「『I did it my way』な生き様を見せたい」
近年、食肉の値段が高騰している中で養豚産業の課題解決に挑む神林 隆(かんばやし・たかし)氏は、父親の顔で子どもへの想いを語る。
MBAを成績優秀者で卒業し、外資コンサルティングファームでキャリアを積み上げる中で、40歳でアグリテックスタートアップを起業した、株式会社Eco-Pork 創業者兼代表取締役の神林 隆氏に話を伺った。
「I dit it my way」の想いでコンサルタントから起業家へ
Eco-Porkの事業概要を、改めて教えてください。
我々は、テクノロジーと様々なデータを活用し、持続可能な豚肉の未来をつくるための会社です。どのように豚を育てれば生産量が上がり、環境負荷も下げることができるのか。養豚をひたすら科学するアグリテックスタートアップです。
神林さんの経歴を拝見しましたが、MBAを成績優秀者で卒業しコンサルティングファームでの経験も長いですよね。そこから起業に至った背景をお伺いしたいです。
起業のきっかけは大きく二つあります。一つは学生時代まで遡ります。私は学生時代に、国際協力NGOに所属しユーグレナを創業した出雲氏と共に環境問題や食料問題の解決に取り組んでいました。その頃から食糧・環境問題への興味は強く、環境問題専門シンクタンクで4年間インターンもしていました。なので、学生時代から食料・環境問題の仕事にいつか就きたいと思っていました。
もう一つのきっかけは、父親になったことです。アメリカでMBAを取得しコンサルタントとして復帰した頃でしたが、心にモヤモヤ感を覚える日々でした。すごく個人的な話なのですが、フランク・シナトラのMy Wayという曲の中の「I did it my way」という一節がとても好きなのです。子ども達の未来のために、微力であろうと自分自身で何かに挑戦しないと、自分の人生を後悔してしまう。そんな想いが日に日に強くなっていました。
そして、2017年の11月26日、Eco-Pork共同創業者と残業しながら、深夜2時頃に「食に関するテクノロジーで挑戦したいね」と熱いトークをしていました。そして翌日、たまたま業務で訪れたビルの隣が、有楽町の登記所でした。もう運命だと思いましたね。私は吸い寄せられるように登記所に入り、気づいたら受付の方にこう言ってました。「11月29日(イイニク)の日までに登記したいです!!」と。
すごい勢いですね(笑)。
ですよね(笑)。そんな感じで登記しました。ただ立場上、登記後すぐに退職できることは難しかったため、年末年始に色々と引継ぎをして翌年の2月9日(ニク)の日に無事退職しました。コンサルタントとしてのキャリアの中で、人脈もつくれて技術も学べたことは、今にとても活きているので、前職の環境にはとても感謝しています。
ドラマのような起業ストーリーですね。食糧問題に学生時代から関心が強かったとのことですが、そこから養豚産業に着目したきっかけを教えてください。
豚肉は市場規模が非常に大きいです。生肉だけでも世界40兆円のマーケットで、米や小麦を超えて、一次産業で世界最大級のマーケットであり、豚は年間で15億頭生まれてきています。しかし近年「ミートショック」という言葉も叫ばれていますが、すでに需要と供給のバランスが崩れており、世界中で食肉の値段が高騰しています。米の世界の生産量は約4.7億トンといわれますが、豚が1年間で食べる穀物は約6.1億トンです。つまり、養豚業界における資源効率の改善が必要なのです。まとめると、市場が大きく、課題も大きい。加えて、我々が既に持っていたAIのテクノロジーとの親和性も高かったです。これらが養豚産業に着目した理由です。
現場第一主義で泥臭くプロダクト開発
養豚産業で、AIやIoTセンサーといった技術をどのように活用しているのか具体的に教えてください。
まずはICTの活用でPorkerというSaaSを展開し、どの様に飼養したら何頭子豚が生まれたのかなど養豚データを集めました。次はIoTセンサーを開発し、温湿度等の豚の飼養環境情報を自働で収集することを可能にしました。最後に、豚の状況を正確に捉えるAI豚カメラ(ABC)を開発しました。養豚を科学するには、豚ごとの状況を正確に捉えて管理し、最適化することが非常に重要です。毎年15億頭も生まれてきているため人手が足りず、きちんと発育状態に応じた飼養・発育管理を行うことができないという事が、業界の一番の課題だと考えています。
