どんなにいいサービスがつくれても、顧客に響かなければ購買にはつながらない。そのサービスの伝道師として魅力を伝えていく立場にあるのは営業担当だが、様々な顧客が存在する中で、どの顧客にどのようにアプローチすれば効果的なのか。デジタルマーケティングツールが多様化する中で、顧客のデータは集められても、担当者へのアプローチやその最適化までは営業担当その人に依存する。
そんな悩める営業担当に、これまでの顧客データから、次に何をすればいいか示唆してくれるツールがある。それが、株式会社Magic Moment代表取締役CEOの村尾 祐弥(むらお・ゆうや)氏が始めた、営業DXツール「Magic Moment Playbook」だ。毎日コムネット、マイナビ、Google Japan、freeeと、転職の中で営業キャリアを積み重ねてきた村尾氏。彼が「営業」に抱く思いを伺った。
これまでのキャリアと、起業のきっかけを教えてください。
中央大学法学部卒業後、毎日コムネット、マイナビを経て、Google Japanへ入社しました。Googleでは、営業統括部長として代理店営業・モバイル・ダイレクトセールス組織の立ち上げを行いました。構築したオペレーションが世界的に評価され、グローバルに導入されたこともあります。2015年にfreeeに参画すると、1ヶ月でインサイドセールス組織の成果を倍に。その後、執行役員営業統括兼パートナー事業本部長としてパートナーセールスの垂直立ち上げを行いました。2017年からRapyuta Robotics執行役員ビジネス統括を経て、2017年3月に株式会社Magic Momentを起業。2018年9月にサービスインしています。
さまざまな会社での経験を積まれておりますが、毎日コムネットではどのようなお仕事をされていたのでしょうか。
合宿の企画をする仕事でした。私は特に学生向けを担当していて、大学生に自分の企画を熱く説明していました。モノよりもコトを売る方が好きなことに気づいたのはこの時です。コトを売る場合、顧客体験が全てになりますが、お客様にはいろんな人がいます。相手にどう刺さるか、どういうパターンのお客様なのかを毎回分析しながら訴求方法を考え、結果として満足していただくという一連の仕事にエージェントとしてのやりがいをめちゃくちゃ感じていました。
一方で、営業の仕事はとても楽しかった反面、宿のオーナーや学生に対して、情報の非対称性がある中で営業しているのではないかと感じられることが増えていってしまいました。情報の非対称性ではなく、純粋に価値の訴求で勝負したい。社長にはとても恩があり、良い職場でしたが、そのような背景から転職を考え始めました。
それでマイナビへのご転職をされたのですね。
学生時代に広告代理店への就職に憧れていたこともあり、メディアの広告営業ができるマイナビの新規事業部に内定をいただいて転職しました。ただ、その部署はすぐ吸収されてなくなってしまいました。事業部を率いる予定だった方のご家族の体調の関係でしたが、部門の行く末が一個人の状況で頓挫することは非常に残念かつ疑問を抱きました。ちょうど尊敬していた父が他界した時期も重なり、30代の幕開けはとても暗い景色だったことを鮮明に覚えています。
どうしようかと思っていたころ、Googleの採用募集に目が止まりました。個人で事業をしていたこともあったのですが、GoogleのWebサービスを自分でも使っていて、働き方そのものや、広告のあり方自体を変えるようなプロダクトをつくっている印象だったため、転職先としても興味を持ちました。今はTHECOO株式会社の創業者の一人で取締役COOをしている、下川 弘樹(しもかわ・ひろき)さんが面接官のうちの一人だったことを鮮明に覚えています。特に印象的だったのは、下川さん含めて面接官の皆さん全員が、候補者である私の良いところを見つけようとしてくれたことですね。候補者に最大限ポテンシャルを発揮してもらうためにはどうしたらよいか一緒に考えてくれるようなスタイルの面接でとても感銘を受けました。結果採用いただけたのですが、とにかく熱意が伝わったのかなと今では思います。
Googleで学んだことはありましたか。
その頃のGoogleはまだYouTubeも買収しておらず、「サーチエンジンの会社」というのが一般的な印象でした。検索連動型広告が売上のほとんどで、当時力を入れ始めたディスプレイ広告はその価値を提案しきれておらず、ご出稿いただくお客様も多くありませんでした。検索連動型広告の提案は一定方法論が確立されていて、社内でもそれに沿った提案が主流でしたが、Googleの広告の価値は本質的に広告自体を変えてしまう性質のものであり、それは検索連動型広告ではなくむしろディスプレイ広告で表現されるものだと考え、営業チームを構築していきました。
