
「宇宙空間における通信キャリアへ」
宇宙空間における光通信ネットワーク構築に挑む常間地 悟(つねまち・さとる)氏はこう語る。
Elon Musk氏によるSpaceXの躍進や、NASAが進める有人月面ミッション「アルテミス計画」など、近年注目を集める宇宙ビジネス。世界で40兆円の市場規模が今後10年間で倍増すると期待される宇宙産業において、光通信ネットワークサービス領域で挑戦を続ける株式会社ワープスペース 代表取締役CEOの常間地 悟氏に話を伺った。

宇宙空間における通信インフラをつくり上げる
ワープスペースの事業概要を改めて教えてください。
宇宙空間における通信キャリアを目指しています。具体的には、小型衛星を活用した宇宙空間における光通信ネットワークサービスに取り組んでいます。宇宙から地上/上空に通信を展開する企業は存在しますが、宇宙空間で光通信サービスを展開する企業はまだ存在しません。宇宙空間で商用の光通信サービスを展開することは、宇宙開発を新たなフェーズに進めるためのソリューションの一つになると考え取り組んでいます。
民間による宇宙開発がなぜこれほど活発化しているのでしょうか。
人類の過去を振り返ると、テクノロジーがちょうどいい具合に成熟すると、新しい産業が立ち上がることがわかります。例えばインターネットであれば90年代〜00年代に数十Mbps級のインターネット回線環境が先進国で普及しました。それ以降、ITスタートアップが爆発的に増えました。まさに宇宙産業でも同じ現象が起きています。宇宙産業の基礎となるテクノロジーが成熟してきて、スタートアップがビジネスとして挑戦しやすいフェーズに移り変わってきている。それが、今の宇宙産業の盛り上がりの理由だと考えています。
小型衛星を活用した宇宙空間での光通信サービスに取り組まれていますが、その事業内容に至った経緯を教えてください。
ワープスペースの創業者の想いとして「通信」がありましたので、創業当初から、宇宙×通信に注目して様々な事業やプロジェクトを展開してきました。そのような取り組みを進めていく過程で、近年注目を集める低軌道地球観測衛星には、地上との接続機会の少なさという大きな課題が浮き彫りになっていることを感じました。実はせっかく衛星を飛ばしても、地球と交信できる領域は軌道上の約10%というのが一般的です。この課題は、我々だけでなく多くの宇宙産業のプレイヤーが感じているものですが、我々としては宇宙空間でのあるべき通信インフラを考えた結果、今の事業にたどりつきました。
我々のソリューションは地球観測衛星事業者に、常時高速通信の確保に加えて、時間も専門的知識と手間もかかる周波数手続きの省略といった価値を提供することが可能です。

そこで、新たな通信手段を確立させるという手法でなく、インフラという視点で次のあるべき姿を考えたのがワープスペースです。2018年〜2019年の時期は、仕事に使う時間の約半分を議論に使い、何が最適解なのか、次世代の宇宙通信インフラとは何なのか、考え抜きました。結論として、電波を活用した通信には限界があり、光通信(※)というキーワードが生まれました。我々のチームは光通信を専門としてきたわけではないので、光通信の技術基盤づくりに取り組み始めたのはそのタイミングの2018年頃からです。
#光通信
通常の電波を活用した通信では、0及び1の電気信号で通信を行います。光通信では、その電気信号を光信号に変換、光ファイバーを経由させ、終着点で再度光信号を電気信号に変換して情報を届けます。光ファイバーの設置が必要ですが、電波通信と比較して混線もなく、大容量の通信が可能という特徴があります。
参考:光衛星通信技術の研究
具体的に、どのように技術基盤を確立してきたのでしょうか。
日本は、光通信における世界初の実証を複数達成しているため、この分野での日本の技術力の強さは以前から感じていました。そこで多くの国内の専門家の方々に直接お会いして、ダメ元で「このような事業に本気で取り組みたいと思っている」とお話してきました。そのうちの一人が東海大学の高山 佳久教授です。高山先生は宇宙空間での光通信実験で多くの成果を出してきた光衛星間通信実験衛星「きらり」の開発に従事された、第一線の研究者です。ご自身の研究領域への想いも熱く「このままだと技術が衰退していくのみ。民間企業が継承してくれる余地もない。もし本気で取り組んでくれるなら、自分の持っている経験と知識を全て渡したい」と言っていただきました。今でも我々の技術顧問としてサポートいただいています。その後、日本電気(NEC)にてきらりの開発マネージャを務めておられた留目 一英氏にも技術顧問として参画いただいています。
光通信に限らず、日本の宇宙工学の研究は非常に高度なものになっています。そのような知見や技術を民間企業に継承したいと考えている研究者は、日本にたくさんおられるのだと改めて気づかされました。今ではグローバルで見てもトップレベルの光通信エンジニアが国内外から参画していますし、CTOもアメリカのカンファレンスから宇宙空間における光通信の話をしてほしいとお声がけいただくまでになりました。最初は、この技術を途絶えさせてはいけないという研究者の純粋な思いから始まり、気が付けば光通信に関するドリームチームとなっていたのが、我々の技術的優位性につながっています。