製造業では生産管理の一環として生産プロセスまできちんと製造管理が行われているように、養豚でもしっかりと豚の状況を踏まえ飼養・発育管理をすることで、15億頭の豚との関わりは最適化できます。給餌や給水が最適化され、生産量は上がり、出荷に対する売上も最大化されます。これで、養豚産業の資源効率の改善につながるのです。
多数の自治体や農家さんとPoC(Proof of Concept)を実施していますよね。PoCで終わらせずに社会実装まで到達させるために工夫している観点があれば教えてください。
現場第一主義を掲げているのはポイントだと思います。実は、養豚現場は一度ウイルスが侵入すると瞬く間に病気が拡大します。なので、基本的には第三者は現場に入ることはできず机上の空論でプロダクト開発をしなくてはなりません。私たちはこの5年間、しっかり現場の声を聞くことを胸に留め、できる範囲ではありますが色々な農家さんの協力のもとで現場の中でものづくりに取り組んでいます。
民間企業との連携にも力を入れていますが、どのようなきっかけで連携が生まれるのでしょうか。
様々なケースがありますが、基本的には企業さんからお声がけいただくケースが多いです。私たちが「養豚産業における生産管理に取り組んでいきたい」と発信している中で興味を持っていただけるようです。一例としてトヨタさんを挙げますね。トヨタさんは、二次産業で培った生産管理の思想を一次産業に還元しようとされていました。養豚現場の生産管理に挑戦しているEco-Porkと目指すビジョンが同じだったので、実証をご一緒させていただきました。
(参考:Eco-Porkが参画する農水省「令和2年度スマート農業実証プロジェクト」実証課題にて初年度実証を完了。本年度、トヨタ自動車の新規参画によりプロジェクトを加速化)
「事」を「仕」掛けるのが仕事だ。GRITと心理的安全性から行動を評価
神林さんは、週末はどのように過ごしてリフレッシュされていますか?
子育てですね。平日は9時から17時まで働いて、17時から21時は子育てに充て、21時から再度仕事に戻る生活です。週末は全力で子育ての時間に充てています。子どもは可愛いのでリフレッシュになるのです。子どもが生まれたことが起業のきっかけの一つでもあるので、彼らに豚肉を食べる未来を残してあげたいと日々思っています。
趣味はありますか?
料理ですかね。ちょっと親バカ的な話になりますが、子どもに一番受けがいいのは豚しゃぶなんです。シンプルに作れるし、子どもに美味しいって言ってもらえるし、これが一番の幸せだっていつも思ってます。
資金調達も発表し、採用も強化されていくとのことですが、どのような人材に参画してほしいですか?
実は、我々は明確な社員像は決めていないです。自分なりの強みを持った幅広い人材でチームをつくっていきたいと思っています。現在の社員は15名(※2022年6月末時点)で、農業系・金融系・コンサル系から来ている人材が多いですね。スタートアップ出身だったりレーシングチーム出身のメンバーもいるので本当に幅広いですよ。
スタートアップとして強い組織にするために工夫している点を教えてください。
人事評価において、パフォーマンス評価だけでなく行動評価を導入しています。GRITと呼ばれる指標で、新しい未来を創り、切り開くパフォーマンスをしてほしいと思っています。自分から高い目標を掲げて、失敗してもやり直して、決めたことをやりきる。「事」に「仕」えるのではなく、「事」を「仕」掛けるメンバーで勝負したいです。
世界的には今後代替肉や培養肉の市場が広がってきます。畜産は斜陽産業であるといわれていることは事実です。でも諦めずに「2050年にもやっぱり肉も食べたい」と言える未来をつくるために、養豚を科学しているのがEco-Porkです。
私はコンサルタント時代、People ManagementやHR Techの領域も研究を行っていました。個人的な想いとして、サステナブルな未来を目指すなら、社員にもサステナブルな空気を感じてもらうのは絶対必要だと考えています。「Guts」「Resilience」「Initiative」「Tenacity」の4観点を大事にしながら、心理的安全性の高い組織にしていきたいと強く思っています。
新しい100年をつくる土台の産業がアグリテックだ
今後、海外展開などは想定されていますか?