Googleには5年2ヶ月ほど在籍しました。マネジャーにも本当に恵まれ、やればやるほど認めてくれて、自分がつくった仕組みがグローバルで標準化されるなど、とても多くの刺激をいただきました。一方、スタンダードができていき、自分のやっていることが直接の成果からとても遠いところに感じてきて、日本のオフィスはあくまでもアメリカの本社に貢献するための一拠点だよなとも思ってしまって。加えて、システムが提案した通りの営業をするという仕組みが導入されました。同僚は喜んでいましたが、私としてはこの会社ではやがて自分が積み上げてきた営業という仕事自体が不要になっていくかもという危機感を覚えました。そんな中、直属のマネジャーとして様々なことを教えてくださった野澤 俊通(のざわ・としみち)さんからクラウド会計のfreee株式会社に誘っていただきました。野澤さんは1年半前にfreeeにご転職されていて、真剣かつ熱心にお声がけいただいたこともあり、私もfreeeへ転職することにしました。
freeeに入社後、起業まではどういった流れだったのでしょうか。
freeeには1年4ヶ月在籍しました。当時のfreeeでは若いメンバーが熱心に営業していたものの、フォーカスするポイントを見つけるのに苦労している印象がありました。データを使ってポイントを見つけ、課題を抽出し、それを分解しながら改善していったところ、チームで急激な成果を上げることができました。全員で本当によく頑張ったなぁと、今でも彼らを尊敬しています。よく「そんな短期間で、どうやって今までできなかった成果を出せるのか」と聞かれることがありますが、従来のやり方にとらわれずに、常に本質的なことを見据えて取り組むようにしているからだと思います。
Googleやfreeeでの経験を経て、営業で困っている人たちがいて、それを解決するために最速で結果を出すためには何をすべきか、と営業の未来について考えていった結果、Magic Momentの立ち上げに至りました。起業したいというより「どげんかせんといかん」という気持ちですね(笑)。起業当初は法人ではあったのですが、実際は個人でコンサルをしていました。
そんな時に出会ったのがRapyuta Roboticsという会社です。ロボットのためのIoTプロジェクト「RoboEarth」のメンバーを中心に、チューリッヒ工科大学からのスピンオフとして創業したクラウドロボットプラットフォーム開発企業です。Rapyuta Roboticsのエンジニアは本当にすばらしい技術を持っていて、電子工学や機械工学にも詳しい、優秀で純粋なメンバーが揃っていました。すばらしいエンジニアを擁し、ビジネスサイドも増強していきましたが、ともかく製品を「売れるものとして」開発することが超難関でした。すぐにはビジネスが立ち上がらなかったんですね。ご提案できるものがないとビジネスサイド、特に営業はコストセンターになってしまいますから、残念ながら離れることにしました。
この経験からも非常に大きな示唆を得ました。すばらしいコンセプトと優秀な開発陣が揃った上で、やはりフォーカスすべきはプロダクト・サービスをしっかり作り込み、ユースケースとして確立し、お客様のライフサイクルコストに対して大きなインパクトをもたらす価値提案をし続けることだと。しかし会社として資金調達していたりすると、事業計画がひかれ、本質的な価値の作り込みと同時並行で私のようなビジネスサイドにコストをかける意思決定をせざるを得ない状況になったりします。よって、このような意欲的な会社が今すべきことに集中し、ROIに見合うビジネスリソースが必要なときに必要なだけ調達でき、しかもそれがただの営業アウトソースではなく、価値提案の作り込みから行えるものだったらすばらしいと思いました。
起業して特に大変だったことをお伺いできますか。