当初はインキュベーターとしての参画
常間地さんのワープスペースへの参画のきっかけを教えてください。
最初はまったく意図していませんでした。もともと、つくばは良い技術はあるのに生かしきれていないもったいないエリアだといわれていて、自分が何か貢献できることはないかと仲間と話し合い、インキュベーション事業に取り組んでいました。その時、偶然スタートアップ企業を立ち上げようとしていたのが、創業者の亀田で、そこに私がインキュベーターとして参画したのが最初のきっかけです。
それまでは、宇宙がビジネスになるということはまったく知りませんでした。ただ、話を聞くと、テクノロジーの成熟度とイノベーションが起きるタイミングから考えて、色々な事業が生まれるフェーズは今なのではと感じました。私自身、インターネット・バブルやスタートアップバブルの流れの中で生きてきたのですが、それが宇宙ビジネスでもそのまま起こるのではと思ったんです。そういった大きな流れに魅力を感じたこともあり、インキュベーターという立場を越えて本格的にコミットし始めました。
常間地さんが代表取締役CEOに就任後、大変だったことを教えてください。
大変だったことはいくらでもありますし今も大変です。ただ、経営者としての視点として、チームが大きくなると今まで大事にできていた核の部分が少しずつ薄まってしまうものだと思っています。人が増えれば増えるほど、本来大事にしたいと考えていた文化や事業の注力点はどうしても薄まっていく。その中で、絶対にぶれない旗を一本立てることがCEOの役割だと思っています。
不確実性の高い世界において唯一性の高いビジョンを掲げて走り続けること、流れに逆らいながら旗を立て続けることはそれ自体が大変です。ただ、自分が立て続けた旗に共感してくれる人が現れることは非常に嬉しいですし救われます。2016年の創業から6年間、旗をおろさなくて良かったと今は思っていますし、これからも大変なことは起こっていくと思いますが目指すビジョンはぶらさずに経営していくことが自分の役割だと感じています。

原点に触れることで世界を知る
週末はどのように過ごしてリフレッシュされていますか?
出張が入っていない週末は基本的に家にいますね。僕の役割として、家の庭の芝生を育てるというミッションがあります。芝を刈ったり雑草を抜いたり大葉を育てたり。そういう庭仕事をやったり買い物をしたりする時間がリフレッシュになっています。
学生時代はどのようなことを考えながら過ごしていましたか?
自分の行動の根源となった明確なきっかけは、9.11の同時多発テロでした。当時中学生で海外も身近でなかった自分が、巨大なインパクトを持ってはじめて擬似的に世界と触れた事件でした。その際、メディアで報道される世界観や常識的な世界観に違和感を感じていました。しかし、実際の姿を知っている方に話を聞いたり、実物に触れたりすると、まったく違う姿が見えてきます。この時、より原点に触れることの重要性が、自分の価値観として植え付けられました。例えば高校生の時にストリートチルドレンの話を聞いたら、話を聞くだけでなく実際に彼らのいる国に行き、彼らに会いたいと思ったり、自分でも何かできないかと思ったり。当時を振り返ると、世の中で一般的にいわれている話を鵜呑みにしたくない・本当のことを知りたい・本当のことを知った上で自分ができることをやりたいという気持ちが強い子どもでした。私が通っていた高校は、いわゆる国際協力の活動を推奨してくれる環境だったこともあり、そのような価値観がより強くなっていきました。
シリアルアントレプレナーである常間地さんにとって、過去の経験がワープスペースのCEOとしての経験にどのように生きていますか?
初めて起業したのが20歳の時です。当時から、数えきれないほどの失敗をしてきたことが今に非常につながっています。数年前までは、全てのことを投げ出して南国の離島に逃げ出してしまおうかと思うくらい叩きのめされる瞬間が1〜2年に一回のペースでありました。正直、20歳の時に今この事業に取り組もうと思っても絶対にできていません。今でも失敗続きですが、少なくとも、これまでの失敗の経験が積み重なり、最低限今の事業を実現するのに必要な失敗量の閾値には到達しているのかなと感じています。

