンス2024、注目の登壇者決定
大義と急成長の両立。世界No.1のクライメートテックへ駆け上がるアスエネが創業4年半でシリーズCを達成し、最短で時価総額1兆円を目指す理由と成長戦略 Supported by アスエネ
日本のスタートアップ環境に本当に必要なものとは?スタートアップスタジオ協会・佐々木喜徳氏と考える
Antler Cohort Programで急成長の5社が集結!日本初となる「Antler Japan DEMO DAY 2024」の模様をお届け