まだプロダクトがはっきりと固まりきっていなかったころ、顧客のターゲティングには失敗しました。2021年4月にシリーズAのプレスリリースを打ったところ、ものすごい数の問い合わせをいただきまして。最初はターゲットを狭めずに営業をかけていたのですが、お客様と向き合う中で、実はスタートアップも含めてSMB企業で仕事をする人たちの方が、自ら考えてハックしていくことが好きな人が多いことが分かりました。スタートアップなどのSMBの方が合理的でシステマチックにやっていそうですが、むしろその逆で属人的。一方で大手企業の方がシステマチックだったのです。しかも、数千人営業がいるので、改善のインパクトがものすごく大きい。私が考える「営業はこうなる。だからこのプロダクトでこう変わっていっていただきたい。」という提案も、共感いただき、受け入れていただけることが多かったです。であれば、営業の最適解をシステムで提示し、それと同時に人的リソースを使ってでも現場課題を解決していくという弊社の寄り添い方は、大手企業の方によりフィットするのではと考え、2021年10月にエンタープライズへの営業に振り切りました。結果、年間収益額は 21年度6月と22年度6月比較で3倍越えの成長率に。システムだけでなく、実際の営業現場でもサポートするという、人、オペレーション、テクノロジーの組み合わせを評価いただいていると思っています。
Magic Moment Playbookの特徴、競合優位性とは。
通常のCRM、SFAにおいては、顧客の行動データはたまっていたけれど、次にどのようなアクションを行えば受注につながるかという示唆までは提示されていませんでした。「Magic Moment Playbook」では、既存ツールと連携し、データの収集、分析、アクション提案を行います。今なにをすべきか、次にどう動くべきかを示唆してくれて、従来は煩雑であったお客様とのコミュニケーションも抜け漏れないように自動化されます。これにより行動量が大きく向上し、未熟な営業でも本質的に営業できている先輩の行動様式をすぐにインストールでき、爆発的成長に寄与している事例も出てきました。
アポを取ればいいのではなく、大切なのは価値を提案すること。価値提案の結果、お客様は対価を継続的に払ってでも関係を継続してくださるのです。弊社ではこれにフォーカスして会社経営することをLTV経営と言っています(LTV=顧客生涯価値)。Magic Moment Playbookは先述の通り、大切なお客様に対して今すべきことや次にすべきことを提示してくれるので、行動の質が上がり、結果としてお客様との関係構築がなされLTVが増大していくと考えています。LINE様や三井物産様、その他日本を代表するエンタープライズ企業の皆様の導入も相次いでおり、LINE様では受注率が10倍以上に。現在、Magic Moment Playbookのほか、弊社の社員がお客様の営業組織にセールスメンバーとして入り、オペレーションを一緒に構築していく「カスタマーサクセスBPO」も提供しています。セールスに必要なことを様々な角度から引き続きご支援していければと考えています。
”TRUE”を掲げ、投資家、従業員、市場その全ての本質的価値に向き合う
資金調達はいかがでしたか。
2018年9月にサービスインし、2019年12月末にプレシリーズAで1.6億円を調達しました。2021年4月にシリーズAとして、DCMベンチャーズ 、DNX Venturesにご参画いただき、デッドも含め累計調達額は8億円まできました。Magic Moment は狙う領域が大きく、スタートアップとしては変数が多く複雑な事業です。そんな中でこれ以上ない投資家の皆様に支えられ、Googleの時代のようにグローバルのTech環境や経営の最新事例といった信頼できる情報にアクセスして吸収できることは、本当に幸運だと噛み締めて進む毎日です。なにより、弊社が掲げるコアバリュー”GO TRUE WAY”にも深い理解をいただき、事あるごとに同じ言葉を使いカルチャーを積み重ねていけるよう配慮いただいていることは、創業経営者である私にとって非常に大きなことです。
投資を初めていただくまでは、営業活動とはまた違うやりがいを感じました。営業活動においては個人的にはリードタイムをかなり気にします。つまり、期日がある中で結果を出すことが重要です。しかし投資を受けるのはもっと時間的に自由を感じました。「投資をされるとしたらどういう状態だろう」というOKR的な発想で、その状態や条件を構造分解して、その状態に向かって日々ワクワクしながら近づけていくのがすごく楽しかった。投資いただくための結果に向かう日々、いただく言葉の一つ一つが成長を促してくれました。
DCMベンチャーズの投資委員会に向かうまでの数ヶ月間、日本チームが本気で支えてくれたのが印象的です。その後もラウンドを経るごとにさらに投資をいただき、継続してチーム全体でのご支援をいただいています。こういった感覚は一生忘れずに、感謝して結果を出していきます。