過去の積み上げ力を感じる資金調達
既存投資家さんとは、どのようなコミュニケーションをとっていますか?
ワープスペースは、個人投資家の数が多いのが一つの特徴かもしれません。コミュニケーションも頻繁にとっていますし、非常に応援してくれています。特に、投資をしたという感覚より一緒に参画できるチケットを買わせてもらったとおっしゃってくれる方が多数派でして、本当に投資家に恵まれていると思います。
資金調達で最も難しかったことを教えてください。
難しかった点は、自分たちの策定した事業計画の前提がなぜ正しいのかという証明が必要な点ですね。ハードウェアスタートアップは、一つ予測が外れただけで、あっという間に1年の遅れが発生することなどよくあります。さらに、そもそも計画したことをそのまま進めること事態がリスクとなる瞬間さえあります。そのような事業の不確実性に付き合ってくれるキャピタリストが日本はまだまだ少ないという点で苦労しました。ただその中でも、ワープスペースを応援してくれているキャピタリストはそのような感覚を理解してくださっている方が比較的多い方だと思うので、本当に投資家の皆さんには感謝の気持ちでいっぱいです。
次の資金調達までに、どのような壁を越えていく予定なのか可能な範囲で教えてください。
これまでの積み上げが今とても効いています。現在興味を持ってくれている投資家の半分以上がシリーズAの時に初めてお話した方々。「シリーズBになったら、ぜひ声をかけてください」と言ってくださった方と、今実際に具体的な話をさせていただいています。「2年前からここまで事業を発展されたのですね」と温かく話を聞いてくれる投資家の方がとても多いです。
集める金額も大きくなっているので決して楽ではないですし、我々はロケットや衛星開発でなく光通信なので事業が少し分かりにくい。しかし、目指したい姿は2年前と変わっていないですし、ある意味肝心なところをピボットせずに取り組めている点が今に生きてます。どれだけ我々のフィジビリティーと事業に対するエビデンスを積み上げていくか。地味ではありますが、どのラウンドでもこの観点を大事にしながら、事業のハードルを越えていきたいと考えています。