視野には入れています。アジアとアフリカで人口爆発が起きており、食肉の消費は東南アジアで特に増えています。需要の大きいマーケットに積極的に参入し、課題解決に取り組みたいと思っています。
色々なお話を今日お伺いしていますが、起業して一番大変だったことを教えてください。
大変だった時期は実はあまり記憶にありません。ただ、資金面で会社が苦しい時に社員に苦労をかけたなと思う部分はあります。Eco-Porkは、養豚を科学するだけでなく、最終的に食肉文化を残していくことがビジョンです。そのくらい大きなビジョンから立ち返って事業開発しています。例えば、AI豚カメラは当初、養豚現場ニーズが非常に高かったわけではありません。しかし、養豚現場全体の生産管理に取り組まないと中長期的に豚肉産業が残らないという危機感から本気で取り組んでいました。しかし我々も人間。資金的に苦しい時はどうしても短期的な視点になってしまい、すぐに利益が上がるようなところに目が行ってしまいます。苦しい中で、チームに長期的視野を持ち続けてもらうという点がスタートアップの経営者として苦しかったですね。
日本のスタートアップエコシステムに対して感じていることはありますか?
学生時代の友でありスタートアップの経営者の先輩でもあるユーグレナが創業した頃と比較すると、環境も恵まれているし幅広いスタートアップも生まれてきていると思います。
ただ、研究開発型スタートアップはスケールに時間がかかります。ITスタートアップなら1週間で回るPDCAのサイクルも、アグリテックの領域だと生物育成期間が必要なためPDCAのサイクルに一年間かかります。そういったスタートアップの成長速度とVCが求める速度には若干差異があります。アグリテックのように時間がかかるスタートアップも生まれてきているので、支援の多様性も広がっていくと良いなと思います。
最後に、畜産という領域でスタートアップとして勝負する楽しさを教えてください。
まずは「タンパク質危機 (global protein crisis)」という人類課題が叫ばれる中、養豚を科学し食肉文化を持続可能化していくという仕事に携われていることに誇りを持っています。
代替肉・培養肉・昆虫食といった多用な解決方法が生まれているのは人類にとってすごく良いことだと思っています。ただ、タンパク質危機なので「肉をたべてはいけない」という選択肢が限定された暗い未来にはしたくない。僕らは養豚を科学することで地球と人類の持続可能性の問題を解決し、食べない食肉文化も食べる食肉文化も尊重されるような豊かな選択肢と余白のある未来をつくっていくんだという想いで仕事をしています。
今の食・農業領域のテクノロジーの成長は、1920年代に化学肥料が世界に登場した時以来のイノベーションの時期です。こんなに面白い時代はないです。アグリテックの領域は、新しい100年をつくる土台の産業だと本気で思っています。子どもの笑顔、人類の笑顔に直結している食産業に関われていることが何よりも幸せです。共感いただける人は、一緒に挑戦していきましょう!
ありがとうございました!
編集部コメント
インタビューを通じて、終始お茶目な表情を見せる神林氏。おそらく社員とも、屈託のない笑顔で接しているのだろう。
代替肉や培養肉も技術は日々進化している。そんな中でも食肉文化を後世に残していくという強い意思を掲げて挑戦する神林氏。Eco-Porkが目指すのは、50年後も人類が食卓を囲んで豚しゃぶを食べている未来だ。
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