組織風土、採用について伺えますか。
「強い絆で、社会をつなぐ。」というミッションです。社会に良い変化をもたらすこと、ゼロからの土台づくりを楽しく感じられること、挑戦の人生を歩んでいきたいという志向、これらに共感できる方が活躍しています。社内はいい人が多くて、意志が強く、人に優しい。みんな楽しそうですね。
また先程触れましたが、五つのコアバリューを設計しており、全てに”TRUE”を冠しています。
これらは、私がこれまで結果を出してきた時に大切だと信じてきたこと、こうありたいと願う姿を内省し、要素分解して、明文化したものです。社員の皆さんの関係においても、お客様だけでなく自分自身に対しても、自分の行動が”TRUE”であるかを常に意識してほしいと思っています。顧客との関係性ありきの製品でもありますし、”TRUE”を突き詰めていくとそれは本質的な価値となります。そしてそのエンゲージメントが、ミッションにも含まれている「絆」となる。ただそれっぽい言葉を並べたり、数字だけで勝負しても絆を結ぶには足りない。本質をきちんと理解して向き合い、挑戦できる人になっていってほしいなと思いながら、メンバーとのコミュニケーションに臨んでいます。また、これが長期的なメンバー教育の根幹であると信じています。
価値は、時間軸と量軸の掛け合わせで決まります。例えば、ブランド力は時間をかけて認知やファンを構築していかないとつくれない時間軸の価値です。一方で、広告を出すなどして一気に認知を獲得したりリード情報を取得するようなことは比較的いつでもできる量軸の価値。二律背反に捉えず、両方を掛け合わせることが重要だと思っています。そのため、”GO TRUE WAY”にも時間軸が走っていて、長期的な目線での”TRUE”を大切にしています。
特に、時間がつくる価値は最も重要です。なぜなら、何かを掲げても、日常の中で日々徹底して積み重ねていかないとつくれないものだからです。お客様のオペレーションも、会社のカルチャーも時間がつくるものがいつだって最重要価値です。経験則から得られる気づき、人間や会社への信頼や関係値などはまさにそれにあたります。
グローバルなど今後の展開についてはどうお考えですか。
弊社単体の視点で話をしますと、弊社サービスを海外展開していくという文脈においては、東南アジアでのBtoB進出があり得ると考えています。オフショアとして諸外国から仕事を受託していた東南アジアが、人口増加と文化発展に伴って内需が成長し、国内で法人営業を行う流れができ始めています。
文脈が少し変わりますが、グローバル成長していくべきは、実は自社だけでいいというわけではなく日本の産業全体まで広げて考えていきたいと思っています。Magic Moment Playbookを介して日本企業の営業生産性を世界レベルに向上させる。そういったアプローチでも経済成長に貢献ができるのではと考えています。私は、Google在籍時に自分の営業手法をグローバルに標準化した経験がありますが、グローバルに貢献することよりも、本当は日本で作られる製品全てを自分が売り、もっと売上を伸ばしていけたらいいのに、と考えていたことがありました。ただ、本当にそれをやろうとしても、私自身は一人しか存在しないため現実的には難しい。であれば、同じことができるテクノロジーを開発し、それを介して間接的にレバレッジをかけながら実現させようと Magic Moment Playbook開発に至りました。
良い製品をつくっても購買につながらなければ売上は立たない。逆に言えば、一人ひとりの営業生産性、すなわちGDP Per Headが向上すれば、生み出される付加価値が高まり、労働集約的な時間は削減できるはずなのです。
日本はイノベーションを起こすようなアイデアに溢れていると思います。しかしクラウドのプロダクトでは、米国製品に大きく負けてしまった。サービスを売っていく場合、同一言語圏に売るのが最もコミュニケーションやローカライズコストが低いので、どうしても英語圏や中国語圏の商品の競争力が高くなってきます。だからこそ、模倣困難性や参入障壁が高く、稀有であることが競争力につながってきます。
実家の苦難、自身の病気、好きだった中国史、全てが今につながる
大学では法学部で、新卒では毎日コムネットに入社されておりますが、当時は法曹系のキャリアを考えられていらしたのですか?