自らが見るべき林を捉えることで「宇宙産業」という森を育てる
過去に恩恵を受けたイベントやプログラムがあれば教えてください。
2020年末〜2021年の春の時期に参加した、内閣府が展開する官民研究開発投資拡大プログラム(PRISM)はとても印象に残っています。主催は日本貿易振興機構(JETRO)が務め、プログラムの運営は様々なVCが担っているプログラムでした。
ワープスペースが参加したものは、VCのWiLが運営するGlobal Preparationコースです。アメリカの起業家やアクセラレータプログラム事業者と密なやりとりをしたり、起業家同士でチームを組むワークショップがあったり、今でも恩恵を受けているプログラムでした。
宇宙産業の市場が、より一層成長していくためにはどのようなことが必要になると考えていますか?
統計的な括りでいえばワープスペースが属する業界は宇宙産業ですが、宇宙産業で戦っているわけではないです。あくまでも通信産業で勝負を仕掛けています。最近、様々なレポートの中でも宇宙光通信産業というカテゴリーが記載される機会が増えていますが、宇宙産業が成長しているから宇宙光通信産業が成長するという順番ではありません。宇宙光通信産業を含めた周辺産業が成長した結果として、「宇宙産業」が成長しているように見えるのです。
宇宙産業の成長自体は望ましいし喜ぶべきことではありますが、個々のスタートアップに関しては、そこにフォーカスすべきでないと考えています。宇宙産業という森を見てる場合ではなくて、自分達の目の前にある林を育てないといけない。それらの林が全て合算された時に宇宙産業のすべての人が「宇宙産業が成長したね」と結果論として捉える感覚が大事です。ワープスペースとしても、自分たちが見るべき林をしっかり見ながら事業に取り組んでいます。
今後のグローバル展開について教えてください。
ワープスペースは、グローバル/ローカルであまりフィールドを分けていません。宇宙産業の地理的分布とワープスペースの立地を考えた際に、やはりアロケーションが日本国内に偏ることはいわば当然です。大事な観点は、このアロケーションをグローバルにどこまで寄せるべきかという観点です。この観点は企業の事業戦略として非常に重要になるバランスと考えています。
完全にグローバルに合わせる戦略もありますが、それはアメリカ企業になるという話で、ワープスペースの日本企業としての強みを捨てるということを意味します。世界でおそらく5社いない宇宙光通信のプレイヤーの1社として、グローバル領域に全て合わせる必要はないと思っています。5社のうち1社しか日本企業がいないなら、その唯一無二性が強みになる。アメリカ企業と同じフィールドで戦うわけではなく、日本代表としてアメリカ企業と一緒に連携していくという立ち位置をとるために、今年アメリカ法人も設立しました。日本というブルー・オーシャンをもっと生かすために、グローバルに少しずつ寄せていくという戦略をワープスペースはとっています。
そういったバランスを日本企業としてとる中で、具体的にどのような国際的なポジションを取っていく戦略でしょうか。
通信産業は、各国の国内経済の中で規制産業であり守る必要がある産業です。安全保障的にも外国企業が参入してはいけない領域です。しかし、宇宙空間における通信に関しては、規制当局も現状設置されておらず、国防および経済安全保障を直接的に侵される国もないです。そんな微妙な状態にあるのが宇宙空間における通信産業。そういった領域へ日本の通信スタートアップが参入した際、各国の反応はとても良好です。アメリカともヨーロッパとも付き合いやすいポジショニングをとることが可能で、日本政府としても外交における有効なカードとして活用しやすい。そういう意味で、宇宙空間の通信において、各国の枝となるポジショニングを取っていきたいと考えています。
最後に、日本のスタートアップエコシステムに対して感じていることを教えてください。
一つ感じていることは、エコシステム全体で、失敗に対する許容度を極限まで高めることが必須という点です。スタートアップの成長曲線を考えた際に、シリーズAラウンドまで成長したスタートアップには、それなりのノウハウと失敗の経験が蓄積されています。そのようなスタートアップが仮に道半ばで歩みを止めたとしても、世の中に価値は残しているのです。投資家からの視点では、投資した金額は消えてしまったわけではなく、投資先の知見を次に受け継ぐことができれば、投資はまったく失敗していません。
アメリカなどのスタートアップ先進国と比較して、まだまだ日本のスタートアップエコシステムには、ここで歩みを止めたら今までの歩みが全て無駄になってしまうといった、大きなプレッシャーが存在しています。失敗ありきで挑戦するわけではないですが、たとえ歩みが止まってしまっても、その土壌の上に咲く花はある。次にもっと大きなトライができる。エコシステム全体で挑戦を心から称賛できるようにしないと、エコシステムをつくり上げる起業家が幸せにならないのではないかと考えています。だからこそ、ワープスペースとしてもリスクをとった挑戦を常にしていきます。
ありがとうございました!

編集部コメント
国内の宇宙スタートアップ経営者の中でも珍しい、シリアルアントレプレナーの経験をもつ常間地氏。これまでに多数の失敗をしたと語るその目には、ある種の胆力がうかがえる。長期的な戦いが求められる宇宙産業の中で、通信インフラとして独自の価値を提供しようとするワープスペースの今後から目が離せない。