法学部について聞かれるのは初めてですね。実は、弁護士を目指して法学部に入ったわけではありませんでした。経営や市場のつくり方、世の中の成り立ちを知りたくて、経済学などの祖と言われる政治学を修めたく法学部の政治学科を選びました。当時興味のあった地方行政学があったのが中央大学だけだったのもありますが、大学生協で何もかもが安く買え、学食も安く、箱根駅伝も応援できる。苦学生でしたが、学びの多い青春の毎日でした。
テニスサークルで技術というキャプテンのような役割をやり、深夜にはファミリーレストランでバイトをしました。お金を稼いでいくことの大変さと同時に、ずっと憧れていた教職や、安定しているからという理由で興味を持っていた公務員というキャリアに違和感が出てきました。明日の勤務先がなくなることより、就ける仕事の選択肢がなくなることのほうが、つまり生きていく力がつかないキャリアのほうが、危ないのではないかと。そんな中、あとたった数単位で卒業というところで留年することになってしまいました。目一杯張り切りすぎたんですね、アルバイトやサークルを(笑)。
当時はすぐに社会人になって働きたい気持ちが強く、長年憧れていた広告代理店の内定も持っていました。就職氷河期のなかでも良い内定をいただいていて楽しみにしていたにも関わらず入社できなくなってしまった。実家の経済環境が良いわけではなかった中で、ぬくぬくと学校にいてはいけないと思っていたのに、あとたった2単位のために、1年という時間を無為に過ごすのかと悩んでいたら、学生時代にサークルの合宿でお世話になっていた毎日コムネットからメッセージがきて、すぐおいでと言っていただいたんです。今でも鮮明に覚えています。御茶ノ水の銀座アスターで「見てごらん、この窓から見えるビル、全てがビジネスで成り立ってるんですよね、不思議だよね」と、言葉をかけていただいたことを覚えています。ああ、この人たちから学ぶことで自分はビジネスパーソンとして強く成長できるだろうと思い、内定をありがたく頂戴して就職を決めました。そこから半年で上場を果たした会社でもありました。今振り返ってもドラマティックですね。全てがつながっていて今があると感じます。
趣味、経営のことから思考を一度オフするためにやっていることはありますか?
昔から歴史が好きで、最も好きなのは史記です。漢文の勉強になるよと歴史の先生が言うので読み始めたのですが、そこからハマっちゃったんですね。今でも各エピソードはほとんどありありと紹介できます。
歴史をつくっているのは人。人が何もかも決めて、繰り返してきていること。未来予測SFではAIに統治された世界が描写されますが、これまでの世界でAIが何かを決めてきたことは一度もありません。活版印刷はどうやって広まったか。諸葛亮はこの時点でどうしてこの判断をし、なぜ北伐時この道を通ったか。人間が窮地のときにどんなことを考え、それがどんな結果を導くのか。特に、中国の歴史というのはすごくて、史記の当時は中国だけが国というものを築けていた。国が国を攻めるときのパワーバランス。主従関係。友情。貸し借り。もはや小宇宙でもあり、そういった人間史をメタ認知することが、自分の経営判断にも活きてくると感じています。
政治、文化、歴史……人間関係というものの洞察がお好きなのですね。
Webと人の関係にはあまり興味が向かないんです。人間の思考回路や人間関係というものは、複雑性が高すぎてシステムでの再現は無理だと思っているんですね。その不確実性が織りなす一度限りの事象に対して、良い影響を与える何かができたらとても面白いと思うのです。
史記以外に、ご自身に影響を与えたものはありますか?
村上春樹著の『ノルウェイの森』ですかね。子供のころに親族が若くして立て続けに亡くなったことがあって、他の人より死に敏感かもしれません。大学に入り一人暮らしを始め、時間が余っているときにこの本に出会いました。人は人と向き合っているようで自分と対話しているのだということを教えてもらった本です。登場人物である永沢さんの数々の名言、緑という女性の生命力あふれる人間らしさ。どれも心を揺さぶられました。『死は生の対極としてではなく、その一部として存在している』という文章に救われ、亡くした親愛なる家族が自分の中に生きているように思えたことも大きかったです。
プレシード期からシード期のスタートアップへメッセージをいただけますか。
エクイティファイナンスについては熟考することをお勧めします。不可逆な資本政策において、誰に株式を持ってもらうかはとても大事だと思います。私は代表取締役としての機能を果たせなくなったら、しかるべき機関やカバナンスのもと判断され、卒業するべきだと考える方です。けれど、今はMagic Momentは成長すべき時。テコを効かせるためにも、会社としては資本を増強し成長を目指して突き進むべきだし、怠惰になりがちな自分のような人は、厳しい環境に身を置くことでその成長を牽引できる自己研鑽が必須だと考えています。そのため、成長を信じ、真に向き合ってくれる外部株主の方々に入っていただいています。
プレシードやシードの時期はとりあえず、とにかく投資してもらいたいと思う人も多いかと思いますが、株主からきちんと期待してもらえるように、選任されていることに甘えを持たずに経営したほうが良いと考えています。例えば、SalesforceのCEOの株式持分は約8%。一方で、取締役会で満場一致で選ばれ続けているCEOで、実に堂々としています。世界で最も多くの人からの直接支持を得て選出されるケースとしては東京都知事もそうですね。そういった方たちのあり方は、経営者目線で学べる部分があると思っています。
DCMベンチャーズでゼネラルパートナー兼日本代表である本多 央輔(ほんだ・おうすけ)さんには、プレシリーズAからご投資いただき、前回シリーズAでの出資を機に社外取締役に就任いただいていますが、共通言語の醸成や思考のプロトコルを学べるように私なりに努力してきました。”GO TRUE WAY”というコアバリューを掲げようと決めた時には、いい言葉だけれど重たいよと言っていただいて、自分がこれから歩みたい道を本質的にご理解いただけていると感じました。今でもその重たさを真摯に受け止め、全社で大切にしたいと思っています。
最後に、これからつくりたい世界観と、読者へ一言お願いいたします。
Magic Momentというのは、魔法が起こる瞬間という意味ですが、この言葉はグーグル在籍当時に米国本社で上級副社長を務めていたニケシュ・アローラ氏がよく使っていたものです。私たちは「どうしてこんな短時間で、驚くようなことが起こるの?」という、驚きや困惑、その空気感までを切り取った瞬間をMagic Momentと表現しています。これまで私が営業でやってきたこともそうです。本質的価値を理解し、物事の変数を理解して、徹底的に集中してリソースをぶつける。すると、びっくりするくらい様々なことが変わっていきます。
課題は常に自分サイズで目の前に存在しています。今の自分に、日本の投票率を上げよだとか、宇宙を開発せよというお題は降りてきていません。日本の営業生産性を世界レベル以上に引き上げよ。そして日本企業が世界と戦えるように。と自らで眼前の課題を設定しています。目の前にある課題は、自らの手で何もかも変えていける。この心の火が続く限り、本質的価値、”TRUE”に向き合い続けて、価値提案の対象すべての本質的価値を高め続けたい。時代のネジを巻いていくような仕事にワクワクしていただける方は、ぜひ弊社のドアをノックしてみてください。
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